Goodbye World
高三の十一月半ば。下旬が近い。
卒業が近づいて来たが、なにより受験がいよいよ本腰に入る時期だ。
今日はそんな時期のとある週末。受験生ならば一回以上は対峙するイベントが朝早くからある。
そう。模試だ。
秋頃までは月二回のペースであった模試もこの時期になると月一回までになり、一回一回がとても貴重だ。受けたら復習。結果の返却後も復習。なんなら受ける前も復習したほうがいい。とにかく復習のオンパレードだ。
模試前日は早くにベッドに入り、朝は時間に遅れない程度に起きて朝食をしっかりと摂る。受験生のルーティンだ。
それで、上記の通り過ごしていれば余裕があるはずの私がなぜこんな必死の形相で自転車を走らせているのか。
答えは簡単だ。寝坊をしたのだ。
昨晩、遅くまで勉強ではなくゲームに勤しんでいた。最近流行りのバトルロワイヤル物で、スマホで簡単にダウンロードできる。現実じゃコミュ障のくせにゲーム内だと上手く立ち回れるおかげでフレンドは多い。みんなからの「あとワンゲームだけ!」が全くワンゲームにならなかったおかげでこの有様だ。
言っておくが、私は早めに寝ようとしたんだぞ……!
「やっべぇよ……」
あと十五分程で始まる。
なぁに、今までも幾度となくこの死地を切り抜けてきた。今回もきっと大丈夫さ!!
いつもの通学路。
坂で立ち漕ぎし、平地でも立ち漕ぎし、信号も立ち漕ぎで乗り越える。高一の時に購入したこの赤い自転車も無理な使い方で今では余命数ヶ月ってところだ。漕ぐ度にキイキイと耳障りな音が鳴る。
「あーー、こう、魔法で飛んでいけないものかな」
淡い無理な期待。最近ハマって読んでいる転生物の小説の主人公みたくかっこよく魔法をぶっ放して学校に着きたいものだ。
「うおおおおおおおお!!!!!!」
そんな事は叶わない。分かっているからこそ私は今を必死に漕ぐ。
そんな時だった。
突如周りが真っ暗になった。
「へ?」
不思議だ。
真っ暗で周りが見えないはずなのに何故か自分が落下している感覚がある。そのくせ、風は感じない。
私は死んでしまったのだろうか。死というものは突然にやってくると言うしね。呆気ないものだ。
なんであろうが、とにかく早くこの落下感覚から抜け出したい。私はジェットコースターが大嫌いだからね。
「うわああああああ!!!! ひいっいいぃぃぃいぃいあああああ!!!!!」
数秒経ったのだろうか。はたまた数分だろうか。突如の眩い光に反射的に目を瞑り、開けた時には見知らぬ部屋にいた。随分と開けた部屋だ。
「うおっと」
回転していない車輪ではバランスが取れない。倒れそうになったところで慌てて足を下ろした。そのまま自転車から降りて、このくそったれた状況を整理する。
見たところ何処かの聖堂だろうか。天井が物凄く高い。ヨーロッパに建ってある教会みたいだ。ただし凄くボロい。
おそらく石造りだろうこの建物はかつて襲撃を受けたのだろうか壁に穴は空いてるわ、窓は完全にガラスが砕け散ってるわでもう廃墟。その全壊した窓から差し込む光で埃が舞っているのがよく見える。年数も長いのか、ところどころ植物がツタを伸ばしていた。
さて、状況を整理するとか言ったが全くもって分からん。調べようにも回線が無いから圏外。おかげで最新型のスマホはポンコツだ。
今のところ考えられる仮説は三つだ。
仮説一、現実の私は多分交通事故か何かで死んでここは死後の世界。
仮説二、現実の私は多分交通事故か何かにあって今昏睡状態で、ここは夢の中。
仮説三、異世界転生!!!
上二つは有り得なくもないな。なにせあのハイスピードで自転車を漕いでいたのだ。事故に遭わない方がおかしい。しかし、それなら自転車が私と一緒にいるのも少し不思議な状況だ。
仮説三だろうか。しかし、この場合は転生というより転移のほうが近い気がする。それなら、魔術師は何処だ? まさかシャイで隠れているなんて話は無いだろうな。
今頃家に電話がかかって来ているのだろうな。そんでもって高三女子通学路失踪事件なんてニュースで大々的に報道されるのだろうか。こりゃ迷宮入り確定だな。
いや、向こうで死んでるならそうはならないか。
「はぁ……私どうなっちゃうんだろう」
ここが本当に異世界なら小説の主人公みたく第二の人生を過ごすってのも悪くないかもしれないが、そういうのってみんな凄いスキルがあるからな……
実は凄い力があったりして……淡い期待を胸に近くの岩を力一杯殴ってみる。
「うっ!!!!!!!」
検証結果
痛い! 凄く痛い!!
岩は割れてないし、ヒビだって入っていない。
結論
スーパーパワーは今のところ無い!
平凡なまま、私はここにいるみたいだ。これから現れる事に期待しよう!
こんな時にでもぐぅと腹は鳴る。どんな状況だろうと奴は必ず鳴る。実に恨めしい奴だ。
背負っていた鞄を下ろし、中からお弁当を引っ張り出す。嗅いだところ腐っては無さそうだ。
座るのに適当な所を見つけ埃を払ってから座った。
「いただきます」
今日は唐揚げ弁当。いつも通りおにぎりが三つタッパに入っている。
おにぎりを頬張る。相変わらず美味しいな。
鼻水で呼吸がし辛いし、涙で視界がぼやける。でも、唐揚げは相変わらず美味しい。いや、ちょっとしょっぱいかな……
最後かもしれない母のお弁当。今までで一番美味しかったのかもしれない。
「ごちそうさまでした」
いつまでも泣いていられない。うじうじしたって状況はよくならない。まずはここから出よう!
食べ物は休み時間に食べようと思って持ってきたお菓子しかない。こんなのじゃ腹の足しにもならない。それに私はサバイバル術なんて知らない。早く人を見つけないと飢え死にしちゃうし、もしかしたら獣に襲われるのかもしれない。
幸い日はまだ高い。でも急ごう。
小さな決意を胸に自転車を引いてこのボロ聖堂から出た。
「これは……わお」
どうやらこの聖堂は小さな丘の上に建っているようだ。雲一つない空の下、風が優しく頬を撫でる。
視界に広がるこの世界はくそったれた状況に似合わず、とても綺麗だった。