じゃがいもと、玉ねぎと、にんじんと。
たまたま近くを通りかかった親切なエルフにルイさん家まで送って貰った。
ルイさん家まで来れれば大丈夫だ。
「おや、リンさん。どうでしたか」
畑仕事をしていたのか。鍬を手にしたルイさんが向こうからやって来る。
「ルイさん! さっき一通り見てきました。ありがとうございました。この里についていろいろ知れて良かったです」
「そうかそうか。では、昼食はまだかな?」
この問いに答えるように、お腹がぐぅと鳴った。全く……こいつは……!
「ははは。どうやらまだな様だ。一緒に如何かな?」
「良いんですか?」
「いけない理由は無い。大歓迎さ」
和やかに笑うルイさんに軽くお礼を述べて、再びルイさん家に足を踏み入れた。
「あら、リンさん。いらっしゃい」
可愛らしい花柄のエプロンを付けたメリスさんが奥から出迎えてくれた。
「メリスさん、こんにちは」
「リンさんもうちで昼食を一緒に食べるから」
「分かりました。リンさんはそこに掛けてお待ちになって下さいな」
「いえそんな、何か手伝います!!」
里に受け入れてもらって、更に家まで貰ったのに、ただ座って飯を待つなんて……そんな事できない!
「それじゃあ、お野菜を切ってもらおうかしら。刃物は扱えるよね? 一口大でお願いね」
「はい! 任せてください!」
家でも家族にご飯を作っていたから野菜を切る事なんざお茶の子さいさいや!
メリスさんから野菜が入った籠を手渡されてまな板前へと案内される。
籠の中は見た事がある野菜ばかりだ。もしかしたら前の世界とここの世界の食べ物は案外同じなのかもしれない。
じゃがいも、玉ねぎ、にんじん……
ものの数分で切り終わった野菜をメリスさんに手渡す。
「ありがとね。綺麗に切れてるね」
「あとは何かありますか?」
「もう無いからリンさんは休んでて」
「分かりました」
本当にもう必要ないみたいだから大人しく座って待つ。
「ただいまー……げっ、なんでお前おるんだよ」
あからさまに嫌そうな顔。
「ナジュムさん! 先程はありがとうございました」
「おかえり、ナジュム。リンさんはしばらくこの生活に慣れるまでうちでご飯を食べる事にしたから、そんな事は言うんじゃない」
そうなの!?
「自分で作れよ」
「そう言わずに、ほら、手を洗ってきなさい」
ナジュムさんはルイさんに促されて渋々手を洗いに離れた。
「すまないね、リンさん。悪い子ではないのだが……人間に対して接触が私らより少なく、先の戦争での人間に対してあまり良い印象を抱いていない世代でね」
形の良い眉毛をハの字に下げたルイさんが申し訳なさそうに語る。
「全然大丈夫です! 戦争だったら仕方ない事なので」
どこも戦争による溝は深い。数年で消える物ではないのは歴史を見れば一目瞭然だ。この先その溝が更に深まる事がない様に努めないとな。
「はいはい。そんな深刻な顔をしない。もうご飯よ」
「運ぶの手伝います!」
立ってメリスさんのお盆を受け取ろうとしたが
「リンさんは座っててね。しばらくは客人だからね」
断られてしまった。なんだか不思議な気分だ。客人だと言われたが、ここには死ぬまでいるからな……
それでも素直に座る事にした。
昼食は、パンにサラダに豆と野菜のスープだ。
「それでは、ヴェスナ様の御恵に感謝して」
ルイさんの言葉の後、三人とも手を組み目を閉じた。
「「「エウカ・タク・グラティ」」」
「お、おお……えっと……」
目を開けたルイさんと目が合う。一瞬はっとした様に見えたがすぐに優しく微笑んだ。
「リンさんには言ってなかったね。私達がいるここはヴェスナ神国の西側に位置していてね。生と芽吹きの女神、ヴェスナ様を信仰しているのだよ。今のは食前の祈りさ。リンさんは気にしなくて良いよ。さあ、料理が冷める前にいただきましょう」
ここにも宗教が存在するみたいだ。生と芽吹きの女神、ヴェスナ様か……実在するのだろうか。エルフが存在するくらいだから神も実在していそうだな。
