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6話――夏咲くんのおかげだよ

「夏咲ー。着いたよ」


隣に座る薫が、オレの肩を揺すって起こしてくれるまで、オレは電車の中で爆睡していたみたい。なんだか、懐かしい夢を見ていた気がする。


「んーよく寝たー! 薫ありがとう! さあ行くぞ!」

「え、なんでそんな寝起きいいの……さっきまで寝てたよね」


 電車から降りると、あたたかい風がオレたちを迎えてくれた。時計を見ると、午前十一時頃。

 既に凛々花たちは電車を降りていて、オレと薫を待っていた。オレがやってくると凛々花と美玲は手を振り、夕ちゃんは目を擦りながらあくびをしていた。麻琴ちゃんはスマホを触っている。


「おまたせ! 気持ちよくてつい寝ちゃったなあー」

「うん。夏咲すごく幸せそうに寝てたよね。ということで撮っておいた」


 ――ん? いま変な単語が聞こえたような。

 薫は凛々花と美玲に向けて、スマホの画面を突きだす。

 もしかしなくても寝顔が撮られてるやつだ!


「薫!? 変な顔見せないで!」

「全然。変な顔じゃないよ。ほら」


 ほら、と言って薫はスマホを持っていない方の手で、凛々花と美玲を指差した。


「か、かわいい……! 瀬川くん、この画像……」

「かおかお、この画像、送って!」


 そこには、食い入るようにスマホを見て幸せそうに頬を緩めている二人がいた。そんなにじーっと見たくなるほど面白い顔をしていたの?


「夏咲の寝顔で笑顔になる女子がいるんだよ。良かったね」

「え、笑顔……? う、うーん。それなら……よかったのかも?」

「そうだよ。良かったんだよ」


 何故かはわからないけど、そういうことなら凛々花と美玲の役に立てて良かったかもしれない。薫がにやにや笑ってることを除けば、別に気にする必要もないのかな。

 そういえば、横で夕ちゃんや麻琴ちゃんもチラチラとこちらの方を見ている。どうしたんだろう。


「小嵐ちゃんと桜井ちゃんも見る? これ、深い眠りのときのだから、黒葉の寝顔でもあると思うよ」

「み、見ません! なんか複雑ですし!」

「ま、まあ、寝顔なんて別に、興味、ないし」

「うん。じゃあ後で送っておくね」

「「いらない(っす)!!!」」


 駅のホーム中に響き渡る声に返事するように、元気な鳥のさえずりが聞こえた。


    ※ ※ ※


 凛々花と美玲以外は、ホテルに泊まることになっている。流石に凛々花の家に男二人に女子四人は様々な意味で難しいのでそういうことになった。

 ホテルに向かう前に、凜々花の実家である花屋に向かう。オレも今日はお店を手伝わせてもらうし、ホテルも花屋に近いから挨拶をする予定だ。

 歩きながら、凛々花は自分の実家の話を楽しそうにしてくれていた。


「私の花屋はお父さんとお母さんでやっててね、アルバイトの人とかもいるんだけど、基本二人で花をお世話して、販売してきたんだよ。だから忙しいときは本当に忙しくて、私もちょっと手伝ったりしてたんだ」


 凛々花は出会った頃からたくさん花の話をしてくれた。実家が花屋というのもよく聞いていたので、凛々花が花に囲まれて育ってきた場所が純粋に気になる。

 きっと、両親も凛々花のように優しい人なんだろうなあ。両親の話をしてるとき、凛々花の笑顔がそれを物語っているからわかる。


「どうして今の学校にしたわけ? そんなに家族が好きなのに。こうやって時々しか帰れないでしょ。うち別に進学校ってわけでもないし、普通科だし」


 麻琴ちゃんが純粋な疑問を投げかけてきた。凛々花の話に興味を持っているみたいで、声色は少しだけ柔らかい。


「なんて言えばいいのかな……家族が好きだからこそ、家族と離れて生活したいなって、思ってたんだ。私、昔から両親に大切に大切に育てられてもらってて、その、結構過保護でね。もちろん窮屈に思ったことはないんだけど、両親の負担を少しでも減らしたくて一人暮らしするために遠くの学校を選んだの。それに、中庭に素敵な花壇がある学校だなって……思ってたから」


 凛々花は昔から周りのことを大切にする性格だったみたいだ。凛々花らしい理由だと思った。

 それにこの学校に来た理由もよくわかる。


「確かにオレらの学校、窓から覗くだけでも見惚れるほど綺麗な花壇だよなあ」

「そうなの! 体験入学で見たときから絶対入ろう! て思ったんだ。今思うとちょっと後先考えてなさすぎだけどねー」

「いやいや、オレらだって家から一番近いとこ選んだし、将来のこと考えて選んでる人がすごすぎるんだって!」


 凛々花はノリがよくどんな人とも溶け込めるけど、こういう真面目なところがあるから模範的な優等生って言われがちだ。オレも実際にそうだと思ってるけど、少なくとも彼女は、花壇に見惚れて学校を決めてしまうくらいの普通の女子高生だということを、オレはこの一年凛々花と関わってきてよくわかっていた。


『凛々花ちゃんは、なんでいつもみんなの手伝いとかしてるんだ?』

『みんなに好かれたいから……かな』


 自分の生き方に戸惑いを感じていた彼女は、今では自信を持って毎日を過ごしている。なんだか一年前が懐かしい。今ならきっと、同じ言葉を全く別の表情で言うんだろうな。


「なつぽん、どうしたの? ぼーっとして」

「あ、ごめん、ぼーっとしてた? 凜々花のこと考えててさ。ほら、凜々花って昔は旅行誘ったりするタイプじゃなかっただろー?」

「んー確かに! りんりんって結構遠慮するタイプだったよね!」

「えーそうかなー? 私そんな引っ込み思案にみえる? これでも昔から積極的のつもりだったんだけど!」

「引っ込み思案とは違うっていうか、誰とでも平等に過ごしてたいうか、なんというか、変わったよなあー」

「ふふ。まーそうかもね。夏咲くんのおかげだよ」


 凜々花は隣で歩くオレの顔を覗き、優しく微笑む。そして、気が付いたようにはっとしてから、視線を前に戻した。


「あれあれ! 私の家だよー」


 見えてきたのは、緑の屋根と花のイラストが描かれた看板が特徴的な花屋だった。思ったよりもずっと小さく、とはいえ普通の花屋よりは二周りくらい大きい。あの敷地内なら小さめの一軒家が二つ建ちそう。

 

 ……あれ? なんで結構な大きさなのに、思ったよりも小さいって思ったんだろう。遠くから見てるから?


「夏咲さん急に立ち止まらないでくださいよ! ぶつかったじゃないっすか」

「あーごめん! 夕ちゃん!」

「……何かあったんすか?」


 後ろから話しかけられたのも珍しいけど、珍しく心配そうに見てくる夕ちゃんにオレは疑問に思いつつも、首を横に振った。


「ううん。何もないよ。何もない……と思う。うん、何もない!」

「なんすかそれ」


 夕ちゃんは怪訝そうに呟くと、ため息をついてオレの横を通り、前に進んでいった。


「…………よし!」


 オレは寝てる間に外れかけていた赤いピンを前髪に付け直し、自分の頬を両手で叩いて気合を入れた。

 記憶にないものを詮索しても良いことないし、とりあえず気にしない! 行こう!

 


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