第1章 転生者 1-4. 不思議の勝ちあり・負けに不思議なし
バレエの練習により、身体能力が上がってきた次は、剣を操る技術を身に附けるように心掛ける。
だが、さすがに、剣技の稽古にまではマリールイーズにつき合わせることはしない。
剣の鍛錬では自分に合った武器を選ぶが、重くて大きな段ビラなどは男性と比べて力のない私には向かない。
なので、刃身が細くて軽いレイピアを選ぶ。
使うのは、グリップ近くが太くて相手の剣戟を受けても容易には折れない、且つ、先端にかけては細く、しなるものを。
加えて、相手を殺さずに戦闘不能にするためには峰打ちが有効なので、断面が三角形で片刃のものを選んだ。
伯爵家の剣術指南役、ジャック・ル・ブレは、長剣を使わせれば大陸に並び立つ者なしと言われた剣豪だった。
戦争の折りに、単身で敵陣深く切り込み、敵司令部を400リーグ(160km)も後退させる遠因を作った英雄でもある。
何故、伯爵家に寄寓しているのかは解らないが、良い師匠に師事できたことは私にとって幸いだった。
この繋がりが、後に新たな人脈を生むことになる。
彼の練習スタイルは形の美しさより実戦を重視したものだったから、剣を交えての実践訓練が主体となる。
実際に戦ってみて、各々が持つ武器の長短を見極め、長所を伸ばして短所を克服するのが最も手っ取り早い上達方法だったからだ。
当時の伯爵家でレイピアを操るのは私独り。
試合以外では、いつも師匠が直接、私の指導をしてくれた。
基礎的な運動能力を上げる訓練にバレエを取り入れた成果は直ぐに発揮された。
レイピアを使った剣術というよりは、功夫の動きのようになってしまったのではあるが。
ル・ブレ師の剣は変幻自在。
剣筋は、弧を描きながら相手に襲いかかるそことが多く、直線的動きはそんなにない。
一方の私は、刺突が主体となるレイピアなので、教科書通りに攻めるとどうしても動きは直線的だ。
そうすると、側面からの攻撃を受けてしまうため、なかなか相手の懐に飛び込むことができない。
12、13歳の少女が、国の英雄と称される武術家から一本とれるとは思っていなかったが、数十回、百数十回と負け続けていれば、一本ぐらい獲りたいと思ってしまうのが人情だ。
そこで私は、教科書を無視して、前々世で観たものを参考にすることにする。
カンフー映画に出てくる宋剣の演武だ。
あったよね?台湾映画で虎や龍のが。
それを、ル・ブレ師相手の模擬戦で試してみた。
レイピアを用いた剣術は、常に背筋を伸ばして上体を垂直に維持した姿勢を保つ。
だが、その基本姿勢を崩し、弧を描いて側面から迫って来る師匠の剣を、ブリッヂをする様に上体をいっぱいいっぱいまで背後に反らして躱す。
通常は、後ろに回避行動をとるが、これなら間合いを維持したままだ。
そのままの恰好で回れ左で180度ターン、後ろ向きの体を、脚を振り子に回転させて師匠に正対させると、左手に持ったレイピアを下から切り上げるように振う。
刃先が弧を描いて師の顎に向かって吸い込まれていく。
だが、相手の方が一枚も二枚も上手。
師匠は剣の柄でレイピアの剣先を弾きながら手首を返し、此方の刀身を巻き込むように私に向かって剣を突き出してくる。
自分の体の小ささを利用して、その繰り出されてくる腕を、絡むように跳び越して前宙、師匠の喉元に向けて剣先を放つ。
レイピアの切っ先が師匠の喉元に迫った時、私の首の横には、師匠の持つ剣の刃があった。
ほぼ相打ちではあるが、師匠に迫れたのだから悪くない。
「 うわはははははっ!ソフィア嬢、中々に面白い戦い方をするのう?! 」
私は、ル・ブレ師から離れると、深々と頭を下げる。
「 いえ、未だまだ、未熟者です。やはり、師匠には及びませんでした 」
「 いやいや、いまのは互角じゃった。末怖ろしいのう、ははははははっ! 」
「 勿体なきお言葉。更に精進を重ねて参ります 」
「 うむ、うむ、そうせよ 」
何故、そこまでして剣技まで身に附けねばならないのか?
それは、近い将来、腐れ貴族どもを相手にしないといけないからだ。
貴族の子女は、15歳になる年齢から、王立聖アンドリュース学院に入学することになっている。
マルグレットとは、そこで出会うことになるだろう。
それに、次の年には、マリールイーズも入学してくる。
強欲な貴族たちがどの様な手を使ってくるか判ったものではない。
初等科、高等科併せての4年間、彼女たちを護っていかねばならないのだ。
私は強くあらねばならなかった。