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沙蘭国の王女たち  作者: 立川みどり
洛帝国編
14/14

洛帝国編7

      7


 セウネイエーたち留学生の授業に、またもや皇族の見学者が訪れた。座学の授業中のことで、供をふたり従え、堂々と教室の前の入り口から入ってきた。

「暁王殿下」

 講師の石寿按が洛帝国式の拝礼をしながらそう呼びかけたので、第二皇子の暁王だとわかった。暁王の母の蓉妃について、姉も董玄焔も油断ならない人物と警戒していたのを思い出しながら、セウネイエーは暁王を観察した。

 弟の巌王とはまったく似ていない。細身で長身。容姿端麗。衣服も立ち居振る舞いも上流階級の貴公子然とした美男子で、あでやかな微笑を浮かべて留学生たちを見回した。それが社交用の笑顔だとしても、不自然な作り笑いには見えない。日ごろからこういう表情をするのに慣れているのだろう。

 セウネイエーの右隣と後ろの席で、ほうっという吐息が聞こえた。女子留学生たちのうち少なくともふたりが、この貴公子に見とれて吐息を漏らしたのだ。

 それを意識してかどうか、暁王はことさら女子留学生たちに微笑を向け、口を開いた。

「今年は女生徒が多くて、かわいらしい方ばかりだね。石寿按殿がほかの職に移りたくないと申されるのも無理はない」

 言いながら、石寿按のほうを振り向く。どうやら暁王は、石寿按を引き抜こうと誘いをかけて、断られたようだ。

「めっそうもない。男女を問わず、生徒たちはかわいいですよ。みんな熱心なので教えがいがあります」

「そうか。勉学熱心なのはよいことだ。それぞれ祖国の期待を背負っているであろうことだし。わたしも皆の祖国には大いに興味がある」

 留学生たちを見回しながらそう言うと、暁王はセウネイエーに目を向けた。

「沙蘭国の星寧姫」

 そのあと、留学生ひとりひとりを見ながら、それぞれの国名と名前を言う。さすがに洛帝国での呼び名ではあるが、間違ってはいない。

「わたしはさまざまな国のことを知りたいと思っている。知識を増やすのは大切なことだ。皆もここで大いに学んでほしい」

 そう言い残して暁王は教室を出て行った。

 見送った生徒たち、とくに女生徒たちから、ほうっという吐息が漏れる。

「一度見学にきただけで、みんなの名前と国を覚えていてくださったのね」

 女生徒のひとり、峻国の王女チャムラン姫がそう言ったので、暁王がどうして全員の名前と国を知っていたのかがわかった。人の名前や容姿を覚えるのが得意な人物なのだろう。留学生たち、というより周辺の国々に強い関心を持っていると見える。そういう人物であれば、以前に来た時いなかったのがセウネイエーだけなら、初対面でも見分けるのは簡単だろう。

「でも、やっぱり、あの方がいちばん目に止めていらしたのは星寧姫でしたわね。お名前を真っ先に挙げられたのも星寧姫でしたし」

 嫉妬というほどではない羨望。じつのところ、チャムラン姫は、留学中に他の留学生か洛帝国の貴人に見初められて峻国に有益な良縁を結ぶことを期待され、父王にもそうほのめかされていたのだが、どうすればいいのか困っていた。暁王を見て、どうせならこのような方に見初められればよいと夢想したものの、星寧姫ほどの美少女でなければ無理だろうとも思っていたのである。

 セウネイエーがどう答えたものか迷っていると、湘国のリムファン姫が口を開いた。

「あの方が興味を持っているのは星寧姫様本人ではなくて沙蘭国よ。わたしたちのだれにも興味を持っていない。興味があるのはわたしたちの祖国。そこをまちがえてはいけないわ」