「いただきます」
いつもの様にご飯を前にして軽く手を合わせてからまずは一口スープを口に入れた。塩気が少し強めのスープだが、具がごろごろ入っていてとても食べ応えがある。
「リンさんのそのイタダキマスも何かの神に対する祈りかね?」
「あーー、これは私がいた国にある慣習の一つです。食事で犠牲になった命に対して感謝と敬意を表しています。別に何かの神様に対してではないです」
間違ってはない。
これに対して、うむうむと頷きながら「そうか」と一言だけ返ってきた。
そうです……
この後の沈黙になんだか気不味くなって、パンに手を伸ばした。硬めだ。フランスパンみたいだな。ちらりと周り見渡すとみんなそれをちぎってスープに浸して食べてる。なるほど。
見様見真似でやってみようとしたが、硬い。素手でちぎれない事はないが、ちぎれた後の反動が大きすぎてお碗をひっくり返しそうな気がする。
パンに苦戦する私を見かねてメリスさんが助け舟を出した。
「あら、ちょっとパンが硬かったかしら。ごめんなさいね。私達の腕力と人間の腕力の違いを忘れてたわ。切ってくるね」
程なくして綺麗にカットされた状態のパンを載せた木皿を手にしたメリスさんが返ってきた。
「わざわざありがとうございます」
「いいえ。それよりどう?こちらの料理は口に合ってる?」
「はい! とても美味しいです」
「それは良かったわ」
花が咲いた様にメリスさんが笑う。こっちまで和む。
美しさと可愛さを兼ね備えている。正義だ!! これは正義だよぉ!!!
さて、メリスさんが手間暇かけてカットしたパンを食そう。パンの先を少しスープに浸して口に入れた。
なるほど。スープは塩気が少し強かったが、浸したパンと食べると程良い。
しかし、このパン。浸した部分は良いが、浸していない部分はなかなかに顎が疲れる味だ。でも噛めば噛むほどに旨い。何という穀物から作っているのだろうか。気になるな。今度聞いてみよう。
二回目のこの異世界での食事はかなり口に合った。
良かった。米やら小麦やらを模索しなくて済みそうだ。ちなみに一回目は初めて来た晩のルイさん家での晩餐だったが、緊張し過ぎて何も覚えていない。いや、うっすらと肉を食べた記憶があるが……まあ、無いに等しい。
ナジュムさんとルイさんが午前の出来事について話し合っている。
警備隊はどうだ、聖域に異常はないか、訓練はどうだ……
専門用語が何個か飛び交っているが、概ね異常なしだそうだ。
良かった。私が来たせいで、ドラゴン復活! 魔王降臨! とかなったら死にたくなってくるわ。何もなくて本当に良かった。
「ごちそうさまでした」
後片付けを手伝い、さあ、帰ろうとした時にルイさんから呼び止められた。
「リンさん、しばらくここの生活に馴染むまで私達に頼ると良い。里のみんなもじき慣れるだろう。だから、里での仕事もそれまでは大丈夫だよ」
「いえ、そんな」
「一人で突然こんなところに連れてこられて、この先元の世界に帰れるのか、家族とも会えるのか分からない状況だ。今の心境を察せない程私達も非情じゃない。無理しないで頼ると良い。だから夕食も遠慮せず食べにおいで」
見ず知らずな、エルフから見ればチンチクリンな人間である私にここまで優しくしてくれる。ここの里は本当に良い場所だ。
「本当にありがとうございます」
溢れそうな涙を堪えて笑顔を作った。この表情の意味に気付いたのかは分からないがルイさんは若干困った様に笑った。
ごめんなさい。人に甘えるのは苦手なんです。
「午後は好きに過ごすと良いよ」
「分かりました。では、また夜に来ます」
「ああ、待ってるよ」
ルイさん家を後にしてまず向かったのは自分家。
「よし、風呂に入ろう!!冷水でも乗り切るぞ!!」
昼食は成り行きでなったが、流石に夕食は風呂も入ってない、もしかしたら異臭を漂わせているかもしれない状態でお邪魔できない。
冷水でもなんでも浴びたるよ!!
よし、いざ湖へ行かむ!