09話 魔法少女はふり向かない
でっかく『T県警察』の文字か記された装甲車が、夜の校庭にとまった。
別にオレは犯罪者というわけではないが、妙に気まずい。
中から3人のフルフェイスに防御ジャケットという完全防御装備の人間達がでてきた。
「失礼。T県警察の者です。現在、世界規模に起こった広域獣災害のためにこのような恰好をしております。ですがここには件の災害獣は一頭も見当たりませんですなぁ。あなた方も外出が可能のようですし。もしかして、ここらには出現しなかったのでしょうか?」
これには同行していた先生が答えた。
「ご苦労さまです。森欧小学校教職員の水原です。実は先ほどまでたしかに報道されていた猛獣は数多くここらに徘徊しておりました。そして我々は校舎内に避難して動けない状態でした。ですが先ほど、この魔法………あ~~」
やめて! 【魔法少女】とか紹介しないで水原先生!
さすがに、そろそろ恥ずかしくなってきたから!
「【クレッセント・アリア】さんにすべて排除していただきましてね。こうして食料の調達にも外出できるようになったというわけです」
ぐふぅッ!
やっぱりアニメキャラの身分を、真面目に教師が警察に紹介されるとか、すごい恥ずかしいぞ!
嗚呼、オレは何でアニメキャラになって登場しようなんて思ったんだ!?
とんだセルフ恥辱プレイだよ!!
「そうですか。ですが食料なら我々が持ってまいりました。すぐさま校舎に運びますので、教職員の方々には配給を手伝っていただきたいのですが」
「はいもちろんです! いやぁ助かりました。みんな空腹と緊張で大変なことになっていましたから」
オレも助かった。際限なく仕事を回されて大変なことになっていたからな。
生まれてはじめて警察に感謝したよ。
警察官達が教師らと物資搬入の方法を話合っているのを見て、帰り時はここだと確信した。
「では私はお役ごめんね。ここらで退場させてもらうわ」
「え? アリアちゃん?」
くるり。オレは別方向へと歩く。
警察なんかと関わりたくないし、これ以上の深入りは避けよう。
「アデュー。月の光が導く夜にまた会いましょう。三日月の兎は夜の闇に消えるわ」
と、カッコよく跳んで退場しようとしたのだが。
「待ちたまえ、アリアくん」
車の中からまた誰か出てきて、呼び止められてしまった。
彼は他の警官とは違ってフル装備ではなく、防御ジャケットだけを着て顔をさらしている。
その顔は怜悧でいかにも仕事ができそうな官僚タイプ。エリートっぽい感じで、どうにもオレの苦手な種類の人間のような気がする。
「まずは森欧高校及び森欧小学校の害獣排除の礼を述べよう。君のおかげで、それぞれの生徒諸君の貴重な命が数多く救われた。深く感謝をする。ありがとう」
「いえ。子供達を脅かす邪悪なる魔物はクレッセント・アリアが許しはしない。昏き闇の存在に三日月の裁きは輝く!」
「間宮さんとの仲を取り持つことと引き換えに来た人が何か言ってますね。ここに来るのを最初はしぶってたクセに」
「小柴うるさい。うそんこ正義の味方でも、活躍したからには”お約束”ってやつは必要なのよ」
その警察官はオレと小柴のやりとりにもまるで構わず話をすすめる。
「私は警視庁所轄警視の綾野。君のその力。不死身の獣を消滅させる力について話を聞きたい。どうか聴取につき合ってくれないか」
「魔法です。はい説明終わり」
「その魔法の力を手に入れた経緯は? いや、そもそも君の身元は? 日本へはどのように入ってきた?」
「それに関しては【マジマギ天使みちる】の第十二話【新たな魔法天使登場! 転校生は三日月の使者?】をご覧下さい。私のことが詳細に描かれていますから」
「うわっ懐かしい~。マジマギまた観たくなったよ。主人公と名前おんなじなのが恥ずかしかったけど」
オレは名前どころか、存在そのものがその親友の【クレッセント・アリア】だけどね。
「それなら参考としてみたよ。君のことを知る前情報として、署員全員が一応みている。だが、まさか本当にあの通りに魔法を手に入れたわけではあるまい」
「魔法少女アニメをアンタがみたのか!? あっちのゴツイ警官も!?」
「それも警察の業務の一環だ。正体不明の害獣に対抗できる君を知るための資料である以上、見ない道理はあるまい? 仕事として個人の嗜好は関係ない」
