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夕日にまざる

夕日にまざる


 俺はゲームに負けたばかりか、『トラコ』の大ファンであることもバレてしまった。

 しかも、その声を演じている担当声優たちに。


 実を言うと俺は、『いいスポーツ同好会』に誘われたときに、こんな妄想をしていた。


「善人くんは、わたしがアイドルだからって特別扱いしないんだね」


「アイドル? 北風にとっちゃそんな肩書き、なんの意味もない。

 目の前にいるのが誰であれ、ただ横を吹き抜けるだけさ」


「素敵、抱いて!」


 なのに化けの皮が、すっかり剥がされてしまった……!

 興味ないどころか、ガッツガツに興味津々だってのが、バレてしまった……!


 これで天の川はもう、俺に興味を失うことだろう。

 この俺を『普通の女の子として扱ってくれる唯一の男』から、『掃いて捨てるほどいるファン』に格下げすることだろう。


 俺はもう人目もはばからず、部室の床で悶絶していた。

 転げ回った拍子に、ゴツンとなにかにぶつかる。


 そこには、床に膝をついて座る天の川がいた。

 すっかり軽蔑しているだろうと思ったが、彼女はなぜか慈しむような表情で俺を見ている。


「……ありがとう、善人くん」


「え」


「善人くんのカバンからブロマイドを見つけたとき……わたし、すっごく嬉しかったんだ。

 『トラコ』はわたしにとって、いちばんの思い出のアニメだったから。

 それをまだ好きでいてくれる人がいるってわかって、泣きそうになっちゃった……」


 何かを思いだしたのか、天の川の瞳はわずかに潤んでいるようだった。

 窓から差し込む夕日を受け、トパーズのように輝いている。


 すん、と鼻を鳴らす天の川の肩に、ぽんと手が置かれる。

 膝射のようなポーズで隣にしゃがみこんだ越前だった。


「ミッキーは、『トラコ』のレミーを真剣に演じていた。

 それこそ命を捧げるくらい、一生懸命に。

 キャシーが魔法界に帰るシーンの収録があった時は、前日からずっと泣いていた」


 キャシーは『トラコ』に登場するもうひとりの魔法少女。

 寡黙だが天使のようにやさしく、レミーの親友的キャラクターだ。


 ちなみに担当声優は、無愛想なうえに悪魔のようにやさしくない越前だ。

 「えへ」と泣き笑いのような表情を浮かべる天の川。


「えっちーはね、その収録の前日は、わたしといっしょのベッドで寝てくれたんだよ。

 わたしの頭をずっと撫でてくれて、わたしが眠るまで、ずっとお話してくれた。

 おかげでわたしは、ちゃんとキャシーちゃんにさよならができたんだ」


「そうだったのか……」と起き上がってあぐらをかく俺。


 俺が『トラコ』に惹かれたのは、主人公のレミーのひたむきさからだった。

 思えば俺は、なんに対しても本気にならず、目に映るものすべてをバカにしていた。


 斜に構えているのがカッコいいと思っていたんだが、そんな時に目に飛びこんできた彼女は鮮烈だった。

 なんにでも一生懸命で、ライバルや弱い者たちもバカにしたりせず、誰とも友達になろうとする彼女はまぶしすぎた。


 だからこそ俺は、彼女のことを……。


 ふと気付くと、部室のなかは俺と天の川だけになっていた。

 いつの間にか、越前の姿は消えている。


 忍者みたいなヤツだな……なんて思っていると、天の川が俺に向かって、ツムジを見せるように頭を下げていた。

 なにかを期待するような上目で、じっと俺を見つめながら。


「……よしよし、して……」


 それで俺は思いだした。

 レミーの大好きなことが『頭を撫でてもらう』ことだと。

 しかしこんな時でも俺は素直になれなかった。


「俺はまだ、4敗しかしてないが」


「けち。ヨシヨシなんて名前なのに、よしよしはしてくれないんだね。

 せっかく今だけはライバルだってことを忘れてたのに」


 ぷくっと頬を膨らませるその愛らしい顔に、俺は吹き出しそうになってしまう。


「俺はそんな名前じゃないし、ましてやライバルでもないんだがな。でもまあ、いっか」


 俺はそっと手を伸ばし、天の川の頭の上に置く。

 彼女の髪は見た目どおりにサラサラで、絹みたいだった。


 窓の外からは、運動部のかけ声が聞こえてくる。

 オレンジの夕日に切り取られた俺たちは、しばらくの間そうしていた。


 それから天の川は俺のことを『ヨシヨシくん』と呼ぶようになった。

このお話は、これにて完結です!


面白い! 続きが読みたい! と思った方は、評価や感想などを頂けるとやる気が出ます!

好評なようであれば、続きを書かせていただきます!


それでは、このお話を最後まで読んでくださり、誠にありがとうございました!

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