第1章 転生者 1-2. 即席の妹
私の意識がしばらく戻らなかったことは、我が伯爵家に、もう一つ問題をもたらしていた。
いや、別に問題じゃないよ、私的には。
突然、妹ができていたのだ。
マリールイーズ・パルトロウ、それが彼女の名前。
灰銀色の髪と、紫煙色の瞳をした私とは対照的に、シャンパンゴールドの髪と緑碧色の瞳を持つ美しい娘だ。
私としては、こんな可愛い妹ができて何が問題なのか?
実は、両親が、もし、私が帰らぬ人となった時の保険として、彼女を養子として迎え入れていた。
貴族というものは、互いの家同士で子供本人の意思に関係なく、約束をする。
娘が幾つくらいになったら、そちらの息子と婚約させよう、などという約束を。
婚姻によって親族になれば、多少なりとも相手の家に対する利権が生まれる。
嫁がせた娘が産んだ子供以外、相手の家族が全滅すれば、その子に全財産が転がり込んでくるといった例が最も解かり易いだろう。
大した衛生学も医療技術も無い世界で、日常の怪我やペストなどの伝染病と戦っている時代だ、無いとは言い切れない。
それ故、婚姻によってもたらされるのは、親族の絆ではなく利害関係なのだ。
なんて、世知辛いのだろう!?中世スタイルの貴族社会って!
ところが、肝心の娘がいなくなっては、そういった政治的に利益を呼び込む結びつきがなくなってしまう。
そこで、保険役の登場だ。
生憎、生還してしまった私の手前、両親は、かなりバツが悪そうにしている。
別に、娘が1人増えるだけの話ではないか?!と思うのだけれど、彼らにしてみれば、私が生還した以上、マリールイーズの生家が我が伯爵家になにがしらの利権を持つのが面白くないのだろう。
マリールイーズを実の親元に返すかどうか相談をしているようだった。
そういった空気は、敏感な子供の心に伝わるものだ。
実の親から引き離され、引き取られた先からも厄介者扱いされる。
彼女は、いま、居た堪れない毎日を過ごしていることだろう。
病床から離れてから10日ほど経った或る日、私は両親の部屋に呼ばれた。
ノックをして扉を開けると、部屋の中には既にマリールイーズがいる。
「 ソフィア、さあ、入って 」
母親に促されて入ったものの、部屋の空気はなんだか重い。
「 ソフィア、全快おめでとう。
お前が病気に打ち勝ってくれて、私も非常に嬉しいよ 」
「 ありがとうざいます、お父さま 」
父の言葉に応えてはみるものの、どこか余所よそしい自分がいる。
「 お前も貴族の一員なのだから解るだろう?
もしも、お前に何かあったらと思い、マリールイーズを養子にした。
だが、お前は全快した訳だし、今回の話は無かったことにしようと考えているのだが、どうかなと思って 」
マリールイーズの生家がどういった身分の人達なのかは知らない。
彼女を引き取ることで、その人たちに、どういった利権が生まれるのかも知らない。
だが、品物の様に取引されて、今度は要らないなんて、ちょっと蟲が良すぎるんじゃないか?!
彼女に対してあまりにも失礼だ!
「 お言葉ですが、私は賛同しかねます 」
「「 ソ、ソフィア!? 」」
自分の代役がいなくなることを私が願っていると思っていたのか、両親は、突然の反対に狼狽えている。
私は、本物の悪役令嬢にみたいに、自分だけが可愛い陰険な人間じゃありませんよ!?
それとも、こっちが病気と闘っている間に身代りを用意した、彼らへの意趣返しと思われてしまっただろうか?
だけど、そんなことはどうでも良い。
「 私は、妹ができてとても嬉しいのです。
どうして今更、この子を他所にやれましょう 」
そう言うや否や、私はマリールイーズの前に跪き、同じ目の高さで彼女を見た。
「 マリールイーズ、私はずっと、貴女のような妹が欲しかったの。
私の妹になってくれませんか?
この先ずっと、私が貴女を護ってあげます 」
私は彼女を安心させてやりたかった。
私の言葉に彼女は、しばらく俯いて、モジモジとスカートを弄っていたが、不意に顔を上げて私を見る。
「 あ、あの!お、お姉さまと呼んでも ・・・ いいですか ・・・・・ 」
その消え入りそうな声に、私は応える。
何を尋ねることがある?私たちは、もう、姉妹なのだから。
「 勿論です。
今から、そう呼んで下さい 」
一瞬にして、彼女の顔に大輪の花を咲かせたような笑顔が広がった。
そして、「 お姉さま! 」と私を呼んで、首に抱き着いてくる。
そう、貴女にはこれから、険しい人生の中で、私の右腕となってもらうのだから ・・・・・・。