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Hello World   作者: グラン
第一章
6/7

甘い土の正体

お目当ての湖を見つけるのはやはり簡単ではなかった。タオルを手に、道行くエルフに聞き回ってやっと辿り着いたというところだ。

里からちょっと外れた場所に位置しており、周りを森に囲まれている。どういった経緯でできた湖なのかは知らないが、一言、とても綺麗だ。。エルフが水浴びに使っているらしいが、その割に水はとても澄んでいる。日の光を浴びるその水面は眩しい。

さっき知ったが、今は春らしい。辛うじて冷水を浴びても大丈夫そうな気温だ。日があるうちにさっさと済ませよう。


周りに人がいないのを確認してから素早く衣服を脱いだ。

水温確認に爪先を少し浸けてみる。


「いけそうだな」


思ってたよりも冷たくない。

大丈夫そうなのが分かったから、しばらく足を水に浸けた後、勢い良く水中に潜った。このやり方は体には悪い。下手したら心臓麻痺になる。だけど、まあ、なんとかなるだろう。少しずつこの冷たさに慣れるのが焦ったいのだ。

水は想像していたよりも冷たくない。むしろ心地良い冷たさだった。


「きーーもっちーーーっ!!!」


タオルを使って体を洗い、その後ぷかぷかと仰向けに水面を漂った。

空が綺麗だな……森の空気も都会と違っている。これが俗に言う美味しい空気なのだろうか。


「人間というのは、随分と大胆なのだな」

「うおっ!!」


唐突なナジュムさんの声。

変態と叫ぼうかと思ったが、よくよく考えたら裸のまま漂う自分が悪い。

急いで上がり、タオルを体に巻く。

ちらりと見た彼はこちらを見ておらず、しゃがみ込んで何か作業をしていた。


ふと気になった事を聞いてみた。


「ここで水浴びするけど、水だけで体の脂とか汚れとかって落ちるんですか?」

「この湖には浄化作用が備わっている。よっぽどの穢れでない限り落ちる」

「便利ですねー」


なるほどね。だからあんなに澄んでいたんだ。納得納得。


それにしても彼は何しに来たのだろうか。ずっと樹に向かって作業している。


「あの……何しているんですか?」

「お前には関係ない」


うん。そうですよねー。



この空しい沈黙の中、着替えが終わった。髪は長いせいでなかなか乾かない。実家のドライヤーが恋しい。ていうか、現代科学全般恋しい……

昨日から着ていた服は流石にもう洗わないといけないから、部屋に用意されていた服を着た。これで、顔と髪色が違うのと尖った耳が無い事以外はエルフの仲間入りだぜ!


「おい、人間」

「は、はい!」


今までだんまりだった彼から話しかけられてた。


「人間って土を食べなければならない程窮困しているのか?こんな不味いのよく食えるな」

「へ?」


いきなりそんな事を聞かれておもわずアホっぽい声が出る。

なにそれ? 土?

世界中探し回ったら土食べる部族とかあるかもしれないけど、日本人は土食べないかな?少なくとも現代人は……


「土は……食べないですね……」


納得いかないって顔だな。


「だけど、お前はあの日美味そうな顔して土を食べてたではないか」


さっきから彼の言うあの日とは?

土を美味しそうに食べてたあの日……あーーなんとなく分かったかも。


「チョコレートの事ですか?」

「チョコレート? 何だそれ? 土ではないのか?」


さてはこやつ、食べたいのだな?


「私がいた世界ではすごーーくありふれたお菓子ですよ。とーーっても甘くて美味しいお菓子です。一粒でもうほっぺたが落ちる程美味しいです!」


甘いという言葉に彼の眉がぴくりと反応する。いいぞいいぞ。このまま釣れそうだ。


「食べてみたいですか?」

「は? そんなわけないだろ」


おっと。ここでツン発動かぁ!!


「左様でございますか。私はこの後おやつに食べようと思っていたんですけどねぇ……ナジュムさんにも一粒あげようかと思ったのですが、いらないなら私が食べますね!」

「なっ、土を食べるなど……しかし、まあ、そのチョコレートとやらをこの目でしかと見たいからお前の家に案内しな」


強情やな。食べたいって顔に書いてあるのにな……素直になっちゃえばいいのに。


「分かりました。見せるだけなら大丈夫ですよ。見せるだけなら」


チョコレートを食べたい、もとい、見たいナジュムさんに急かされてあっという間に家に着いた。


椅子の上に置いてあるリュックから件の赤い箱を取り出す。黒い箱もあるけど、甘いって強調したから今回はやめておこう。


「これがチョコレートです。いろんな種類があるんですけど、これは一番シンプルなチョコです」


これをナジュムさんの前で見せつけるが如く一粒口に運ぶ。

黙って見ている彼の喉仏が大きく上下する。


「あっまーーい。もう一個食べようかな?」


二個目の包み紙を外そうとするが、前方からの視線が痛い。食べたいなら言えばいいのにな……


「ま、まてっ……」

「なんですかー? あ、もしかして、食べたいのですか?」


眉間にしわが寄った凄く複雑な顔をしてらっしゃる……食べたい欲と私にはよく分からないが謎のプライドと闘っているのかな? せいぜい足掻くが良い。そして、チョコの前にひれ伏すのだ! ふはははは……!



