第1章 転生者 1-6. 入寮の朝に
かねてから決まっている通り、私は、聖アンドリュース学院に入学することになった。
懸念は兄のアーネストだったが、学院にいっても高等科の彼とは先ず会うことはないだろう。
しかも、彼が寝起きするのは男子寮だ。
私がいなくなることに最も抵抗して見せたのは、やはり、妹のマリールイーズだった。
「 お姉さま、行かないでい下さい!お姉さまのいない生活なんてあり得ませんわ! 」
「 何を言うの。貴女だって、来年、同じ学校に入学するのよ。
離ればなれになっているのは一年だけ。それぐらい我慢しなさい 」
彼女に、我慢するよう諭すが、こんなにも聞き分けがないなんて、もう、仕方ない奴だ。
・・・・・・・ 可愛いではないか。
「 ソフィア様、私はお供させて頂きます 」
それに対して、コゼットは、ついて来る気満々。
聖アンドリュース学院は全寮制。
だが、貴族の子女が皆、独りで何でもできる訳でもなければ、しなくてはならない道理もない。
余裕のある貴族は、子供に使用人をつけて学校に送り出している。
相部屋になれば使用人が滞在できるスペースがないので、個室が当てがわれた者のみという条件は付いているのだが。
それ以外で使用人をつけるとなると、使用人本人が通いになるので大変だ。
コゼットまでいなくなってしまっては、独りにさせられたマリールイーズがやさぐれるのが眼に見えているので、私は彼女を連れて行く積りはなかった。
「 コゼット、貴女は、残ってマリールイーズの面倒を見てやって」
「 えっ? 」
「 そして、来年、2人で来なさい 」
さすがにマリールイーズの手前、コゼットは連れて行ってくれとごねる訳にはいかない。
一方のマリールイーズも独りにされるのは嫌だから、コゼットに姉についていけとは言わない。
これで万事、丸く収まった訳だ。
出発の当日、馬車が出る直前まで、マリールイーズはぐずぐず言っていた。
皆に、別れの挨拶を済ませた私は、馬車に乗り込み、伯爵家から学院に向けて出発する。
コゼットもマリールイーズも、見えなくなるまで手を振っていたが、なに、夏や冬の長期休暇を使って帰省するのだから、別れといっても数ヶ月間だけだ。
因みに、伯爵邸も学院も王都の中にある。
伯爵家の持つ伯爵領に帰るのは秋の収穫祭の時ぐらいで、普段、私たちは王都で生活していた。
王都といっても、全域が城壁で囲まれている訳ではなく、王城と高位貴族の居住地区以外は城壁もなく、城を中心にして大きく広がっている。
パルトロウ伯爵家は、輪番制で王都の防衛も担っていることから兵舎へ訓練場を構えており、その関係もあって、邸宅は王都の中心から少し離れた郊外に建てられていた。
邸宅がある辺りは森に囲まれ、自然が豊かな場所だ。
兵舎から聞こえてくる訓練の掛け声以外は、小鳥のさえずりぐらいしか聞こえない。
森の中では所々で、日差しを浴びて残雪が輝いているが、それ以外はすっかり春の様相だった。
ポックリ、ポックリ、のんびりと歩みを進める馬も、1ルーク半(3時間)も経たずに学院に到着してしまう。
もう少し、この景色を満喫していたいのに。
だが、向かう先には、そんな呑気な気分を吹き飛ばしてくれるイベントが待っていた。