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いつも通りの1日のはずだった。


「女神さま、では私は一度お傍を離れます」


「うん。ありがとう。気をつけて」


「そんな!雑草の如き自分になんて勿体ないお言葉!!女神さまも御身を大切に…本当は私がお傍で控えていればよいのですが、女神さまのお食事の支度もしなければ…至らぬ私で申し訳ございません」


「あ、うん…もう行ってらっしゃい」


ぱたん、と扉の外に押し出す。二人のやり取りを見てベルーガがまたやってるよと言わんばかりに呆れて笑う。

リタは何も言い返さずに、頬を少し染めて目の前の仕事に取り掛かった。




月に照らされた夜道を歩く。

すっかり遅くなってしまった。今日のご飯はなんだろう。


ただいま、と言おうとしてドアノブを捻る。


カチャッと金属が当たる音がした。

男が来てから聞いていない音。鍵のかかったドアの音。


「………」


それだけでリタは全てを悟った。

足元が崩れていくような衝撃を感じながらも、のろのろと鞄から暫く使っていなかった鍵を取り出してドアを開ける。


「ただいま」


リタの呼び掛けに返ってくる声はない。


分かっていた。いつかこんな日が来ると覚悟はしていた。

ただその幕引きは自分でやると思っていたから。


誰もいない部屋の中を進む。少ない男の荷物は綺麗に無くなっていた。

鞄を置いてふとキッチンを見ると、コンロの上には鍋が置いてあった。

まさかと思いながら蓋を開けると案の定スープが用意されている。

同じように冷却器(冷蔵庫のようなもの)を開ければサラダとデザートらしきケーキが。


「……」


置き手紙の一つも残さない癖に。


そんなことを思いながら、自分のために用意された食事をぼんやりとながめた。


のろのろと着替えて夕飯の支度をし男の用意した食事を一人で食べた。


向かい合った椅子には当然誰も座っていない。


椅子、新しく買っちゃったな。

もう二度と使う機会は無いのに。


そう思ってリタはスープを口に含む。いつも通り美味しいはずなのに、味が全然しなかった。


いつかはこうなると分かっていた。アサヒにも言ったじゃないか。これは一時的なものだと。だから、結果としては同じで。ただその過程が違っただけで。

頭の中だけがぐるぐると色々なことを考える。


リタが最後にたどり着いた思いは。


「…………これで良かった」


空の椅子を見ながらリタは言った。




***



「リタ、お前大丈夫か?」


「え?」


くるくると包帯を巻いていたリタはベルーガに声をかけられ、顔を上げる。

今日は割と暇な日だったので、ベルーガものんびりと手術で使う器具の手入れをしている。

きらりと夕暮れの光がその器具に反射してリタは顔を顰めた。


「ベルーガさん、わざとですか?それ眩しいんですけど」


「あ、悪い」


すんなりと謝ったのでわざとではないんだろう。

相変わらずの強面だが若干申し訳なさそうな顔をしているのが分かったので、リタもそれ以上文句は言わなかった。


で、なんの話だったっけ。


「えっと、私体調悪そう見えます?」


思い出したリタがそう問うと、ベルーガは器具を磨きながら言った。


「いや…俺の勘違いならいいが」


男が居なくなって数日経つ。居候になってから毎日男は診療所に手伝いに来ていたので、彼が居なくなったことをベルーガも気づいているに違いなかった。

それでもベルーガはリタに何も聞かず、リタもベルーガに何も言わなかった。


「…………勘違いですよ」



そう言って再び包帯を巻く作業に戻ったリタをベルーガはそっと盗み見た。


勘違いか。


リタが強がっているのは分かる。もう3年の付き合いだ。それくらい彼女の性格は把握している。

でもベルーガにも分からないことはある。


それは彼女がなぜここまで人と距離を置きたがるのか、という事だった。


リタは普通だった。

普通の容姿、年頃の女性らしい普通の会話も反応もする。多少手先が不器用な部分はあるが、それだって際立ったものじゃない。

だから彼女がなぜ他人と距離をとろうとするのかベルーガは不思議だった。


手術室に入りたくないと言ったときもそうだった。

彼女は今と同じように白い顔をしていた。何か理由があるのだろうとその時ベルーガは深く聞かずにそれを許した。


今もそうするべきか迷う。


ベルーガが躊躇いつつも口を開いた時だった。



「なんか騒がしくないですか?」


リタがそう言って窓を見る。確かに外がいつになく騒がしい。


「なんだろ…」


彼女が窓を開けようとした時だった。


「おい!!逃げろ!!!」


「火事だ!」


「ベルーガのおっさんいるか!?」


診療所の入口に人が押しかけてきた。ベルーガもリタも驚いたのは一瞬で、すぐに2人は自分の仕事にとりかかる。


「酷いやつは俺の方に来い!歩けないなら呼べ!!」


「付き添いの方はこちらに!!名前を聞きますので!」



どうやら規模の大きい火事があったようだった。

ベルーガの診療所は街の外れのほうにあるので被害はなかったが、たくさんの建物が焼けて多くの人が亡くなったと聞いたのは、真夜中も過ぎて漸く患者の波が落ち着いた頃だった。

