9話――バッチリ撮れた
「黒葉ー! おはようござまっす!」
「……あぁ……おは――っ!?」
俺が目を覚ますと、小嵐の顔が視界いっぱいに広がっていた。意識が覚醒するまでに時間がかかるので、目を開けてもすぐには気付けなかった。十秒くらい遅れて反応する俺に、小嵐は「そんな驚かなくてもー」と笑った。
「心臓に悪いからやめろ……。で、ここは?」
まあ周りを見ればなんとなくわかるが。
俺は髪にひっついた邪魔な赤いピンを取ってポケットにしまいながらながら、一応聞いた。
「公園だよ。夢原の家の近く」
「ああ、そう言えばお昼はここで食べるって言ってたっけ」
俺の問いかけに、桜井がすぐに答えてくれた。桜井はすぐ近くで、レジャーシートを畳んでバッグにしまっている。丁度お昼を食べ終わり、夏咲グループの二人と別れたところだろう。こういう時瀬川もよく一緒に居るが、今は夏咲グループのところにでもいるのだろうか。
「夢原さんの弁当、美味しすぎて黒葉にも食べてもらいたかったくらいっすよ」
小嵐は口元にご飯粒を付けながら、目をキラキラさせて言う。
「お前……あんだけ夏咲派は敵だーみたいに言っといて随分と仲良くやってるな。あとご飯粒付いてるぞ」
「敵っすけど、夏咲さん以外は嫌いなわけではないので。……まあ苦手なタイプではあります」
「小嵐は甘いね。ボクは敵は敵として極力関わらない選択肢を取る」
そう言い、桜井は小嵐に付いたご飯粒を指で取る。ご飯粒が付いていようが気にしなかった小嵐は、「ありがとうございます〜」と言って桜井が取ったご飯粒を食べようとした。桜井は指についたご飯粒を差し出す素振りを見せたかと思えば、小嵐の口が開いたところで自分の口に運んだ。
……何を見せられているんだ俺は。
「ボクは、敵が作ったものをありがたくいただくなんてことはないように自分でおにぎりを作って食べたから」
「さっき夢原さんのご飯粒食べたじゃないっすか!」
「これは夢原のじゃなくて小嵐に付いたご飯粒だから小嵐のもの」
「麻琴さんの基準がわからない……」
「とにかく、敵に借りを作らないほうがいいよ」
「わ、わかってますよ! ウチだってお菓子で返しましたし!」
二人の話を聞くと、夏咲が好きなだけの夢原さんたちが気の毒になってくるが、まあ俺も小嵐みたいな感じだしな。ああいう陽キャみたいなタイプは俺としても苦手だ。それもあって関わることは避けている。他にも理由があるが、あまり夏咲の友達と仲良くしたいとは思えない。
「あ、お菓子、黒葉の分ももちろんあるっすよ!」
「ああ、ありがと」
俺は小嵐から小分けの袋入りのマシュマロを三つ貰った。ひとつ開け、口に入れる。
ああ、やっぱりマシュマロは上手い。甘いのが苦手な俺が、唯一好きなお菓子だ。
「……どうした?」
マシュマロを食べていると、小嵐と桜井は無言で俺を見た。
「ああ、えっと、流石のウチでも言いづらいって言いますか」
「気にしないで。黒葉には関係ないから」
言葉を詰まらせる小嵐と、きっぱりと話を終わらせる桜井。
その様子を見て、俺は心当たりがあった。
「あー、マシュマロがあいつも好きなの、気になってるんだろ。そんくらい何年もあいつと身体を共有してれば知ってる。別に話題にしたって気にしない」
変に気を遣われるのも嫌なので、俺ははっきりとそう言った。正直このことを知ったときは絶望した気分だったが、だからといって自分の好きなものから距離を置いたりしない。俺が好きなのは確かだから。
俺の言葉に納得したのか、二人は頷いた。
とはいえ、もうこの話題は終わったようなものなので、俺は別の話題に変える。
「それで、今日はどうするんだっけ」
「ちょっと歩いたところに水族館があるんで、そこに行きましょうよ!」
小嵐は北の方角を指差して、満面の笑みで答える。
「水族館か。静かで良さそうだな」
水族館は母さんや中学の頃の友達(ほぼ夏咲の友達のようなものだが)と行ったことがある。静かで青く幻想的な世界が、俺は結構好きだったりする。
「小嵐がいなければ二人きりでデートするには丁度よかったのに」
「こっちのセリフっす! 黒葉、恋人らしく手でも繋ぎます?」
「…………っ」
……恥ずかしい。
両側に並び、大声でデートだの手を繋ごうだの言ってくる二人に挟まれる俺を、あたたかかな目で見守ってくる周りの視線。公園ではいつの間にか俺たちは見せ物ののようになっていた。どうにかしてくれ。
