第1章 転生者 1-7. 事件
伯爵邸を出発して半ルーク(1時間)も経たない内に、御者台から家宰のハインリッヒが話しかけてきた。
彼は30代の前半と歳は未だ若いが、親の代から伯爵家に仕えてくれている忠実で有能な男だ。
御者は御者でいて馬車を操っている。
しかし、外の様子をいち早く知っておきたいという理由から、彼、自ら志願して御者台に陣取っているのだった。
「 ソフィア様、微かに剣戟の音が聞こえます。 ご用心下さい 」
おいおい、郊外だといっても、此処は王都の中だぞ。
・・・・・ 真昼間から街道を通る人々を襲う、馬鹿な盗賊はいまい。
ということは、私怨で襲われているのか、それとも、決闘でもしているのか ・・・・・?
「 音が聞こえてくるのは行く手なの?それとも森の中から? 」
「 どうやら街道の先の方からです。もうすぐ視野に入ってくるでしょう 」
そう言われて、私は、窓から身を乗りだして前方を見た。
街道の遥か向こうに馬車が停まっているのが辛うじて見える。
その周りをちょこまかと動いている幾つかの黒い影も。
「 襲われてるようだね 」
「 襲われてますね、あれは 」
「 どうする?加勢する? 」
「 お嬢様を無事、学院までお送りするのが私の役目ですので、出来れば関わりたくないというのが本音です 」
「 それはそうだけど、街道のど真ん中であんなことをされて黙って見過ごしたと知れれば、パルトロウ伯爵家は腰抜けよ、と陰口を叩かれないだろうか?
我が家は王都の防衛も担ってるんだろ?! 」
馬車の護衛として、前に2騎、後ろに1騎、伯爵家の騎士が随行している。
ハインリッヒも腕に覚えのある男だから、暴漢が、視野に入っている4、5人程度であるならば遅れをとることはない。
それでも、いつまでも黙って考え込んでいる家宰に、私は提案した。
「 では、こうしよう。このまま何事もないように進んで行って、向こうから手出ししいてきたら防戦しようじゃないか? 」
このまま進んで行けば巻き込まれないはずはないのだが、せめて、何かあったときにハインリッヒが言い逃れできる状況を作ってやらないと。
私が言い出しっぺなのに、彼の立場が危うくなっては申し訳ない。
襲ってる奴にも襲われている奴に対しても、義理立てする謂れは今のところないかね。
私たちの馬車は、速度を上げもせず、落としもせず、暴漢に襲われている馬車に近づいていく。
しばらく進むと暴漢たちは此方に気づいたようで、一旦、戦闘を中断して、粛々と近づいて来る我々の様子を窺っている。
既に、客車の中にかけられたカーテンの柄が見えるまでに、私たちの馬車は現場に近づいていた。
どうやら襲われているのは貴族の乗る馬車のようで、暗殺か何かは知らないが、一方的に襲われているなら加勢する理由には充分だ。
戦いを止めて此方を窺がっているということは、襲われている側の護衛は既に戦闘不能に陥っているということだろう。
残りは客車の乗客だけのようだ。
戦いが止んだ間隙をついて、突然、客車の扉が開いた。
そして、中の乗客が跳び出すと、そのまま此方に向かって駆けてくる。
どうやら少女のよう!?
もう一人の乗客は、少女を追いかけようとする暴漢を後ろから攻撃している。
「 ハインリッヒ! 」
私が叫ぶと直ぐに、言い含められていた伯爵家の護衛2人が、馬を駆って少女の方へ向かう。
それと同時に、私の乗る馬車も同じ方向に駆けだしていく。
まずいことに、襲われている馬車の影から、3騎の騎兵が少女に向かって走り出してきた。
騎兵?軍隊だと?!
「 ハインリッヒ!あの娘の手前で馬車を横滑りさせて停めて!下は土だからできるよね?! 」
あちらの馬車に取り付いている兵士は残り2人。それに対して、3騎が少女を追いかけているということは、狙いは少女の方か?!
此方の護衛が接敵して2騎を足止めし、1騎だけが少女を追いかけている。
突然、此方の馬車が傾き、横滑りし始める。
私は、鞘に入ったレイピアを握り締めると、客車の扉に手をかけた。
そして、横滑りが止まった瞬間、扉を蹴り開け、少女に向かって叫ぶ。
「 こっち!早く乗って!? 」
ああ、長いドレスが邪魔で、少女は脚が縺れて上手く走ることができないみたいだ。
馬上で剣を振りかざした兵士が、少女のすぐ後ろまで近づいている。
一端の兵士が無防備な少女を襲うなど気に入らない!
私の身体は、延髄反応で咄嗟に動いていた。