あまりにも規模が多く、死人も怪我人も大勢出た。原因は不明とのことだったが、出火元は分かっていて、家と家が密集している平民街の造りが火事の規模を広げた要因なのは明らかだった。



国の役員が来るらしいぞ」


「え?」


漸く火事のことも落ち着いてきたある日、ベルーガがそう言った。

リタが聞き返すと理由を話してくれる。


「何でも今回の火事の被害を調べてるんだと。どれくらいの人が怪我をしたとか亡くなったとか知りたいらしい」


そういうとき診療所は記録をつけているところが多いからな、と言った。

確かにベルーガの診療所でも診た患者のことは紙に書いてまとめてある。


「いつ来るんですか?」


「さあな。そこまでは聞いてない」


国の役人の大半は元貴族の出のお金持ちだ。

平民の都合なんて彼らにとっては関係ないのかもしれなかった。ベルーガもきっとそう感じているのだろう。それ以上特に何も言わなかったが。

リタはため息をひとつ吐き、すぐに資料を見せることができるよう準備しておこうと思った。


問題の役人が来たのはそれから数日後のことだった。


「国から派遣されてきました。今回の火災が要因のけが人や死傷者の数が分かる見せてください」


物腰は柔らかにそう言われたが、見せないという選択肢はないよな、という圧を感じる。


しかも突然やって来てこの言い分。名前くらい名乗ってもいいんじゃない?とリタが思ったのは当然だろう。


「………はい」


それをぐっと堪えてどうにかまとめるのが間に合った資料を渡す。


「どうも」


その拍子にリタと男の手が触れ合い、弾かれたように男が顔を上げた。そしてリタを見て言った。


「お前は…」


男の瞳はリタの全てを見通すようで、知らずリタは後ずさる。


なに?


彼はリタの何かに気づいた。

それが何故かはっきりと分かった。


男が口を開く。まるで神のように淡々と。


「不死身の英雄の娘だ」


男が言い終わる前にリタは駆け出そうとしていた。


「あっ!!」


その前に男に腕を掴まれ、強引に引っ張られる。

それが痛くて顔を顰めるも男はリタの様子を全く気にしていない。


何で分かった?どうして()()()()()()()()()()()()


疑問だけが頭を巡る。



「おい何してんだ!?」


リタの悲鳴が聞こえたのか、ベルーガが部屋の奥から出てきた。

そして腕を掴まれているリタと男を見て強面の顔を更に怖くさせたが、男は全く怯まない。リタをギラギラとした目で見つめたまま、強引に診療所の外へ連れ出そうとする。


「おい待て!お前国の役人のくせに何して…!」


「離して!!」


リタも手を振りほどこうとしたが、男の力に普通の女であるリタが叶うはずもない。ずるずると引き摺られる。


男を睨みつけると、男が言った。


「あの男とこの診療所がどうなってもいいのか?」


「なに、言って…!」


「俺は役人だ。どうとでもできる」


「…」


リタはぴたりと動きを止めた。

これだから国に関わる人間は嫌いだ。いや、嫌いという言葉ではこの感情は生ぬるい。


リタは彼らのことを憎悪していた。


大人しくなったリタを見て男がほくそ笑む。

気持ちの悪い笑みだった。


男は追いかけてくるベルーガに向けて言い放つ。


「この女は我々が保護する」


「はぁ!?何言ってんだ!保護じゃなくて誘拐だろ!!」


一喝したベルーガだったが、男は聞く耳を持たず、診療所前で立っていた別の男に何かを耳打ちすると、もう1人の男にも腕を取られ、リタは診療所を後にした。




***


リタが連れて来られたのは国の施設では無く、どこかの屋敷だった。

おそらくお金持ちの別荘なのだろう。誰かが暮らしている気配はあまりなく、リタと男以外の人間は見当たらなかった。


広いががらんとした部屋に通されると、椅子に座らせられる。抵抗は簡単にいなされ、後ろ手に縛られた。

リタは男を睨みつけたが、それを見て男は嗤う。


「まさかこんなところで見つけるなんてな…」


ギラつかせた瞳は欲に溢れていた。


「……どうして…」


どうしてリタが不死の英雄の娘だと気づいた?


リタの呟いた言葉に含まれる疑問を男は正確に読み取ったようだった。


「俺の祝福は触れた相手の名前が分かることだ。どんなに変装していても、例え偽名を名乗っていても、俺には分かるのさ。

対して使えないし役人になれば使い道もあるかもなと考えてこの仕事に着いたんだが、とんだ幸運だったな!

俺は運がいいらしい!!」


なんてが運が()()んだろう。

リタはそう思って目を伏せた。


「さあて、どいつに売りつけようか…?こいつを探している隣国の王族でもいいが、この国の王族のほうが金は持っていそうだしな……

いっそのこと競り形式でも……


ああそうだ」


リタの存在を忘れたようにぶつぶつと何かを呟いていた男は、何かに思い立ったように視線を戻した。


()()()()()()()()()()??」



リタは答えない。



「噂によると、あの英雄は9つ持っていたらしいが…お前も同じか?」




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