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キョンシー  作者: 諸橋カムイ
【序章】
3/60

3

 羅不破(ラファン)が人足をさんざんに罵倒(ばとう)してるうちに、満月(みちつき)は平地を行くがごとく、すっと橋の向こうまで渡りきる。


 驚き、慌てて橋を渡ろうとする羅不破を、「お待ちください」と制し、平然と吊橋を渡りきった満月に目と口を丸くしている人足のひとりを指さし、手招く。


 荷物を背負った人足が橋を踏み抜かなければ、ふとりじしの羅不和が歩いても大丈夫だろう、という残酷だが適切な方法。


 渡れ、と指示された人足のひとり───里では「赤面夜叉(あかおに)」と、ずいぶんいかつい名で呼ばれていたひときわ大きな体を持つ男は、(いわお)のような顔を左右にふり、後ずさる。


───が、「いけ!はやくいかぬか!」と、羅不破は刀を抜きざま、そばの枝を切り落とすと、弾かれたように橋へと猛然と突き進んだ。


 赤面夜叉は両目を硬くつむり、奇声をあげて橋を駆ける。


 風が止んでいたのが幸いしてよろけることなく渡りきり、満月に腕を掴まれてはじめて目を開ける。自分が無事に橋を渡り終えたことの安堵感を彼は獣じみた雄叫(おたけ)びで表現した。


 続く、羅不破は傲然(ごうぜん)と胸を反らせ、橋の真ん中を悠々と進む。


 数度谷底からつきあげる風に揺れたが、彼は意に介さない。(たた)りも呪いも(おそ)れないのだから、目に見える高所の恐怖など、どれほどのことであろう。


 渡り終えた羅不破は、老境とは思えぬほどよく肥え、膨らんだ頬に冷たいものを感じた。


 懐から手巾(ハンカチ)を出してあてるが、今度は額に知覚した。汗ではなく雨滴(あめ)であった。


 顔を上げれば、登る前は晴れ渡っていたのに、いつの間にか灰色の雲が群がり起こり、厚みと暗さを増して天を覆う。 すぐに粒の大きな雨の(たま)が、連なり落ちてきた。


 雷鳴が遠くで起こったかと思えば、(うな)りをあげつつ、驚く速さで近づいてくる。


 網膜を焼く閃光と鼓膜を震わす轟音とともに、吊橋のすぐ横にある大木に雷が落ちた。


 もうひとりの人足───悪太(おおおとこ)は、喉も裂けよとばかりの悲鳴をあげると、弾かれたように起き上がり、吊り橋へと飛び込む。


「おい、待て!」


 満月の制止をふり切り、言葉にならない声をあげながら、全速力で橋を駆け抜ける。


───このまま一気に渡りきるかと思われた。中ほどまで進んだ。その時───谷底から一陣(いちじん)の突風が突きあがる。


 橋は飛龍の背がごとく、大きく(うな)(きし)む。


 悪太はよろめいた。手すりにしがみつく。その拍子に、彼は下界を(のぞ)いてしまった。


(……あと少しだったのに)


 満月は舌打ちした。風は去った。それどころか雨すらもやんだ。重くかさなっていたはずの黒雲が嘘のように流れ散り、晴れ間がふたたび顔を出す。


 しかし悪太は立ちあがろうとしない。立ちあがれないのだ───恐怖で膝が溶け出していた。


 橋から谷へ転落すれば、五肢(からだ)微塵(みじん)に砕けちってしまうのだ。


「里一の豪の者」のいわれもうっちゃって、身も世もなくわんわと泣き出した。


 満月は大きな溜息をつく。


 いますぐにでも悪太の襟を掴んで、引きずってきたいところだが、ただでさえ大柄の悪太は大きな荷袋を担いでいる。羅不破より重い。これ以上この吊り橋が重みに耐えることができるとは思えない。


 悪太を落ち着かせ、自力で渡らせる以外に満月にはどうすることもできなかった。

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