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キョンシー  作者: 諸橋カムイ
【序章】
1/60

1

───漢中(かんちゅう)定軍山(ていぐんざん)


 その(いただ)きはつねに白絹(しらぎぬ)のような厚い雲に隠れ、ごつごつとした奇岩の連なりと手のかけることができないほどに切り立つ絶壁が、まるでしめしあわせたように交互にそびえ立つ峻嶮(しゅんけん)な巨峰。


───人影が四つ。


 いつ作られたとも知れない桟道(さんどう)を進んでいた。


 先頭には鈍色(にびいろ)単衣(ひとえ)に皮の胴当てを着けて、とかせば腰までとどくであろう黒髪を無造作にひとつに束ねた男。


 そのうしろに縦横の比率がほぼ同じという赤毛碧眼(せきもうへきがん)大漢(おおおとこ)と、それよりもさらに大柄で岩を切り出したような体格の人足がふたり。


 この集団を率いている男の名は、安倍満月(あべのみちつき)


 日本人である。


 彼はこのような危険極まりない場所にいるには不似合いなほどの繊弱(せんじゃく)そうな身体つきの青年だった。汗とほこりに汚れたその顔は端正であるが精悍(せいかん)さよりもやや幼さが先行している。


 満月は自分の身を守るのと同時に続く異相の者の身も守らなくてはいけなかった。


 胡服(こふく)が胸に貼りつくほど大汗をかきまくっている男───羅不破(ラファン)を見て満月は嘆息する。


 京師(みやこ)長安では五本の指には入るこの大商人「羅家の大旦那」の趣味に、いま彼はつき合わされていたのだった。


 その趣味とは───骨董品の蒐集(しゅうしゅう)


 ただの年代物の(へき)や宝剣ではない。


 そのようなものはありあまる羅不破の財をもってすればどんなものでも入手できよう。「金に()かせる」、それは富商たる者の楽しみのひとつだ。


 しかし彼が求めているのは他でもない。歴史に名を残した英雄豪傑が手にしたものばかりであった。


───周の宰相(さいしょう)太公望(たいこうぼう)渭河(いが)で糸を垂らしたという釣竿。


───呉の将軍伍子胥(ごししょ)が平王の(しかばね)を打ちすえたという鞭。


───漢の高祖(こうそ)劉邦(りゅうほう)が沛の芒蕩山(ぼうとうざん)で大蛇を斬ったという長剣。


───(ずい)煬帝(ようだい)が楊広が宇文兄弟にくびり殺されたときの綾絹(あやぎぬ)……などなど、「はっきり言わなくても(・・・・・・・・・・)眉唾(まゆつば)もの」の数々である。


 羅不破は金に糸目をつけず次々それらを購入していった。


 さらにその収集欲は飽くことを知らずついには商売そっちにのけ、自分の足で探すようになる。


 それにつきあわされることになったのが羅家出入りの骨董商、安倍満月であった。


 羅不破からこの旅に同行してほしいと持ちかけられたとき、即座に彼は断った。


 何が悲しくてそんな馬鹿らしいことに付き合わなくていけないのだ、そう驚きと憐れみを内に秘め、丁寧に、慇懃(いんぎん)にお断り申し上げた。天下の豪商が孫ほどの歳のたかが一骨董商に土下座をしてきても「わたくしめには過ぎた申し出ですよ」うんたらかんたら、のらりくらりとかわした。


───が、ついには満月の「もうひとつの生業(しごと)」を金吾役人(けいさつかん)に告げるぞと脅され、さらには金子(きんす)満杯の袋を目の前にどっかと積み上げられてしまってはもはや断れず、しぶしぶながら「歴史的宝」発掘の旅に同行することとなった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 以前からこの著者のファンなのですが、リズムよく軽快なテンポで物語が進むのがとても心地良く、ストレスまでもが流れていくかのようです。 丁寧に吟味された言い回し、単語までも美しく、ビブリオマ…
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