「お仕事ゴクローさんですね。とにかく聴取って任意なんですよね? 感謝しているというなら、もう帰らせてほしいんですが。今日一日猛獣と戦って疲れてますから」
「いや、休む場所は私が用意しよう。明日にでも君とこれからの協力関係について話し合いたい」
「は? あなたとは初対面ですよね? 何でいきなりそういう話に?」
「おそらく将来的には陸上自衛隊の研究本部に行ってもらうと思う。しかし当面は、私の下で獣災害の被害縮小につとめてもらいたい」
「嫌です。だから何で? そういう話になる過程がまるでないんですけど?」
「残念だが君の意思を聞いているヒマはないのだ。一つ目獣の被害は世界的に広がっていながら、有効な手立ては報告されていない。件の獣は、銃はおろか毒も爆薬も火炎もまるで効果はなく、ひたすら人間を殺し続けている。将来、直接の被害予想は数百万人。経済活動ができず餓死する人間は数千万人にもなると思われる」
そんなに大事だったの? 簡単に倒せちゃうんで、自分的にはリアルRPGみたいな感覚だったんだけど。
「故に一刻もはやく、唯一大きな効果のある君の【魔法】を解析し、奴らに対抗する術を見つけなければならないのだ。どうか協力してくれアリアくん」
『”イヤです”とか言ったらタダじゃおかない』って目をしてるな。
しかしオレ的には、そんなこき使われそうな職場で働きたくない。
性分がピーター・パンなオレに、警察とか軍隊なんてものが務まるわけがない。
オレは思わず近くの小柴に泣きついた。
「いやだよう小柴! 私、警察とか自衛隊とかめんどくさい場所で働きたくないよう。コスパ良くて、あんまり働かなくていい仕事について楽に生きたいんだよう!」
「アリアちゃんってこういうキャラだっけ? いや、そもそも魔法少女の力は世界を魔物から守るためにあるんでしょ? だったら、世界に魔物があふれた今こそ戦わなきゃいけないんじゃないの?」
「これはコスプレなの! 本当は私、魔法少女でもクレッセント・アリアでもないの!」
「え? ええええええ!? 嘘でしょ? 魔法使えるし! 警察も軍隊も倒せない一つ目の魔物消滅できるし! 本物じゃない!」
どう考えても本物だったよ! ニセモノって証明する方が難しかった!
「この事態はッ!」
うおっ! 綾野警視がいきなり大声をだした?
「人類未曾有の災害であり、人類社会と文明の危機でもあるッ! 早急に不死身の獣を排除する方法を確立せねば、人類社会は再生が困難なほど衰退する可能性もあるッ!」
いきなり壮大なことを言い出した! 目もヤバくなってるッ!
「ゆえにどうあっても君に協力してもらう! 今この時も多くの人間が殺され、閉じ込められ飢えに苦しんでいる! 君の魔法を技術として確立することができれば悲劇を終わらせることができる! 世界を救ってくれアリアくん!」
ぐっ…………この迫力、さすが警察。
この有無を言わせぬ圧迫感に否定の言葉なんて言えるわけがない!
「あの………アリアちゃん。このままじゃ本当に人類が危ないし、一つ目獣を何とかしないといけないと思うよ。ここは警察に協力した方がいいんじゃ………」
小柴め。権力に屈しやがって。だがこのエリート野郎の迫力は厄介だ。
だったら………
「たしかに人類の危機とあらば、魔法少女として見過ごせませんね。悲劇と恐怖にさらされたこの世界を救うのは私の使命でしょう」
「わかってくれたか! では、協力してもらえるのだねアリアくん」
「アリアちゃん!」
「ええ。わかりましたよ綾野警視、小柴さん。もちろん世界のため人類のため私は協力……」
瞬間、ラビットシューズで大きく地面を蹴った。
「なんてしない! 断然ことわる!」
「あっ!」
二人から距離をとり、素早く塀の上へ跳びあがった。
「私のフリーダムライフは警察にも自衛隊にも縛られない! 私の自由な生活のため、人類も世界も滅べ! 滅んでおしまい! フハハハハハハ!」
「うわっ最低! アリアちゃんが悪堕ちした! 暗黒魔法少女になっちゃった!」
「待てアリアッ! 君は…………ッ!」
そのまま振り向かず、ラビットシューズ全開に大きくで跳んでその場から逃げ出した。