 皆が驚いてリムファンを振り向いた。

「やきもちでそんなことを言うなんて。梨芳姫様らしくないわ」

 チャムランが当惑げに言った。自分自身がセウネイエーの美貌を羨んでいるという自覚があったので、リムファンの言葉も同様の羨望から出たものだと思ったのだ。

「やきもちなんかじゃないわ」

「じゃあ、何なの?」

 リムファンが言葉に詰まった。どう話したものか困っている、というより、話していいものかどうか困っているようにも見える。

「リムファン姫様、ひょっとして、暁王殿下が周辺諸国に興味を持っていると思うような、心当たりがある?」

 そう訊ねたときに振り向いたリムファンの表情から、セウネイエーは、図星だったと気がついた。

 だが、リムファンは、表情では「そうだ」と訴えながらも、言葉では「いいえ」と答えた。

「べつにそういうわけじゃないわ。ただ、なんとなくそう思っただけ」

 チャムランや他の留学生たちがけげんそうな顔をしているので、リムファンが困ったような微笑を浮かべながら、みんなを見回して、いささか苦しい説明をする。

「だって、ほら、よく言うじゃない? 美男子の甘い言葉は信用してはいけないって」

 言いながらも、セウネイエーに向かっては、あとで話を聞いてほしいと訴えるような視線を向ける。セウネイエーは、周囲にわからぬほどかすかに頷いてそれに応えた。


 授業が終わったあと、リムファンとセウネイエーは、他の生徒たちが退室するのを待って、最後にふたりで教室を出た。そのとたん、教室の外で待っていた石寿按に声をかけられた。

「梨芳姫様、何か困ったことになっているのではありませんか? 話してくだされば、お力になれると思いますが」

「いえ、なんでもありません」

「いや、しかし……」

「ほんとうになんでもありません」

 断る声が悲鳴に近いので、石寿按はますます心配そうになる。

「あのう、先生」と、セウネイエーが口をはさんだ。

「ほんとうに先生に相談したほうがいいようなことでしたら、必ず相談しますから。ここはわたしに任せてください」

 心配そうな石寿按を残して、セウネイエーたちは留学生用の部屋に戻った。四人部屋だが、今はふたりきりだ。とはいえ、同室のふたりがいつ戻ってくるかわからないので、ふたりは小声で話した。

「わたしの考えすぎかもしれないのだけど」と、前置きしたうえで、リムファンが話し始めた。

「湘国は、華陽の都に宿を兼ねた南湘亭という商館を持っていて、そこは商売のほかに外交の仕事もしているの。商館の主人は祖父の弟。つまり、わたしの大叔父。そこに暁王殿下がときおり来館なさっているらしいの。で、わたしが行ったとき、大叔父がほのめかすのよ。わたしが暁王殿下の側室に迎えてもらえたらいいのに、って。なんだか大叔父は暁王殿下に心酔しているみたいな感じ。ただ、それだけのことなのだけど……。なんだか、わたしには、大叔父が暁王殿下に誑かされているように思えて……。考えすぎかしら」

「うーん、なんともいえないけど……。たしかに、あなたの大叔父様は変ね。身内の王女を他国の皇族の側室にしたいなんて……。よほど心酔しているのかしら? 側室でも、それがあなたの幸せだと思い込んでいるとか?」

「うーん。わたしの幸せとか、そういう発想はないような気がする。大叔父様はいい人だけど。王女の縁組は国のためというのが、まあ、ふつうの考え方だもの。留学生に女子が何人もいるのは、世継ぎ以外の適当な王子がいないという場合もあるけれど、これを機会に良縁が見つからないかと期待されていることも多いのよ」

「側室が良縁?」

「皇族や有力貴族や高官の側室なら、国益になる良縁とみなされると思うわよ。まして、第二皇子の側室なら、小国の王女には身に余る良縁と思う人が多いのではないかしら」

「そういうものなの?」

「大叔父は、わたしが暁王殿下の側室になれば、湘国にいろいろ便宜をはかってもらえると期待している。でも、わたしは、もしも暁王殿下がわたしを側室にと望むとすれば、わたしを見初めたからではなくて、それが暁王殿下の利益になるからじゃないかと思うの。つまり、得をするのは湘国ではなくて、暁王殿下ってこと」

