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「これはだめだ……これも、だめだ」
扉を蹴り破り入った霊廟の中は、あまり大きくはなかった。木棺を中心に副葬品が供えられていた。さっそくそれらをひとつひとつ手に取って羅不破は品定めする。
しかし、どうやら彼の目にかなう物は見つからないらしい。
羅不破が投げ捨てる埋葬品の数々を満月は手に取った。
璧や宝剣などの高価なもの───満月から見たら───に混じって、諸葛亮をかたどった木の面や人形があった。当時の領民たちが大軍師を慕って作ったものであろう。
拾いあげた人形は、足裏から伸びた棒を引くと手を上げ下げするからくりが仕込まれていた。
───赤面夜叉が叫んだ。彼は数百年のほこりが堆積した棺にすがりつく。羅不破が開こうとするのをやめさせるつもりらしい。
羅不破は醜悪な顔をさらに醜怪に歪ませると、赤面夜叉を仰向かせ、一言も発せず、一言も発せさせぬ間に腰の剣を抜いて胸に突き立てた。
(やっぱり)
意外に早く予言が的中したが、満月は眉ひとつ動かさない。
羅不破と旅をしているとこのような場面を幾度と見ることになる。もう慣れた。あまりいい気はしないが。
胸に朱の大輪を咲かせた赤面夜叉を払いのけ、棺を開けた羅不破は怒号とも悲鳴とも言えぬ奇声で廟堂を震わせた。
棺の中には諸葛亮の遺骸ではなく、座った姿の像が一体収まっていただけであった。
「なんだこりゃ? こんなものを探しにきたんじゃねぇ、クソっ!」
京師では知らぬ者はいない名士とは思えぬほど口汚くののしり、そこらじゅうに唾を吐き出す。
さんざんに罵詈と失望を噴出すると刀を振りあげ、像をかち割らんとする。
「待ってください。これは綿竹関で諸葛贍が鄧艾の軍勢を引かせた奇策に使った木像ではないでしょうか?」
蜀の諸葛亮が死んだ、との報を得て、大軍を持って攻め込んできた魏の将軍鄧艾に対し、亮の子諸葛贍は亡き父に似せた木像を輿に乗せ、前面に押し立てて、いまだ諸葛亮存命と偽装。諸葛亮の智謀を恐れた魏軍に一時兵を退かせた。
「死せる孔明、生ける仲達を走らす」
───「三国志」を語る講談師たちに人物も時代もさんざんに脚色されてはいるが、実際にあった話であり、それに用いられた「歴史的宝」である───はずなのだが、
「で、誰がこれを運ぶ?」
と、言いざま羅不破は木像を両断した。