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Hello World   作者: グラン
第一章
2/7

拝啓

丘からの見晴らしはとても良い。良すぎる程だ。一面だだっ広い平原だ。本当に何も無い!

自転車と一緒に転移して本当に良かった。でないと、このだだっ広い平原を抜けるのに1日近くはかかりそうだ。


しかし、このボロ聖堂は聖堂では無いのかもしれない。外から見た感じでは神殿に見えなくもない……どうだろう。

かすれてはいるが外壁には見た感じ記号らしき物が刻まれている。これはこの世界の字なのだろうか。全くもって読めない。


「困ったな……」


本当に困った。ここに転移した時から困っているが……

ここが聖堂あるいは神殿なら誰かが祈りか何かをしに来るかもしれないが、このボロさだ。あまり期待はしないでおこう。この平原から抜ける方が賢い選択だろう。なにより食べ物が無いからね。そっちのが死活問題だ。

人間食べ物無しでも一週間程は生きられるらしいが、あいにくと私は生まれも育ちも平和ボケした日本だ。ぬくぬくと育ったからそんな過酷な状況に耐えられる気がしない。さっさとここから抜け出そう。


「本当勘弁してほしいよ……チートなスキルも無いとか、私なんでこんなとこに居るんだよ」


弱音が自然と零れる。自発の助動詞「る」「らる」だわ……こんな時にでも古典が頭を過ぎる。本当に受験脳だわ。素晴らしい。


さて、どうしようか。

ここから抜け出すと言ったが、どっちに進めば良いのだろうか。

北へ行くべきか。水辺を探すべきか。

しかし、スマホがポンコツな上、この世界がかつていた世界と同じ構造をしているとも限らない。太陽らしき物はあるが同じく東から昇り、そして西へと沈むのだろうか。北極と南極あるいはそれに類似する物はあるのだろうか。一日は二十四時間で回っているのだろうか。

そこんところ基本的な科学が大事だが周りには人っ子一人いないせいで何も分からない。

適当に歩き回っていては日が暮れてしまう。どうしたものか。


ほんの数秒のシンキングタイムを経て、結局北へと向かう事にした。

スマホの方位磁針はこの世界でも通用するのか分からないが、確信ゼロで歩き回るよりはマシだ。使おう。

モバ充はあるが、やはりバッテリーが勿体ないから画面は出来るだけ暗くした。

若干頼りないこのコンパス付スマホを自転車にセットして

いざ北へ行かむ!








———


どれくらい漕いだのだろうか。数時間は経った気がする。太陽が傾いた気がしなくもない。

ここは本当にただの平地だから長く漕いでもあまり疲れない。起伏が本当に少ない。ここは安定陸塊なのだろうか。おっと、地理が出た。

季節も春か秋っぽいな。でも枯葉は無さそうだし春かな? 程よい気温だ。真冬とか真夏でなくて本当に良かった。食料以外の問題が出るから本当に本当に良かった。



「あれは……森?」


まだ少し距離はあるが、前方に見える濃ゆい緑の壁は森に間違いなさそうだ。後ろを振り返って見るも聖堂らしき物はもう見えない。かなり進んだみたいだ。あの大きな聖堂が見えなくなる程の距離を数時間足らずで進んだのか? 本当に恐ろしい程進んだな……


ある程度その森に近付くとその大きさに圧倒された。

日本でも森なんて見ないからな……虫いっぱいいそうだな。嫌だな……


貴重な貴重な食料であるチョコレートを一粒食べ、水を少し飲む。七百ミリリットルの水一本しかないから本当に貴重だ。残量はあと五分の四程だ。無くなる前に人里を見つけないと。


森の中で自転車なんてぶっ放せないから下りるしかない。この森が広くない事をただ祈るばかりだ。




ところが、いざ森に足を踏み入れようとしたその時だ。


「ひっ!!!」


鋭い風が頬をかすめ、背後で音を立てた。

この世界の事は何も分からなくてもこれはだけは分かる。これは間違いなく警告の一種だ。正体不明の相手が立ち去れと言っているのだ。


動いたら殺される。生まれて初めて命の危険を感じた。手汗が半端じゃない。模試でもこんなに手汗をかいたことはない。

でもここで引いてもあるのは死だ。ここはやらない後悔よりやる後悔だ。受験生なめんなよ!