 セウネイエーは、叔父のマヒリが言っていたことを思い出した。叔父は、皇帝が、レアウレナエーが産んだ皇子をサラライナの王にしたいと望んでいると言っていなかったか。

「つまり、暁王殿下は、あなたを側室にして男児を産ませ、その子を湘国の王にして、王の父として湘国を支配しようと考えているということ?」

 リムファンは目を丸くした。

「そ、そ、そこまで考えていなかったけど。そ、そういうこともあり得るかしら」

「わからないけど。洛帝国って、そういう国じゃないの? 各国の王女を妃嬪にしているのは、妃嬪や妃嬪が産んだ子を介して、その国を支配しようという目的があるのでは?」

「そういえば……そうなのかな? でも、それは皇帝陛下の場合で……。ん? 暁王殿下も皇帝陛下と同じことをしようとしている……のかな?」

「なんともいえないけど……。でも、とにかく、暁王殿下の側室にはならないほうがいいような気がする」

「もちろんよ! それは絶対いや!」

 リムファンの口調の激しさから、湘国が損か得かとはまた別の理由から、リムファンが嫌がっているのが感じ取れた。

 リムファンが暁王に誑かされるという心配はなさそうだが、暁王の思惑は気にかかる。姉に相談してみようと、セウネイエーは思った。


 セウネイエーは、授業が終わったあと夕食までの短い時間、姉を訪ねるのがほとんど日課になっている。話題は、授業や街で見聞きしたことが多い。後宮から出られない姉にとって貴重な情報源と思い、積極的に自身の見聞を語っている。

 その日も、セウネイエーは、暁王の授業参観の様子や、授業後のリムファンとの会話をできるだけ詳しく語った。

 ひととおり話を聞き終えると、レアウレナエーが口を開いた。

「暁王について、わたしが知った情報では、彼にはまだ正妻はいないけれど、側室はふたりいますね。ひとりは有力貴族の姫。もうひとりは、紅国という小国の王女で、元は留学生だったようです」

「まあ、では、ほんとうに女子留学生を狙っている人なのですね」

「目的は、たぶん、紅国で産出する宝石だと思うけど。紅国には王太子もその弟王子もいますから、王女の子の父という名目で王位を狙うのは無理でしょう。でも、宝石のような高価な産物を優先的に手に入れる手段としては魅力があると思いますよ」

「では、湘国は? 王位以外に暁王に狙われそうなものはありますか?」

「ほとんど交流のなかった国なのでよく知らないのだけど、いくつかの生薬が特産品になっているものの、どちらかといえば貧しい山国のはず。でも、その貧しさを補うために傭兵として他国に働きに出る者も多いと聞いたことがありますね」

 セウネイエーはほっとした。貧しい国なら、狙われる心配はあまりなさそうだ。

「その南湘亭という店に、だれか買い物に行かせて様子を探らせましょう。もっとも、暁王が野心家で、野心のために他国の王女を狙うとすれば……。リムファン姫より、あなたのほうが狙われそうですね」

「え、わたし?」

「叔父様がサラライナに帰国したけれど、王位継承権の順位からすれば、叔父様は第三位。第一位はわたしで、第二位はあなた。王子のいる国の王女より、あなたを妻なり側室なりにして子をもうけたほうが、王位を狙いやすい」

 セウネイエーは青くなった。そういえば、あの皇子は、自分にも関心を示していなかったか。

「もっとも、暁王が他国の王位を欲しいかどうかは少し疑問ですね。この国の人は他国を低く見る傾向が強いようですから、自国で皇太子に次ぐ地位にいるというのに、それを捨てて小国の王の権力を欲しいとは思わないような気がします」

 そうあって欲しいと、セウネイエーは思った。狙われても無視すればいいだけだが、やはり鬱陶しい。

「ただ、あなたの場合、あの力がありますからね」

 レアウレナエーは、セウネイエーの額に目を向けた。額飾りによって封印された力。封印を解けば、砂漠でなら砂嵐さえ起こせるほどの力。姉妹とも、この力のことを忘れたことはない。

「暁王のような人物があなたの力のことを知れば、どのような野心を抱くかわかったものではありません。けっして気取られてはなりませんよ」

 姉の忠告に、セウネイエーは大きく頷いた。


 その翌日、南湘亭を向かいの店から密かに監視していた董玄焔は、見覚えのある沙蘭国の侍女が入っていくのを見て首をかしげた。侍女たちのなかでもカウリンに次ぐ地位にあると見えていた侍女で、たしかナウナマエーという名だった。

 洛帝国に害をなすかもしれない不穏分子を探るのは、玄焔の重要な仕事のひとつである。野心家の暁王が傭兵業を主産業の一つとする湘国に接近しようとするのを警戒し、南湘亭を見張っていたのだが、ここに沙蘭国の侍女が立ち寄ったのはなぜなのか?

