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過去――小嵐との出会い

 小嵐夕。俺が彼女と話したのは補習を受けることになったある日だった。

 俺は授業も真面目に聞いているし、基本勉強はちゃんとする方だ。成績が上の人と比べればそれほどいい成績ではないが、まあ順位で言えば、真ん中より少し上くらいの成績である。


 その俺が赤点で補習を受けるようになったのは、テストのときに夏咲が出ていたからという理由以外ない。


 高校一年生。去年の俺は、友達もゼロなうえに夏咲と比べられてばかりで、不安定になりやすかった。そのせいで授業中に夏咲と入れ替わったり、学校を休んだりして、とてもじゃないが充実した学校生活なんて送れなかった。


 もちろん、俺と夏咲は目立っていたから、興味本位で話しかけてくる奴らもいたし、隣の席の桜井麻琴とはたまに授業の確認とかで話すこともあった。でも、それを友達とは言い難い。たまに話す他人に過ぎなかった。



 つまり、俺は心から友達と呼べるような関係の友達は作れず、夏咲と二人で決めた一日交代という決まりも、ほとんど意味を成していなくて、俺の日でも夏咲にばかり意識を渡すことが多かった。

 その結果、テストを夏咲が受ける羽目になって、補習だ。帰ってきた「高松夏咲」と書かれたテストの答案には「4点」と書かれていた。二問くらいしか合ってない。


「補習はじめるぞー」


 指定された教室に入りしばらく待っていると、プリントを持った担当の先生がやってきた。補習では再テストをすることになっていた。再テストと言っても、テストの答案が返されたあとなので、問題文は変わっているし、問題数も少ないらしい。再テストの内容で点を取れれば、問題ないと判断できるんだろう。


「ねえ、あれって高松黒葉だよな? 二重人格ってマジなの?」

「知らねー。つーかいつも補修に居ねえじゃん。どうりで今日の補習ざわついてんだなー」

「俺、夏咲と話したことあるけど、あんな根暗そうな感じじゃなかったぜ?」

「ちょっと、静かにしよーよ。聞こえるでしょー」


 また、だ。噂されてる。

 自分のクラスでは見たことがないし、別クラスの連中だろう。

 夏咲は割と幅広い交友関係を持ってる。そのせいで、俺が浮いてしまうこともしばしばあって。

 俺に対するマイナスな言葉に、まるで自分の存在を否定されているように感じた。 


 ――グラッ。


 めまいがした。精神的に安定していない時、目の前が見えなくなって、意識が遠のいていく感覚がする。

 自分が、自分の身体から引き離されていく感覚。

 高校生になってから頻繁に味わっている感覚。


 このまま夏咲と代わったら補習の意味がない。保健室に行って身体を休めよう。

 俺が立ち上がろうとしたとき、後ろから肩を叩かれる。


 それが、小嵐夕だ。

 当時同じクラスで、俺と同じく一人でいるところが多いイメージだった小嵐は、俺が落としたシャーペンを取って、俺に渡してきた。


「あの……これ、落としました」

「あ、ありがと」


 俺がそう言うと、小嵐は驚いたように目を見開いた。


「……なんだよ」

「いえ……高松さんってお礼できるんですね。いつも怒っているように見えたので、びっくりしました」


 話したのはこれが初めてだ。なのにいきなり失礼なことを言ってきた。とても正直なやつだ。

 だが……突然話しかけられ、俺の意識は戻ってきていた。

 小嵐夕。当時の彼女は、今とは全然違う。まあ、根本的な性格は何も変わっていないが、口調やら見た目やら、一年前の彼女は、一言で言えば清楚な人物だった。男子の間で「あの子かわいいよな」と噂されるのを聴いたことがある。

 下の方で二つに縛った髪はサラサラとしていて、喋り方も今の癖のある喋り方ではなく、誰に対してもですます調で丁寧な言葉遣い。とはいえ、その声は淡々としていて、冷たい印象があった。


「どこか行くんですか?」

「保健室に」

「具合が悪いんですか?」


 言われてから、意識が完全に戻っていることに気付く。


「……いや、その、小嵐さんのおかげで、良くなった」


 二回感謝の言葉を伝えるのも恥ずかしい気がして、俺はそのまま椅子に座り、再テストを無事に受けることができた。

 満点とまではいかなかったが、8割正解したことで俺はすぐに補習が終わった。


 次の日からだ。


 小嵐が、俺に話しかけてくるようになった。

 

「高松さん、お、おはようございます」


 俺は夏咲のように自分から話しかけるタイプではないし、この性格だし、クラスメイトからは距離を置かれていた。

 小嵐はそんな空気を読まず、堂々と俺に話しかけてくるのだ。


「……お、おはよう」


 当時の俺はほぼ他人とコミュニケーションを取ってこなかったから、何度も話しかけてくる小嵐とどう接したらいいのかわからなかった。でも、小嵐の存在は、一人きりだった俺にとってとても大きなものだった。


「小嵐さんは、なんで俺と……話してくれるんだ?」

「……友達になりたいからです」

「友達? 俺と? あ…………夏咲がいるからか」


 今まで何人かいた。夏咲とよく話すからだとか、単純な興味本位だとか、そういう理由で俺に話しかけてくるクラスメイトが。

 でも、小嵐はきっぱりと首を横に振って、「違います」と言った。


「もちろん、もう一人の高松さんも、私によく話しかけてくれます。私のことを友達って言ってくれました。けれど私は、今の高松さんとも友達になりたいんです」


 小嵐は淡々と言いながら、表情は笑っていた。

 彼女は俺と夏咲の二重人格を微塵も疑っていない様子だった。


「私、高松さんのこと、自分と似てるって思ってるんです。いつも一人な所とか、他人とのかかわり方がわからないところとか」 


 結構グサッとくるようなことを迷わず言う。それが小嵐夕だ。

 何度か関わっただけの当時でも、小嵐のそういうところはなんとなくわかっていたし、だからこそ俺も――。


「俺も……と、友達になりたいって、思ってた」


 俺が目を逸らしながら言うと、小嵐がぱあっと笑顔になったのが分かる。

 とてもうれしそうだ。今まで友達がいなかったのがまるわかりなくらい、明らかにうれしそうだった。


「えへへ。じゃあ、よろしくお願いします。く、黒葉さん!」

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