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ゲーム01 ポッキーゲーム

ゲーム01 ポッキーゲーム


「ポッキーゲーム……だとっ!?」


 ……ざわっ!


 平静を取り戻しつつあった俺の心が、再び波打った。


 ポッキーゲーム。

 それは1本のポッキーを咥えあい、交互に両端から食べあって、先に口を離したほうが負けというゲームだ。

 どちらも譲らぬ場合は、両者の唇が触れ合うことになる。


 別名、カップルゲームと呼ばれるもの……!

 リア充とかいう、愚民の筆頭どもがワーキャー言いながらやる、実に下らない頭カラッポのクソゲーだ……!


 この俺にとってはこの世でいちばん縁がなく、また穢らわしいと思っているゲームだ。


 そうか、わかったぞ……!

 天の川は、取り巻きどもから俺がぼっち……じゃなかった、孤高の北風であることを聞いて、これなら勝てると思ったんだ……!

 それにリア充グループの天の川なら、ポッキーゲームなんて連れション感覚でやってるに違いない……!


 ゲームの準備を忘れてたというのは、カップルゲームを仕掛けるためのフェイク……!

 終電を逃したフリをして男の家に転がり込むような、とんだクソビッチだったってわけか……!


 くそぉぉぉぉっ……! 男心を弄びやがってぇ! スパチャした金返せ!


 だが俺は、渦巻く思いをなにひとつ顔に出さなかった。

 俺はこれ以上舐められてたまるものかと、ポッキーゲームガチ勢を装う。


「この俺も、舐められたもんだな……。

 だがいいだろう、俺がファースト・セットアップだ」


 「なにそれ」と天の川。


「俺が先にポッキーを咥えるって意味だ。さぁ、ポッキーをもらおうか」


「いいよ、はい」


 天の川はなんの疑いもなさそうな顔で、パッケージから取り出したポッキーを1本渡してくる。


 ……かかった……!


 彼女はいままで、おままごとのようなポッキーゲームしかやったことが無かったのだろう。

 このゲームにおいて、もっとも大事なファースト・セットアップ権を、あっさり譲るとは。


 ……とんだ見込み違いだったな!


 この俺はとっくの昔に、ポッキーゲームなど経験済みよ!

 ミーちゃん(飼いネコ)と、スティックジャーキーで何度もやったことがあるんだっ!


 すでに俺は、ポッキーゲーム必勝法を編み出していたんだよっ!

 見るがいい! そして、怖れおののくがいいっ!


 ……ズバァァァァァァーーーーーーンッ!!


「そ、それは……!?」


 ファースト・セットアップを終えた俺を見た天の川は、面白いようにうろたえていた。


 このゲームにおける必勝法、それは……。

 ポッキーを深く口に入れ、チョコがコーティングされていない、持つところだけを口から出す……!


 これだけ短ければ、初手で唇が触れ合う覚悟をしなければ、反対側を咥えるのは不可能……!

 ……どうだ……! これが俺の編み出した必殺技『キッス・オア・ルーズ』だ……!


 ちなみにこの技をうちのネコにやった時は、ばりくそ顔を引っ掻かれた。


 俺はおちょぼ口で、天の川に挑発的な視線を向ける。

 天の川は「くっ……!」と歯噛みをしていた。


「ジャスティス・ファイター……! いいえ、善人くん……!

 すっかり忘れていたわ……! あなたは勝つためなら、チート以外のどんな卑怯な手も使う人だって……!

 どのゲームでも、よくそんな事を思いつくなって技で、ずっと負かされてきた……!」


 自分ではまるで意識がないのだが、俺は「絡め手」というやつが得意らしい。

 しかしいくら卑怯と言われても、勝てばいいと思っている。

 それで思いだしたのだが、天の川はどのゲームにおいても俺の対極をいく、正々堂々としたプレイスタイルだった。


 いまも俺は、悪の権化であるかのように唇を歪めている。

 正義の天の川は、生きたまま腸を断たれているように顔を歪めている。

 彼女はやがて「うんっ」と大きく頷いた。


 てっきり「負けました!」と敗北宣言をするのかと思いきや、天の川は机に手をついて身を乗り出し、顔を近づけてくる。

 ……え? と思う間もなく、アイドルのキス顔が目の前にあった。


 間近で見るトップアイドルの顔は、瞬きも忘れるほどに美しかった。

 きめ細やかな肌、閉じた瞼は桜貝のようで、長い睫毛が濡れたように光っている。


 そしてなによりも俺の呼吸を止めたのは、薄ピンクの唇。

 その果実のようにうるるんとしたそれが、吐息を感じるほどに近くにある。


 吐息が顔にかかり、前髪が揺れ、リンスのいい香りがあたりに広がった。

 それはヤバいくらいいい匂いで、俺は一瞬にして夢見心地になる。


 紗がかかったようにぼやけていく俺の視界は、彼女でいっぱいになっていく。

 その美しさはもはや万華鏡のようだったが、鼻先にこつんと当たった感触で、これが夢でないことがわった。


「……善人くんっ……!」


 そのすがるような甘やかな声に耳をくすぐられ、俺は一気に現実に引き戻される。

 椅子に座ったまま「うわあっ!?」と飛び退いてしまい、バランスを崩して後ろにバターンと倒れてしまった。


 天の川はびっくりして、俺に駆け寄る。


「だ……大丈夫!? 善人くん!?」


「ま……まいり……まし……た……」


 それは俺が、生まれて初めて口にした敗北宣言。

 クラスメイトからボコボコにされたときには1億回くらい叫んでたような気もするけど、この1回はそれらよりもずっと重い、心の底から宣言だった。


 俺を覗き込む天の川の目はぱちくりしていたけど、やがてその意味がわかったのか、


「やっ……やったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 両膝を床につき、両の拳をこれでもかと天に掲げる渾身のガッツポーズを見せる。

 その様はさながら、ワールドカップの決勝で、優勝のゴールを決めた選手のように感極まっていた。


「勝った勝った、勝っちゃったぁぁぁぁーーーーーーっ!!

 は、初めて、初めて善人くんに勝っちゃったぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 嬉しい嬉しい嬉しい! 嬉しぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 天の川は、俺から初勝利をもぎ取ったのがよほど嬉しかったのだろう。

 まるで虹を掴んだかのように身体を抱き、絶叫とともに部屋の床をゴロゴロと転げ回っていた。



 善井善人 0勝 1敗

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