アルクス族
受験生は早起きだ。興奮も相まって早々に目覚めたというのもあるが……まだ朝日が登って間もない。
昨日、アルクス族の長ルイさんとの話し合いの結果、このアルクス族の里から死ぬまで出ないという条件の下、受け入れてもらった。つまり、衣食住は保障されたのだ。
里にある空き家を貰って今日からここで私の第二の人生が始まるのだ!!
「おはようございます!」
まずはご近所さんへの挨拶回りだな。昨日あれだけ騒ぎになったのだ。もう里中に知られているだろうな。
「おはようございます。影山凛です。これから八十年程よろしくお願いします」
「君があのカゲヤマリンか! 俺はダングスだ! よろしくな!」
「あたいシエル! 人間なんて数十年振りに見たけど貧相だねぇ。ちゃんと食べてんのか?」
私の家は里の端にある。左隣がダングスさん。正面がシエルさん。
シエルさんは巨乳です。ひんぬーの私が貧相って言われても……致し方ないな。うん。
「ここでタダで養って貰うのも気が引けるので私にもできるお仕事があればやります!!」
「そうだねぇ……それはまた追々族長と話し合って決めるといいよ」
それならば一刻も早くルイさんに会わなければ!!
「おい、人間。長がお呼びだ」
ナイスタイミング!
それにしても、人間って呼び方はどうかと思うんだけどな……
「あのぅ……ナジュムさん? 私には影山凛という名前があるのですが……」
「あ? ここにいる人間はお前だけだから人間で充分だろ」
いや、確かに人間は私だけなんだけど……まるで家畜になった気分だ。
そりゃあ、受け入れてくれるエルフがいる一方で受け入れないエルフもいるか。仕方ないな。安定した衣食住のためだ。ここは我慢しよう。いずれ心を開いてくれる事を願おう。
———
「おはよう、リンさん。朝早くからお呼びしてすまないね」
「ルイさんおはようございます。いえいえ。家まで提供してもらって大変感謝しております」
「して、今日はリンさんにこの里の事をいろいろ教えようと思ってな。ナジュム、リンさんに里を案内して差し上げて」
「な、なんで俺が……! 他に手が空いておる若い衆にでも頼めば良いじゃねぇか」
「ナジュム、族長の息子としてリンさんに里を案内するんだ」
厳しい目をしたルイさんにナジュムさんは小さく舌打ちした後で嫌そうに了承した。
私のせいで親子の仲を拗らせないで……
「おい、人間。早くついて来い。ちんたら歩くな。お前は暇かも知れないが、俺は忙しいんだ」
「はい! すいません! あ、案内よろしくお願いします」
「おう」
ナジュムさんは嫌々引き受けた割には里の隅から隅まで案内してくれた。実はツン強めのツンデレなのではないかと思う。これからのデレに期待しよう。
ここ、アルクス族の里は、周りをぐるっと森に囲まれている。特に西側は海に面していて潮風で飛んでくる塩対策に東側よりも森が分厚い。
森を抜けて更に東へ行くと人の国に出るらしいが、国の名前は教えてはもらえなかった。死ぬまでここから出ないのだから知らなくても大丈夫だろ?だそうだ。そうかもしれない……
そして、里は図書館を真ん中にして個々の家が放射状に連なって建ててある。総勢百名程でここで暮らしているようだ。更に驚いた事に、私もここの図書館を利用できるそうだから、暇があったら行ってみようと思う。
アルクス族は、日中、男衆は狩りに女衆は採取や家事などに勤しむ。もちろん、手に職がある者はそっちに回る。弓矢を作る事に関してはアルクス族より勝る種族はいないとナジュムさんが誇らしげに語ってた。偶に作った弓矢を売りに人里まで行く事もあるらしい。
「なんか質問あるかー?」
「お風呂はどこですか?」
「オフロ?」
「えっと……体の汚れとかを落とす行為?体を洗う場所です」
「あーー、南の方に湖があるから体を洗いたかったらそこで洗いな」
「湖……冷水…………」
日本人としてこれは由々しき事態だ。これは風呂を作らねばならないな。桶? 桶から作るか! まずはゼロから始めるお風呂作りやな。
「もう質問ないだろ。ならもう終わりな。はい。さようなら」
「案内ありがとうございました!」
私の声を背に、適当に手を振りながらナジュムさんは去って行った。
ナジュムさんとルイさんのおかげでこの里の事が大分知れたな。有難や有難や。
それじゃあ、私も一旦家へ帰ろう。
「ん? そういえば、ここどこだ?」
ここ、最終地点で解散したが、地図が無いからどこら辺に位置するのかさっぱりだ。なんなら、自分の家の場所だってまだあやふやだ……
ううむ……どうしましょうか……