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───手に収まらないものなら、いっそ打ちこわして他者のものにならないようにする。羅不破の、人一倍強い独占欲のなせる技である。
次にほこりに煤けた鏡を手にし、そこへ息を吹きかけた。五百年分の塵をまともに吸い込んで、咳き込む。
ふと鏡を覗けば、振りあげた満月の剣が光っていた。
悲鳴をあげる間もなく白刃は一閃する。
苦悶の表情をする羅不破───だが、背中にまったく痛みを感じないことに気づくと、ゆっくり振り返った。
床には両断された蛇が一匹。
今度は短い悲鳴を上げ、また噎せた。咳をしすぎて、最後はえづいて、うずくまる。
他人を何人殺そうと微塵の痛痒も感じない男がこと己のこととなるとこうまで見苦しくなるのかと、満月は心の中で憫笑する。
満月の技裲を持ってすれば、背中に薄手をひとつ負わせることなく蛇を斬ることなどたやすい。
いや、蛇を断つことなく、羅不破の肉を裂くこともできるかもしれない。
「やはり、伝承であったか」
醜態を打ち消すように、大きな咳払いをしながら立ち上がった羅不破はことさら声高に告げる。
(いまさら……ですか)
満月は毒酒を吐き出すように、そう胸の中で言い捨てた。
羅不破が欲するものの大半───いや、そのすべてが伝承それのみに基づくもので、常識を持つ者ならただの一笑に伏すものばかりだ。
今度の「宝」もそうである。
───炎を呼び起こし、縮地の法を編み出す諸葛亮の「白羽扇」。
(そんなの絶対にないから!)
満月は、どなりつけたかった。
(現に、さっきの像はどんな格好をしていた。墨色の道袍に、申し訳程度の冠。そして手には赭鞭。講談に出てくる鶴毛衣に、金縁綸巾、そして手には白羽扇……そんな神韻漂わす、諸葛亮の姿はうかがえなかったではないか!)
おそらく本物の遺骸も同じであろう。
五百年にわたり講談師たちが人の足を止めるために、話を面白おかしく変えてきたのだ。
この唐土では、ちょっと背の高い男が、いつの間にやら八尺、九尺の雲をつく大漢になっていることがざら。ひとさまに語り聞かせて日銭を稼ぐような輩のことならなおさらだ、と満月は断言する。
(……はじめから無いことはわかっていたんだ)
だが、命の危険をかえりみず、ここまでやってきた。羅不破に、求める宝はどれも存在しないということを何度も見せつけ、その飽くことを知らぬ蒐集の焔を鎮火させるために。
「宝がなければ、もうここには用はないわ」
唾とともにそう吐きすて廟をでた羅不破に続いて、外へ向かって踏みだしたその時───満月はふと、風を感じた。