第1章 転生者 1-1. 前世の記憶
何日間、熱に浮かされていたのか分からない。
現世の私は、ようやく前世以前の意識を取り戻したところだった。
時間は夜中らしく、真っ暗な部屋の唯一の窓を通して、中天の冬の夜空に浮かぶ月が見える。
枕元では、看病に疲れたのあろうコゼットが、うたた寝をしていた。
私は、前世と前々世の記憶を取り戻した。
だが、だからと云って、現世に於けるこれ迄の7年間の記憶を失ってしまった訳ではない。
覚えている限りコゼットは、私の世話をずっとしてくれていた、未だ若いのに良く尽くしてくれるメイドだ。
これまでずっと眠っていたので、夜中というのに全く眠気を感じない。
仕方なく、天井を眺めながら、これからどの様にして破滅ループを回避するか考えていた。
「 う、う~ん 」
おや、コゼットが目覚めた気配だ。
でも、疲れている彼女を労わり、私は声はかけずに天井を眺め続ける。
眼をこすりながら上体を起こした彼女は、看病を放っぽいて眠ってしまったことに慌てたようだ。
彼女のことだから、症状が峠を越えたので油断したのだと思うのだけれど。
それでも真面目なメイドは、私の容体がどうなっているか確かめるために、息がかかるほど顔を近づけ様子をうかがっている。
そして、瞳をパッチリと開いて天井を凝視する私を見て、「 っ! 」と声にならぬ叫びを上げると、今度は嗚咽を漏らし始めた。
看病の甲斐あって主人が長い眠りから目覚めた、と思っているのとは、ちょっと反応が違うよね?!
「 お嬢さま、さぞや苦しかったでしょう。どうか、安らかに眠って下さい 」
彼女は、そう呟くと、私の瞼の上に指を置いて、そっと閉じる。
そして、闘病の末に逝ってしまったと勘違いされる私に覆いかぶさり、さめざめと泣き始めたのだ。
いい加減、気づけよな ・・・・ まあ、自分のために泣いてくれるのは嬉しいのだけれど。
心の中でそう呟き、再び天井を眺めながら彼女が泣き止むのを待った。
閉じたはずの瞼が開いていることに漸く気づき、訝ししく思ったのか、コゼットは月の仄かな明かりに照らされた私の顔に再び顔を近づけてくる。
私も、泣き止んだ彼女の方に目を向ける。
だが、絵面的には、死んだはずの私の眼が、ギョロリと彼女の方を向いたことになってしまった。
その瞬間、今度こそ、彼女は悲鳴を上げた。
「 ひいいいぃぃぃーっ!お嬢様がアンデッドにいいいぃぃぃーっ!? 」
なんて声出してんだよ!?
「 騒ぐんじゃないわよ!コゼット 」
「 へっ?! 」
たしなめられて漸く、彼女は私が落命したのではなく意識を取り戻したのだと気づいたようで、騒ぐのをやめる。
それからは、コゼットの悲鳴を聞きつけて、家族や親類たち続々と部屋に入って来る。
両親は元より、家宰のハインリッヒやメイド長のアンヌまで、意識を取り戻した私を見て涙を流してくれている。
とりあえず、自分が、この人たちに涙を流して回復を喜んでもらえる存在でよかった。
しかし、そんな安堵の空気の中に、ふと、違和感が感じられる。
一人だけ何の感情も示さず、死んだ魚の眼のような眼差しで私を眺める人物。
兄のアーネストだ。
これまでの経験から判るのは、こういう人物は、後々問題となって私の前に立ちはだかるかも知れないということ。
どうやら、ここでも楽はさせてもらえないらしい。