第1章 転生者 1-8. 騎士道
馬車を飛び降りて、少女に向かって走っていく。
ハインリッヒが何か喚いているが、そんなの知らない。
これであの娘に何かあって、これから寝覚めが悪くなったらお前のせいだぞ!?
だから、私を止めるな!
馬上から、兵士の剣が振り下ろされる瞬間、私は、少女に体当たりして押し倒していた。
頭の上をブンッという音と共に剣が通り過ぎる。
髪を少し切られたかも知れない?!こんちきしょうめ!
路上では、明らかに騎馬が有利。
さっきの一撃をなんとか躱せたのに、これで馬蹄の下に蹂躙されては元も子もない。
腕を引いて少女を立ち上がらせると、私は、彼女を抱きかかえるように道路脇の森の中に飛び込んだ。
兵士はすかさず馬を降りると、私たちの後を追ってくる。
振り返ると、ヘルムを被っただけで頬当てをしていない兵士の表情が、手に取るように解る。
その恰好で何処まで逃げおおせる積りだ?!そう嘲笑っているかのようだ。
残念ながら、ジャケットに膝丈スカートという制服を着たままで、森の中を逃げ廻ろうなんて思ってないよ!
枝に引っ掛けて破れたりしたら困るだろ?!
私は、少女を先に行かせて立ち止まると同時に、振り向きざまに追って来た兵士の顔めがけてレイピアを突き出す。
鞘に入ってはいるが、切っ先は、兵士の眉間を確実に捉えた。
首を後ろにのけ反らせて、一瞬、固まった兵士だったが、頭を横に振っただけで此方を睨みつけてきた。
ダメージがあったようには見えない。
兵士は再び、私に向かって剣を向けてくる。
糞っ!鞘からレイピアを抜いておくべきだったな!?
だが、兵士が次に剣を振りあげた時、ハインリッヒのメイスがその兵士の後頭部を打っていた。
直立したまま、バサッと倒れる兵士に走り寄って、頭に一発蹴りをくれてやる。
全く動かないから、完全に気を失っているのだろう。
「 ハインリッヒ、助かった。ありがとう 」
私は、有能な家宰に謝辞を伝え、それ以外の戦況を確認するために辺りを見回した。
此方の2人の護衛も、相手を馬から引きずり降ろして馬乗りに押えている。
「 ソフィア様、少しは自重して下さい! 」
不意に、眉の両端を下げて、苦情を言いながら近づいて来るハインリッヒが視界に入った。
ちょっとムッとする言い様じゃないか?!
「 お前、開口一番それか?!他に何か云う事があるんじゃないのか?! 」
そうだよ、“ お怪我はありませんか? ”とか、“ 危ないところを良く凌がれましたね ”とか、主人を労う言葉は幾らでもあるだろう?!
「 急停車した馬車の扉を蹴破って、飛ひ出していかれるようなお嬢様に、かける労わりのこ言葉など持ち合わせておりません! 」
くっ、此奴!?
彼と言い争っていると、不意に、近くから笑い声が聞こえた。
「 あは、あはは、あはははははははっ! 」
見るまでもなく、私が助けた少女だ。
栗色の長い髪を風にそよがせ、お腹を抱えて笑っている。
しかし、此奴も大物だな。
九死に一生を得たばかりなのに、今は、口を大きく開けて笑っていられるとは!?
ハインリッヒとの口論を止めると、少女に近づき、私は彼女の身元を訊ねた。
「 ご無事な様でなによりです。
私は、パルトロウ伯爵家の長女、ソフィアと申します。
お名前をうかがってよろしいでしょうか? 」
少女は、こういう場所だというのに、ちゃんとカーテシーを行って挨拶をする。
「 助けて頂き、ありがとうござます。
アルフォンソ大公家、第1公女、マルグレーテです。
騎士さま! 」
アルフォンソ大公家第1公女!?つまりは、王位継承権7位のお姫さまじゃないか?!
これは、早々に陰謀に巻き込まれてしまったかも知れない!?