「…………だ……」

「うん? なんですか? よく聞こえません」


若干俯いた状態で発せられた言葉は残念ながら語尾しか耳に入らない。


「だから、そうだと言ったのだ!」


勢い良く上げた顔は耳まで真っ赤に染まっていた。色白の彼にはよく映える赤だ。


「やっぱり食べたかったんですね! もちろん良いですよ」


途端に明るくなる顔。それも束の間、直ぐに澄ました顔に戻る。


「ただし、条件があります」

「ほう……この俺に条件を付けると。仕方ない。なんだ」


それにしても嫌そうな顔だ。私との取引が余程嫌なのだろうか。だけど、乗らないならチョコは無いからな。主導権はこっちにあるのだっ!!


「私を呼ぶ時に人間って言葉で呼ぶのはやめて下さい」

「お前は人間ではないか。何も間違っていないだろ」

「いや、確かに人間ですけど……しかし、私には影山凛って名前があるのでそちらで呼んで欲しいのです」

「ふむ……まあ、いいだろう」


通った!!

まさか本当にこの百円ぼっちのチョコが取引の材料として役に立つなんて……チョコレート様様やな。いや、彼のお菓子メーカー、海永様様や。

これからも取引に使えそうだから緊急時以外は食べないようにしようかな? そもそもこの世界にチョコの原材料、カカオはあるのか?


「では、こちらをどうぞ」


そうして、金の包み紙に包まったチョコを一粒彼に手渡す。


「本当に土ではないのだな?」

「ふふふ、それは食べたら分かりますよ」


慎重に紙を外し、しげしげとチョコを眺めた後、ちょびっとかじった。かと思ったら、残りも全部口に入れた。


うわあ……凄い目が輝いている。


「どうですか?美味しいでしょ」

「まあ、悪くない味だな」


咳払いを一つしてからそんな事を言ったが、この甘いお菓子の虜になったのは見え見えだ。現に今も視線は机の上の赤い箱に注がれている。


「この世界にあるかは分かりませんが、ナジュムさんの様子を見る限り無さそうですね。いや、他の国にはあったりして……まあ、いいや。とにかく、日本には、いや、私がかつていた世界にはたくさんありました」

「これは何でできているのだ?」

「カカオ豆っていうカカオの種から作ります! そのままだと苦いんですけど、砂糖とかを加えるとあのように甘くなるんです!」

「カカオか……聞いたことないな」


やはり、カカオは存在しないのだろうか。だとしたら、やっぱりチョコは食べない方が良いな。これからの取引に使うためにね。


「てことで、これからよろしくお願いしますね! ナジュムさん」

「わぁったよ。俺はお前をリンって呼ぶけど、お前はちゃんとさん付けしろよ。どうせ俺のが年上だからな」

「はい! ところで、ナジュムさんおいくつですか?」

「七十九」

「わお、おじいちゃんだ」

「は……お前こそいくつだよ」

「今年で十八です」

「なんだ。まだまだ赤ん坊じゃねぇか」


馬鹿にしたような薄ら笑いを浮かべた顔。いや、実際、馬鹿にされてるなこれ。


「なっ!! 赤ん坊って!!」

「はいはい。えーー? お腹でも空いたのでちゅか?」


長寿のエルフから見たら十八の私なぞ本当に赤ん坊なのだろうな。

それにしても、この馬鹿にしてくる顔。腹が立つな。ルイさんの息子じゃなかったから引っ叩いていたかもな。


「まっ、俺は忙しいからもう行くわ。じゃーな」

「あ、はい」

「夜遅れんなよ」

「はい! お世話になります!」


背中を向けられてはいるが、軽く手を振った彼と少し仲良くなれた事に心の底から嬉しくなったのと同時にこれからの生活に明るい兆しが見えた。


「お父さん、お母さん……私ここでなんとかやっていけそうだよ。だから、心配しないで」


これは予定より早まった一人暮らしみたいなもんだ。

人生って案外なんとかなるもんだからね。きっと、大丈夫さ。

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