第6話「戦わなきゃ」
「アラスター!」
息を切らしてその場に倒れ込み、残る力を振り絞って叫んだ。
アラスターが僅かに驚きを含んだ顔で振り返る。
魔導帝国首都、ハイゼル。ナナはその西部教会へ来ていた。
ここにはアラスター達に連れられて何度も訪れている。というより、ナナにはここしかアテがなかったのだ。
そして運良くアラスターを見つける事が出来た。しかし全速力で長距離を飛行してきたため、もうグッタリと動けなくなってしまった。
でも、伝えなければ。
「が、学堂が、みんなが……!」
言い終わる前にアラスターは動き出した。
左手でナナを抱きかかえたかと思えば、次の瞬間教会の正面玄関を突き破って、そのまま空へ飛び出していた。
風を切るような音が鳴り響くが、風圧はほとんどない。アラスターが吹っ飛びながらも防いでくれているのだろう。
教会にシオンやフレデリカの姿が見えたが、何をしていたのだろうか。
「……襲撃か?」
アラスターがつぶやくように聞いてくる。彼の表情がない顔を見るのは久しぶりだ。
「は……い……」
「……そうか。よくやった、ナナ」
そう言って右手で頭を撫でてくる。
違う。
ナナを飛ばすと判断したのはレイだ。彼がいなければ、自分は何もできなかった。例は今もきっと今も戦っている。
サラも慌てずに周りを観察していた。
フレッドも今はサラを守っているに違いない。
私一人では何もできない。
また、私のせいで誰かが────
「お願い……間に合って……!」
「さあ、次は君たちだ」
このままでは私たちは殺される。それを避けるすべを私は持たない。
「じゃ、まずはサラから」
そう言って男はサラを指さす。そしてその指先に魔力が渦巻く。
撃ち殺される。もしくは炙られるか。潰されたりするかもしれない。
走馬灯でも見えるのだろうか。
苦しいのはやだな。
「時間ないからじっとしててね、すぐ終わるから」
よかった。苦しくはないようだ。そう思って目を閉じる。
レイが呪縛網に抗っている声が聞こえる。きっと私を助けようとしているのだろう。
でも、きっと間に合わない。それは仕方ない。
仕方ないんだ。
でも、最後にみんなと話したかったな。
レイと、ナナと、アラスターと。
それから、
「まだ、だめだあああぁああぁぁ!」
叫び声がして。
私は宙に飛ばされ床を転がる。
何も見えない。
「あ……え……?」
目を開く。
くらい。辺りはなにも変わらない。
それでも。
「まだ、だめだ」
「……フレッド」
私は、一人じゃない。
「まだ、だめだ」
そう言って、俺は転がっているサラに手を差し出す。その手を掴んでサラは立ち上がった。
男の攻撃がサラに当たらないよう彼女を突き飛ばし、すんでの所で回避できたのだ。
俺はサラと目を合わせずに、ローブの男を睨みつけた。何がおかしいのか男は笑っている。
「すげえ、すげえじゃん。ハハ、格好いいねえ君ぃ」
「そういうお前は格好つかねえな、クソ野郎」
「あんまり虚勢張んない方がいいぜ、フレッド君」
男は煽られても態度を変えない。それどころか煽り返してくる。
実際虚勢は張っている。レイならともかく、俺はこの男に勝てない。
「じゃあ、その勇気をたたえて君からいこうか」
男がこちらへ指先を向ける。そしてその指先に再び魔力が渦巻く。
何も聞こえない。
「勇気、ね」
そんなものはない。
今すぐ逃げ出したいほどだ。
こわい。
ふと後ろを振り返る。
サラが、こっちを見ていた。
何か言いたそうだが、言葉が詰まっているようだ。
彼女を見て思う。
こわい、けど。
「……戦わなきゃ」
この化け物に勝てなきゃ、サラも、レイも死ぬ。
その方が、こわい。
「……来いよ」
「それじゃ、遠慮なく」
そう言って男は指先から魔弾を放つ。
魔弾はきれいな直線を描き、フレッドの腹部を貫いた。
腹を中心に服が赤く染まる。
ここまでか。
片膝をつきそうになる。
「フレッド……!」
サラが呼んでいる。
その声を聞いて、身体が倒れるのをやめた。
「……まだ、だ……」
「……ハハハッ、ほんとかっけえよフレッドォ!」
男が高らかに笑いながら、再び魔弾を連続で放つ。
フレッドの胸に、腕に、足に、頭に、魔弾が次々突き刺さった。
足がふらつく。口から血があふれる。
痛い。
それでも、倒れるわけには行かない。
戦わなきゃ。
守らなきゃ。
「……まだだ!」
「……そろそろ死んどけ」
男は低い声でそう言うと、再び魔力を指先に集め出す。
今度は先ほどまでとは比べものにならない。目に見える程渦巻く大量の魔力。
あれは、確実に死ぬ。
でも、間に合った。
「……今だ、レイ!」
男がわずかにひるむ。
そこへめがけ横から強烈な爆撃が男を襲った。
燃えさかる炎に包まれ、男の姿が見えなくなる。
フレッドはかすれた声で笑いながら言った。
「おせーよ、レイ」
「ありがとう、フレッド」
「後は任せて」
そう答えるとフレッドは安心したように目を閉じ、膝から崩れ落ちる。
僕が呪縛網に捕らえられている間、フレッドには無理をさせてしまった。身体のあちこちに穴が開いており、いますぐ治療しなければまずい状態だ。
しかし、それはできない。
「オイオイ、まだ2分も経ってないだろぉ」
このローブの男を、なんとかしなければ。
「なぜ、生きている?」
炎の中から当然のように現れた男に対し、警戒しながら問いかける。確かに爆撃を確実に当てた。結界を張る間は与えなかった。
でも、生きている。
「そっちこそ、なんでそんなすぐ出て来れんのさ。やっぱすげえなレイ」
男はどこか楽しそうだ。
とりあえず、なぜこいつが生きているのかは後回しにする。このまま会話を続けて、アラスターが来るまで時間を稼がなくてはならない。
しかし、そんな心配は杞憂だった。
「じゃ、帰るわ」
「……あ?」
唐突に帰ろうとする男。
こいつは一体何をしに来たのか。なぜ何もしないまま帰るのか。
その答えが上から降ってきた。
「止まれ」
それがそう言った途端、ローブの男の腹を金色の炎が貫く。
貫かれた男はその場で動きを止めた。
「……うわぁ、間に合わなかったかぁ」
残念そうな声で男が呟いた。
レイは今しがた空から降ってきたそれを見上げる。
左手でナナを抱え、右手から金色の炎をまき散らしている長身の男。
アラスターだ。
「答えろ、何をしに来た」
「言う分けねえだろ、クソ魔導士」
そう言うと同時に、男の身体がローブと共に崩れだした。
そして崩れたそれが、塵となって宙に消えていく。
アラスターは黙ってそれを見ていた。
「またな、サラ、レイ。あ、そこの君達もよろしくぅ」
最後に男はフレッドとナナの方を見ると、頭まですべて崩れ去った。
こうして、この襲撃の元凶は消え去ったのだった。