でもまあ、もちろん悪い気はしない。
黒葉、黒葉と好意を向けてくれる二人の間にいると、自分が自分であることに自信がつく。
俺は何も言わずに、腕に纏わりつく二人を引っ張りながら、水族館の方向へ歩き出した。
「黒葉はどんな魚が好きです? ウチはヒトデが好きっす!」
「黒葉、あそこに映画館があるよ。小嵐が水族館行ってる間に行こうよ」
……どこから突っ込めばいいんだ。
※ ※ ※
館内のコーナーに入ると、真っ暗な部屋の中で水槽が青く光り、色とりどりの魚がのびのびと自由に泳いでいた。
まるでさっきまでとは別世界のような光景に何か感じて、俺は少し立ち止まってしまう。
「黒葉、こういうところ好きそうですよねー。なんというか、雰囲気がいいじゃないっすか?」
「ボクも好き。やっぱりこういう場所は落ち着く。静かで、心地がいい」
二人の言葉に、そのとおりだと感じて「そうだな」と答える。その間も俺は、しばらく水族館の雰囲気に浸っていた。
俺は昔から、図書館とか、誰もいない公園とか、そういう場所で一人過ごすことが多かった。だから一人の時間が落ち着くんだ。
まあでも――。
「黒葉、この水槽どこに魚がいるんすか?」
「馬鹿じゃないの。そこにいるじゃん。端の方」
「本当だ! って、黒葉に聞いたんすけどー」
「黒葉、イルカのショーが三十分後にあるって。二人で行こうよ」
「あの麻琴さん、ウチのこと忘れてません?」
一人は落ち着く。
でも、一人になりたいわけじゃない。
俺は、この二人といるときが一番幸せなんだ。
「バッチリ撮れた」
「――!?」
右横から急に声がして、驚いてその方向を見ると、瀬川が立っていた。
瀬川の手が持っているのは、横向きのスマホだ。スマホは当然のように俺の方にカメラを向けていた。
「お、お前な……何を撮ってるんだよ」
「もちろん。黒葉だよ」
「だから、なんで俺を撮るんだ。魚を撮れ」
この水族館はコーナーによっては撮影してもいいと書いてある。こういうところ来たら普通魚取るだろ。
瀬川は俺が目を離しているすきに今まで何度も盗撮してきた。今回もそれだ。気がついたら隣りにいるし勝手に撮られてるし。こいつ絶対ストーカー気質ある。
「魚も撮るよ。ついでにね」
どういうことなんだ。何のついでか言ってみろ。
「あ、瀬川。丁度いいや。小嵐とデートしてあげてよ。ボクは黒葉とデートするから」
「はぁ? 嫌に決まってますけど? 薫さん、麻琴さんをもらってってください!」
瀬川は自分が勝手に振られてるにも関わらず、小嵐と桜井を見てニコニコしている。
そういえばこいつは、周りからの好意的な視線よりもこういう雑な扱い方の方が好きだって言ってたな。俺ならこんな扱い方されたらメンタルボロボロだが。
「そんな二人にいいものがあるよ」
瀬川はにやりと笑って、スマホの画面を二人に見せる。
するとさっきまで嫌そうにしていた二人は瀬川のスマホを食い入るように見る。
……またか。
「黒葉の横顔じゃないっすか! へへへかわいいですね~! 薫さんナイスっすよ!」
「瀬川やるじゃん。もちろんその画像、送ってくれるんだよね。報酬は?」
「じゃあ、水族館一緒に回ってもいいかな? もちろん、黒葉のベストショットをたくさん撮ってあげるよ」
瀬川は俺がさっき撮られた写真を見せているようで、交換条件に俺を出しやがる。
「ま、瀬川はいつもボクたちの邪魔をしないし、別にいいよ」
「むしろ大歓迎っすよー! ウチ、黒葉とツーショットも撮ってほしいです!」
「もちろん。沢山撮らせてもらうよ。三人の邪魔もしないと約束するよ」
「……あー、俺の許可は?」
勝手に話を進められたが、いつものことなので俺は諦めた。
俺が本気で嫌がったらこの三人はやめてくれることはわかっている。撮られるのは嫌で仕方がないが、この状況自体は嫌ではない。
瀬川はスマホをいじりながら、俺の肩をポンと叩く。
「安心してね。僕だって男の盗撮趣味とかないから、二人に送ったら僕の端末からはちゃんと消すよ」
「そんなこと心配してない。お前、不意打ちをつくために先に水族館いたんだろ」
「まあね。黒葉はなかなか撮らせてくれないからベストショット撮るのは難しいんだよ」
そんな愚痴を本人に言うな。