 他国どうしの接近は、状況によっては警戒を要するが、沙蘭国と湘国に利害関係があるとは思えない。地形からいって洛帝国を通らずに行き来するのはまず無理だろうから、交流はほとんどなかろうし、沙蘭国は洛帝国内に商館のような出先機関を設けておらず、一行は数日前に到着したばかりだ。

 見たところ、ナウナマエーは店先で団子のような丸い菓子を食べているだけで、商談のような込み入った話をしている様子はない。通りすがりに立ち寄っただけだろうか?

 それにしては、ずいぶんゆっくり食べているように見える。麗蓮妃かカウリンに買い物などの用事を頼まれて出てきたのなら、そんなに長居をしているのは解せない。休みをもらって出てきて、くつろいでいるのだろうか?

 訝しく思っていると、しばらくして、友人の石寿按が来て、店の前で少しためらったのち、店に入っていった。

 偶然なのか? あの侍女と待ち合わせでもあったのか?

 そう思ったが、石寿按はナウナマエーから離れた席にひとりで座って、店員に何か注文し、まもなく出された団子のような形の菓子を食べ始めた。

 ナウナマエーは、食べ終えたあと店員を呼び止めて何か言っており、店員が奥に引っ込んだあとも、そのまま座っている。その間に食べ終えた石寿按は、落ち着かない様子で店内を見回していたが、べつに誰かに声をかける様子もなく、別の店員に声をかけて銭を払い、店外に出た。

 石寿按が店の前で少し迷ってから立ち去ってまもなく、ナウナマエーが両手で布に包んだ荷物を抱えて出てくると、石寿按が立ち去ったのと同じ方向に歩き出した。

 玄焔が適度な距離を保って尾行をはじめてまもなく、「玄焔?」と、彼を呼び止める声が聞こえた。振り向くと、大通り脇の路地から石寿按が姿を現した、どうやら路地に隠れて大通りを見張っていたらしい。

 玄焔は内心で舌打ちしながら、指を口に当てて、黙れと合図した。が、そのときには、石寿按の声は前を行く侍女に聞こえていたらしい。

「副使殿?」と言いながら、ナウナマエーが引き返してきた。

「あ、失礼しました。董玄焔殿。奇遇ですね」

「知り合いなのか?」

 石寿按が玄焔に問いかけてから、「副使殿」という呼び方の意味するところに気がついて、女のほうを振り向いた。

「あ、ひょっとして、沙蘭国の……」

「はい。麗蓮妃様付きの侍女でございますが、あなたさまは?」

「石寿按と申します。星寧姫様の……」

「あ、セウネイエー姫様の先生でいらっしゃいますね。うちの姫様がお世話になっております」

 侍女が頭を下げた。もしも荷物を抱えていなければ、もっと深く頭を下げただろう。

「石先生、先ほど、これの」と言いながら、視線を腕の中の荷物に向ける。

「店にいらっしゃいましたね。これは南湘亭の揚げ菓子ですが」

「あ、はい。あなたもあの店に?」

 ナウナマエーは道路脇に移動しながら、玄焔と石寿按を視線で差し招いた。立ち話で往来の邪魔をしない配慮とも取れるが、目立たないように内密の話をするためだろう。

 先ほど石寿按が隠れていた路地に入り、少し奥まったところまでくると、ナウナマエーが口を開いた。

「もしや、石先生、湘国のお姫様のことが心配で、あの店にいらっしゃいましたか?」

 石寿按が目を丸くし、玄焔がけげんそうな表情となる。ナウナマエーが玄焔にもわかるように説明した。

「きのうのことですけど、セウネイエー姫様たちが石先生に学んでいる教室に、やんごとなき身分ながら女癖のよろしくなさそうな殿方が見学にきたそうですの」

 単刀直入な説明に、石寿按がむせそうになった。

「その殿方が、うちの姫様と湘国の姫様に目をつけたかもしれないのです。おふたりとも、その殿方は好みではありませんから、誑かされる心配は全然ないのですが」

 石寿按ばかりか、玄焔まで思わず吹き出しそうになった。が、次の説明で真顔になる。

「南湘亭の店主、つまり湘国の姫様の大叔父様が、色男の口車に乗せられて、姫様を側室に差し出してしまわないか、おふたりは心配なさっているのです」

「梨芳姫様が星寧姫に相談していたのはその件だったか」

「いくら相手がやんごとなき身分の殿方でも、むりやり望まぬ方の側室にされるのは、女にとって不幸です」

 ナウナマエーの声に非難の響きが混じる。レアウレナエー姫が皇帝の皇妃にされたことを怒っているのだと、玄焔は感じたが、生徒たちへの心配で頭がいっぱいの石寿按は、そこまで気がまわらなかったようだ。