「こ、こんにちは」


愛想笑いもおまけで付けたが、返事は無い。これは想定内だ。しかし、日本語が通じるのだろうか。そもそも今対峙しているのは人なのだろうか。いや、今はそんな事を悠長に考えている暇は無い。


「決して怪しい者ではないですよ‥…本当です。何処にでもいるただの女子高生です……」


自分で言ってから思ったが、いや、怪しさ満載やん!

頼むからなんとか言ってくれよぉ。


「ハ、ハロー? ニーハオ? えっと、あと何があったっけ……ボンジュール?」

「うるさい人間だ。少しはそのお喋りな口を閉じろ」

「あ、はい。すいません……って、ぅえ?」


返答がある!!! しかも日本語が通じる! つまり意志の疎通ができる!! 

交渉の余地ありやな!


「そこを動くな人間。怪しい動きをしてみろ。次の瞬間にはお陀仏だぜ」


え、こっわ!!!!! この世界暴力的やな! 

本当勘弁してくれよ。私はただの女子高生だよ? 脅威のカケラもないでしょ? 見てくれ通りだよ?


「お前、どこの国から来た。どうやって我らの聖地に入った」

「えっと、日本です」


聖地ってなんぞ? まさかあのボロ聖堂の事か?


「ニホン? そんな国はない。嘘をついても無駄だぞ。命が惜しかったら本当の事を言うんだな」

「いや、本当に日本です。信じて下さいよ。嘘付くような人に見えます?」

「人間の女は嘘がうまいと聞く。お前もそんなところだろう。名は?」

「影山凛です!」


名前は元気よく!


「ふむ。変わった名だな。南方の国か?」


日本じゃありふれた名前だけどな……やはりここは異世界だな。


「突如ここに放り出されました。助けて下さい。お願いします。あなた方を傷付けるつもりはありません。神に誓います」

「本当にそうなのだろうな?」

「はい!!!」


とりあえず無害だと証明出来たのだろうか。彼らは暫く黙った。おそらく仲間内で相談でもしているのだろう。ちょっとちょろすぎる気もするが、まあこの際どうでもいい。

私が助けるのに値する人間かどうか思う存分相談しておくれ。できれば、値する人間に清き一票を。



程なくしてぞろぞろと森から四人出てきた。


「わお……」


正確には人ではないが、容姿は限りなく人に近い。繊細で艶やかな金の長髪。耳は斜め上に細長く、その先端は若干尖っている。肌は白くて柔らかそうだ。そしてその中性的な顔立ちは同性異性に関わらず見る者を惹きつける。


美しい。


本物のエルフはこんなにも美しいのだな。

私が惚れ惚れと眺めている間に一人の青年エルフが進み出た。正確な年齢は分からないが見た目が若いから青年って事で。


「アルクス族のナジュムだ。とりあえずお前を里に引き入れるが変な気を起こそうなんて考えるなよ」

「は、はい! ありがとうございます!」


里に招かれるという事は少しは安全だと思ってもらえたみたいでなによりだ。









———

拝啓


鋭い風が頬をかすめ、命の危機を感じる季節です。


お父さん、お母さん、そして愛しの弟よ。いかがお過ごしでしょうか。

私はどうやら本当に異世界にいるみたいです。今、目の前にエルフがいます。本当に驚きの連続ですが、なんとかご飯は食べられそうです。あ、もしかしたら殺されるかも……まあいいや。

心配しないで下さい。この後も生存できたら死なない程度に強く生きようと思います。

どうかお体には気を付けて下さい。


十一月十六日

      

                     凛

———



この心の中の手紙が受取人に届くかどうかまだ分からない。

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