43話 三日月と桜
ヘリのたてる大きなプロペラ音の中、みるみる地面が離れていく光景をぼんやり見た。
「家族か…………」
オレは綾野の別れの顔。そして奴の言葉で美織里ちゃんや親父を思い出した。
隣にはさっき助けた女子高生らしき二人が設置されたベッドの上で介抱されて横になっている。
どうやら彼女らもこの緊急搬送用のヘリに乗せられたようだ。
彼女らはオレを不思議そうな目で見ている。
「あ、あの……………」
そのうちの一人が話しかけてきた。
「ほんとうにアリアちゃんなんですか。【マジマギ天使みちる】の? アニメキャラなのに」
初対面の女の子はみんなこの設定にとまどうな。
まあ真実なんてもう誰にも話せないから、そのままで押し通すが。
「ええ。あのラスボスの大魔女には負けちゃったけどね」
「えっと、つまりあの女の人が人食いの一つ目の獣を生み出しているってこと? で、アリアちゃんら魔法天使達がそれと戦っているの?」
「魔法天使は私だけ。ほかの魔法天使は事情があっていないの」
「事情ってなに…………ハッそうか! ブロークンヘイトとの戦いで犠牲になったのね! アリアちゃんを助けるために」
オレを助けるために犠牲になったのはオッサンどもだ。
魔法なんて使えないし少女でもない。
でも優しくて勇敢だったよ。ある意味みんな天使だった。
「ほかの子のことは聞かないで。いま魔法天使は私だけしかいないんだから、私だけで何とかしないとね。だいじょうぶ。ぜったい次は勝つわ」
「アリアちゃん!」
ふたりの女の子に握手を求められた。
本当にこの体になってから女の子にモテるな。
そんなことをやっていたときだ。
ふいにヘリを操縦している自衛隊員が話しかけてきた。
「すみませんアリアさん。あなたに連絡がきました」
「誰からです」
「海自の小沢海将からです。これから竜への対抗策を話しあいたいそうです」
海上自衛隊のお偉いさんのおじいさんか。
東京湾の戦いのあと一度だけ会ったな。
「でもどうして海自?」
「今現在、陸自は戦力が完全に壊滅してしまい、まとまった戦力を有しているのは海自の艦隊しかありません。竜を海岸へ誘引して艦隊で対抗するしか自衛隊が戦う方法はないんです」
「わかりました。話しましょう」
操縦席へといき、渡してきたマイクを握ると威厳のある声が通信機からきた。
『久しぶりだなアリアくん。海上自衛隊艦隊の指揮をとっている小沢だ。陸自および綾野情報官のことは聞いた。こうなれば君と我々であの元凶を何とかしなければならん』
「そうですね。彼らのおかげで私も無事だし体も動くようになりました。これから反撃といきましょう」
『うむ。さて竜の行動だが、現在、君の乗っているヘリを追って東京湾アクアラインを進行中だそうだ。誘引は簡単にできそうだな』
「そうですね。ではこちらはそれを迎撃でむかえましょう」
『それでどうする。我々のできることはミサイルでの攻撃だが、やはりあれも不死身なのだろう。君にどうにか出来なければお手上げだが』
「射程にはいったなら、私の頼むタイミングでミサイル攻撃をしてください。倒せなくても30秒ほど竜の動きを止められるなら十分です。それで私が倒します」
『なにをするつもりだね?』
「切り札ですよ。制御に難があるので高速で動くアレに当てられるか不安だったんですが、そちらが動きを止めてくれるなら助かります」
『了解した。竜が射程に入ったならば連絡する。要請があったならばすぐさま一斉砲撃をおこなおう。頼んだぞアリアくん』
「まかせてください。魔法天使に二度の負けはありません」
しばらくヘリは東京湾方面へと進んでいたが、やがて操縦士は言った。
「アリアさん。この辺りからミサイル射程圏内です。いつでも攻撃できます」
「もう? まだ海岸線からだいぶはなれているけど」
「イージス艦の強みはあらゆる敵の射程圏外からミサイルを撃ち込むことのできるアウトレンジ攻撃です。さらにイージス・システムの捕捉能力なら、いかに高速で動こうと一発もはずさずに目標にあてることができますよ」
さすが日本のハイテク兵器。
税金が高いだけあってすごい性能だ。
「わかりました。ではこのあたりで迎撃しましょう。ヘリをとめてください」
ヘリはその場で止まりホバリング状態になった。
「では行きます。私が出たら私から距離をとってください。この子たちを巻き込むわけにはいきません」
「ご武運を。君たち、ハッチが開く。安全ベルトをしめてくれ」
「ええ!? まさか着陸しないんですか! アリアちゃん、パラシュートとかつけないで出るの!?」
「そうよ。アニメじゃ空もとんでいたでしょ。ちゃんとあんな風に飛べるから心配しないで」
「う、うん。あの、私たち何がおこっているかよく分からないけど。でもアリアちゃん、がんばってください。応援してますから!」
…………………うん。
女の子たちの幼い顔に、森欧町にいる美織里ちゃんや裕香の顔がかさなった。
思えば”アニメの魔法少女のふり”なんて、バカなことをしながら今までやってきたけど。
でもこのウソが今はオレの戦闘スタイルだ。
そして人類やこんな女の子達の希望にもなっている。
だったら最後までこのウソをつき通して本当にしなきゃな。
魔法少女の花道。やっとわかった。
たたかう魔法少女は、いつも最終回は勝利して世界に平和を取り戻してハッピーエンドだ。
ガラリ
ヘリのハッチが開くと、それを背にしてプラチナクレッセント・ロッドを出現させる。
「わあホンモノのプラチナクレッセント・ロッド? すごい! 本当に魔法で出した!」
【クレッセント・アリア】の象徴の三日月を背にポーズをきめる。
「世界に許せぬ邪悪がはびこるとき。魔法天使は舞い降りそれを討つ。月光の祝福うけ三日月にみちびかれ【クレッセント・アリア】華麗に推参!」
「アリアちゃーん! かっこいいーっ!」
「がんばってー! 世界に平和をとりもどしてーっ」
ヤンヤヤンヤと女の子達にはやしたてられる中、操縦士が声をたてた。
「攻撃目標の巨竜、目視できるほどに接近してきました。アリアさん、出てください」
「了解。小沢さんにミサイル攻撃を要請してください。出ます!」
ヘリのハッチをおもいっきり蹴り上げて、三日月に向かい空に舞った。
――――綾野。狭間郡長。突撃に散った陸自のみなさん。
この戦い、あなた達へ手向けます。
三日月をあおぎ華麗に一回転。
見下ろすアクアラインの車道にヤツの姿があらわれた。
禍々しい一つ目の巨竜。
それがこちらに向かい突進してくるのを見下ろす。
「そこは断頭台。待ってなさい。いま首を落としてやる」
やがて海岸線よりいくつもの光る何かが飛翔してくるのを見た。
それは湾岸のイージス艦艦隊からの一斉発射。
うなりをたて幾つものミサイルが巨竜に向かって飛んでいく。
命中し噴き上がる爆炎は、まるで満開の桜のようだった。
綾野を退場させたら話を書くのが難しくなりました。
彼は良い進行役だったと実感しました。




