9
唐の天宝十四載(七五五年)十一月、「君側の姦、楊宰相を討つ」と称して十五万の兵をもって范陽にて重臣の安禄山が挙兵。世に言う「安史の乱」のはじまりである。
翌、至徳元載(七五六年)元旦、安禄山は大燕皇帝と称し、「聖武」の年号をたてる。中華においての年号とはそれを称することができる者が天下唯一無二の皇帝であり、他の国の存在を認めないという意味を成す。悪臣排除の大義名分をふた月でうっちゃり、安禄山は唐朝は賊国と宣した。
同年六月、玄宗蒙塵。馬嵬にて宰相の楊国忠は殺害され、楊貴妃自死。長安陥落。
成都に入った玄宗は秦国模、秦国楨兄弟にただちに出撃するよう命じる。秦兄弟はすぐさま蜀の地にある兵馬をまとめ、一族総出で京師奪還を目指し北上した。
その中に木蘭がいた。まだ十代であった彼女だったが、甲冑まとい、槍をたばさみ先陣を行く。
秦家率いる唐軍は各地の城を奪回しつつ破竹の勢いで長安へと進軍する。
この時、「大燕」の内部で苛烈な権力争いが生じていた。安禄山が息子の安慶緒に暗殺され、その安慶緒も父の朋友・史思明に討たれた。指揮系統が混乱していたため、唐軍に組織だって反撃できなかったのだ。
木蘭は戦場を無人の野を行くかのように疾駆した。
矢を放てば弓弦の響きと同じ数だけ鞍から騎手が消えた。
槍を右に左に閃かせ、人血の虹を幾重にも宙に描いた。
槍が折れれば腰間の剣を抜き、人馬の山脈と鮮血の大河を無数に現出せしめた。
彼女は文字通り葦を刈るがごとく驀進した。
「あの時、妾は血に酔っていた」
木蘭は後悔の念をにじませそう後述する。
成都からの出兵は彼女にとって初戦ではなかった。長安を脱した皇族たちを護衛しながら、反乱に呼応───という体の便乗した土豪たちと幾度となく干戈を交えている。
しかし、要人を警護することなく思う存分武威を振るうのは初めてであり、木蘭はいままでの修練の成果を計りたく奮戦した。
そして───
いつしか濃い霧が彼女と愛馬をおし包んだ。
───まわりに味方の姿はなかった。
───声すら聞こえない。
敵将の血で全身朱に染めながら、単騎乳白色の靄の中を騎行する。
木蘭は完全に味方からはぐれていた。勢いにまかせてひとり突出してしまったのだ。
(戻ろう)
そう駒首をまわした時、一陣の風が吹いた。天地を包む厚い白絹が流れ去ったと同時に木蘭は驚愕した。
四方を敵兵に囲まれていた。数十、いや数百の反乱軍のただなかに、一騎でいたのだった。
そこからは一瞬の出来事であった。
馬を射倒され、地に投げ出された。冑が弾けて、黒髪が広がった。
背中を打った時に声をあげた。それを聞いた敵兵が顔をのぞきこんで少女とわかると数人ががりで木蘭の手足を押さえ、鎧を剥ぎ、襦を広げ、帯を抜き、胸にまいた白布を切り裂く。
たちまちに彼女は敵兵の前に裸身をさらすことになった。
逃げようにも、手足、そして髪を掴んでいるのは安禄山と同じ赤毛碧眼の窣利人。巨漢で筋骨たくましい胡人たちである。
木蘭は激しく抵抗したがびくともしない。
まわりの者たちはその光景を見て、欲情丸出しの下卑たる声をあげた。
この隊の上官らしい男が甲冑脱ぎ捨て全裸になっていた。毛むくじゃらの肥えた身体をさらす。
周囲からあがる声が熱を帯びていた。口笛を吹く者もいた。みな目が獣性で爛々としている。
木蘭は奥歯を噛み締め、両目を強く瞑った───




