45話 朝焼けの決着
『おい、どうしたアリアくん! そこに誰かいるのかッ。まさかッ!?』
海自指揮官の小沢さんがうるさいくらいに聞いてくる。
インカム越しでも、こちらの不穏な雰囲気を察したらしい。
「小沢さん。最後の決着をつけてきます。どうかそのまま待っていてください」
『なんだと!? 待て! 状況を…………ッ』
プチッ
オレはインカムの接続を切って「ポイッ」とそれを投げ捨てた。
ここまできたなら誰の手助けもいらない。
むしろ相手に逃亡を決断させないためにも、いない方がいい。
魔法で逃げられたら、この世界の人間に捕捉するのは困難だ。
「お久しぶりです祖神さま」
オレは落下の衝撃で痺れながらも、巫女エルフのフリをしながら近づいてきたそいつに挨拶をする。
不気味な一つ目の仮面を被った長身の女性。
彼女こそは世界中に不死身の獣をもたらした獣災害の元凶。
邪悪な意思にとり憑かれたエルフの祖神だ。
「祖神さま。ここらで諦めていただけませんか」
オレはエルフ語で質問をした。
ま、答えはわかりきっているんだけどね。
ヤツはオレの願いなど気にもとめないように言った。
「残念だな。この異世界での遊戯はまだ続けねばならんようだ。こうなれば根こそぎ食らいつくそう」
「まだ…………この世界の人間を喰らって魔力にするつもりですか?」
「当然だ。我は帰らねばならない。我らの故郷たる有魔法真世界を救済するためにな。さて、我の記憶を封じた人形は…………そこか」
ドゴォッ!!!
痛ェ!
いきなりヤツはオレの腹を殴りやがった。
「うぐぁ! ぐっ…………がぁっ!」
「フフフ。肉体で『殴る』などという行為をしたのは初めてだ。だが、これ以上魔力を消費しては帰還が叶わぬのでな。神の一柱として恥ずべきことだ」
ドゴォッ!
「あっ…………がぁぁぁぁ!」
また一撃。
オレの懐にしまっていた人形がポロリとこぼれ落ちた。
しかし痛い。細腕なのにかなり腕力が強い。
「あまり鳴くな我が巫女よ。その痛みも苦しみも幻。汝も見捨てず救済しよう。では人形を頂くぞ。”標”のこれを手にして帰らねばならぬのでな」
そう言って祖神は地面の人形を取り手にした。
その瞬間だ。
オレは巫女エルフのふりをやめた。
「間違いだらけだな、異世界の神様よ。一つ、痛みも苦しみも幻なんかじゃない。オレが生きている証拠だ。二つ、見捨てる以前にあんたに救いなんて求めちゃいない。お呼びじゃないんだよ、オレも世界も。そして三つ……………」
本当の自分の言葉でエルフの祖神に言いたかったことを言う。
人形を手にした祖神はいぶかしげにオレを見た。
「オレはあんたの巫女じゃない。魂はこの世界であんたに殺された間宮東司。そして今は世界を滅ぼさんと企む敵と戦う魔法少女【クレッセント・アリア】だ!」
「…………なに? お前は………」
エルフの祖神はあっけにとられたようにオレを見る。
なんとなくだが、内面を見られているような感じだ。
「………………ふむ。たしかにその肉体の内の気配、我が巫女とは違うものであるな。では我が巫女はどこにいる?」
「ここです。祖神さま」
ピョンッと祖神の手の中にあった人形が飛び跳ね、祖神の仮面にとりついた。
「ぐぅっ!? 巫女、貴様!?」
「四つ。あんたはどこへも行けやしない。ここで終わるんだよ。あんたを本当に救おうとしている忠実な巫女の手によってな」
「感謝します東司。あなた達が頑張ってくれたお陰でこの瞬間を迎えることができました」
人形のアリアはそう言った。
そう。本来のアリアの魂は、元のこの肉体に戻らず人形に宿っていたのだ。(たまにこっちの肉体にも意識だけ戻ってくることもあったが)
”標”をエサに女神の仮面に近づくために。
アリア人形が掴んだ仮面は「ピシッ!」と音がしたと思うと、ヒビが入った。
そしてそれは大きくなっていく。
「うっ! 祖神の体が?」
女神の体は、その足元からしだいに樹木へと変化していった。
どうやらあの仮面は人化の制御も司っているらしく、それが崩れていくことで本来の樹木へと戻っていくようなのだ。
「あああああああっ! 巫女ッ、汝ェ!」
女神の両腕は巨大な蛇へと変化した。
あれはまずい! あれには巨大な魔力が宿っている!
あれに触れたら、その瞬間に消滅してしまう!
最期の足掻きか!
だがあれが人形アリアに突き刺さったら、最期でなくなってしまう!
「滅せよ巫女ォォォッ!!!」
瞬間オレの体は自動的に動いていた。
それが刺さる直前、人形に覆い被さる。
そして――――――――
ザックリと――――――
蛇はオレの体を貫いていた。
だがオレが守った人形には傷一つついていない。
「東司さん、何ということを…………」
仮面にしがみつきながら人形は呆然と呟いた。
「はっ。でも正義の魔法少女っぽかったろ? はやく、そいつを……………」
「……………はい。私の故郷とこの世界。二つの世界に悲劇をもたらした本当の元凶の最後です」
人形がしがみついている仮面は、魔法生物の本性をあらわして触手をのばして暴れる。
だが、だんだんと動きは緩慢になり、最後はしなびた干物のようなものになって塵になって消えた。
ケリがついた瞬間、オレはやっと力を抜き崩れおちた――――――
――――――道路のど真ん中に巨大な樹木。
朝の光の中にそんなシュールな光景をぼんやりと見た。
それでもその奇妙な光景はやけに綺麗だ。
朝焼けによく映える。
(ああ、美織里ちゃんの一生懸命につくった衣装がだいなしじゃないか。
血で真っ赤だし、背中はズダズタだ)
大の字に寝転びながらそんなことを思った。
「東司さん、ごめんなさい。結局あなたをここまで巻き込んでしまって」
人形はオレの顔の側に来てあやまる。
不気味なデザインの人形でも、女の子らしい仕草でかわいく見えるから不思議だ。
「いいさ。あのまま何もわからず死んでいたより、君の体で決着まで生きていられてよかったよ。それにこんなのも【クレッセント・アリア】らしいしな」
マジマギの中のアリアも、最終戦闘ではみちるをかばって死んだ。
まぁ、あっちは小さい子向けの番組らしく、最後にご都合主義な復活とかしていたが。
――――ゾクリ
一瞬寒さを感じると、気が遠くなった。
「やけに…………寒い………」
「東司さん!」
そして思考できる最後に親父やお袋。
美織里ちゃんや裕香とその姉妹。
その他、オレが出会った人達の顔が浮かんでは消えた。
そして最後に
小柴の顔が浮かび、そのほほ笑みに見守れながら眠った――――――
◇ ◆ ◇
後に調査に来た自衛隊員によると、最後の戦闘があったであろうその場所。
そこに捜査対象の【クレッセント・アリア】の姿はどこにもいなかったという。
その地に見たものはそびえ立つ一本の巨大な樹木。
その傍らに落ちていた不思議な形をした人形。
――――それだけであった。
そしてその日を境に、全ての一つ目の災害獣は世界中から消失した。
獣災害の終焉である。