「生徒をそんな目に遭わせたりはしません。全力で守ります」

 力強く答える石寿按に、ナウナマエーは微笑んだ。微笑とも苦笑ともつかぬ笑みだった。

「お願いします。わたくしどもも気をつけています。近日中にまたあの店に行くつもりですし」

「あやしまれませんか?」

「だいじょうぶです。この揚げ菓子がとてもおいしかったので、また来ますと言い残してまいりましたもの。職場のみんなにもおみやげに持って帰りたいと言って、たくさん買いましたし。そういう客は多いと思いますよ」

 うまい手だと、玄焔は感心した。それなら頻繁に出入りするようになってもあやしまれない。上客だと思えば口も軽くなるだろう。それに、彼女は、玄焔に尾行されていると気づくと、あっさり自分の事情を説明した。あれも、へたに疑われて邪魔をされないように牽制したのだろうと、玄焔は推測した。


 玄焔たちが南湘亭付近にいたころ、暁王は母の蓉妃と面会していた。王子といえども成人した男子が後宮内に入ることは許されない。後宮の入り口に設けられた面会室での対面である。ただし、面会室にも四段階の階級があり、皇子が使用するのは最上級の貴賓室である。

 暁王は、都に滞在しているときには、数日おきぐらいに母のもとを訪れていた。

 いつも通りのかんたんなあいさつのあと、暁王は、留学生たちの授業を見学に行った話をした。

「またもや、女生徒たちはみんな、そなたにのぼせあがったのではありませんか」

「いいえ。例外がふたりいましたね。のぼせあがるどころか、わたしにあまりいい感情を持っていなさそうな姫がふたり」

「おや、珍しい」

「湘国の梨芳姫と沙蘭国の星寧姫です」

「星寧姫。あの麗蓮妃の妹か」

 蓉妃が眉間に皺を寄せた。

「麗蓮妃とはそりが合いませんか?」

「あたりまえでしょう。噂だけで皇帝陛下の関心を引き、入内すれば陛下の心をすっかり虜にした魔性の女です」

「魔性の女……」

 頭脳明晰な母が並の女のように嫉妬をしているようだと察して、暁王は軽い失望の念を覚えた。同時に、この母をこれほど感情的にするとは、麗蓮妃とはどのような女だろうかと、好奇心も湧く。

「星寧姫、というか、沙蘭国はいささか遠すぎてあまり食指が動きませんが、母上がそれほど麗蓮妃を嫌っているのなら、星寧姫を誘惑してみましょうか? 妹がわたしに夢中になれば麗蓮妃がどのような顔をするか、母上にお見せしましょうか」

 ほとんど冗談だったのだが、蓉妃は顔色を変えた。

「およし。星寧姫は対面の式の場で一度見かけただけだが、なかなかの美少女だった。魔性の女の妹は、やはり魔性の女でしょう。骨抜きにするつもりで、自分のほうが骨抜きにされては何にもなりません」

 暁王はむっとした。女に熱を上げられるにはいつものことだが、自分が女に熱を上げたことはない。

「わたしは小娘に骨抜きにされるような男ではありませんよ。父上ではあるまいし」

 母がこれほど沙蘭国の姉妹に臆病になるとは。母らしくない。ますますつまらない並の女のようではないか。

 暁王が母に対して失望の念を募らせる一方で、蓉妃は息子の自信を危ぶんでいた。

 息子は、知能も胆力も申し分なく育ったが、女の力を過小評価しているようだ。息子に限らず、この国の男たちにはそういう傾向がある。麗蓮妃は危険な女だ。おそらくはその妹も。どうしてそれがわからないのか?

 だが重ねてそう注意すれば、暁王は意地になりそうだ。それで蓉妃は、息子を心配しながら面会を終えたのだった。

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