38話 運命の月光
東京のニュートリノの発生源を自衛隊が調べた結果、渋谷駅周辺だということが判明した。
渋谷駅周辺の一つ目獣をオレが一掃したあとは、自衛隊はそこに迎撃態勢の陣地をつくっているようだが、それにオレは参加していない。
オレと小柴は渋谷駅近郊のこの高そうなホテル最上階スイートルームに居住地を移された。
そして転居して数日後。
夜中に目覚めたオレは、窓辺に寄って夜の景色をぼんやり見ている。
もっとも見ているのは都市の灯りの消えた渋谷の街並みではなく、夜空に煌々と輝く三日月だ。
森欧町にいる美織里ちゃんや裕香もこの月を見ただろうか。
彼女らにも、もう一度会いたかったな。
「どうしたのアリアちゃん? 電気もつけないで」
ふいに背後から声をかけられた。
やたら豪華なベッドで寝ていた小柴が起きてきて、オレの後ろに寄った。
「ん~? なんかね。月を見てた」
「月? ああ、綺麗な三日月だね。そう言えばアリアちゃんは月光の魔法少女【クレッセント・アリア】。クレッセントは三日月だから、今夜はアリアちゃんの夜だね」
「そうだね。終わりの夜としては出来すぎね」
「終わり? なんの?」
「災厄の終わり。それとも人類の終わりかな。どっちになるか今夜決まるわ」
「まさか!?」
「意外とあっさり来たわね。私達の古き神にして災厄の元凶。森の守護者の祖神さまがこっちに降臨なされたわ」
「えええ!!!」
来るべきものがきた。
とっくに覚悟はしていたつもりだった。
だがオレにはいまだ迷いがあった。
送られたあの人形が入っている懐に手をやり、つい考えてしまう。
(これを渡せばアレはおとなしく自分の世界に帰ってくれる。もちろんあっちの世界はひどいことになるだろう。けど、ほんのちょっと良心を眠らせればこっちは無事ですむ…………)
「わかるの? ここにいて?」
小柴の声で、卑怯な考えから引き戻される。
「うん、気配が濃くなった。場所も正確にわかると思う。すぐ出るわ。綾野にも自衛隊を動かしてもらわなきゃ」
オレは懐から手をはなし、そう返事をした。
やっぱ、これを渡すのは最後の手段だな。
たとえ元凶を異世界へ送り返しても、遠い未来にまた来ないとも限らない。
ならば準備のできた今、ここで断つのが正解だ。
正義の魔法天使【クレッセント・アリア】らしくしなきゃな。
「いってきます。これが【クレッセント・アリア】最後の戦い。きっとこのあとは最終回になります」
小柴ともここでお別れだ。
そんな思いを見せないよう、精いっぱい可愛く笑った。
「いってらっしゃい。大丈夫だよね。アリアちゃんはモンスターには無敵だもんね」
「うん。終わったら、みんなもう一つ目獣に怯えて暮らさなくてよくなるよ。小柴も、小柴の弟も妹も、裕香も、その姉妹たちも、美織里ちゃんも」
「そうなったらいいね。でもアリアちゃん。そこにあなたはいるの?」
「それは……………」
答えにつまった。
本来のオレである間宮東司は、このアリアの体を借りてわずかに消える時間を延ばしているだけの死人。
どう考えても”祖神”ってやつを倒した後に存在できるとは思えなかった。
――――それでも
「あたりまえじゃない」
可愛さマシマシで笑って優しいウソをつく。
「……………そうだよね。もどってくるんだよね」
小柴はやさしくオレの肩に手をのせた。
「本当に絶対もどってきなよ。待っているから。アリアちゃん、まだこんなに小さいんだもの。大きくなっていろんなことを知るべきだよ」
嘘をついたまま小柴に優しくされるのがうしろめたかった。
だから、その手をそっとはずした。
「………………うん。そのためにも、みんなを脅かす元凶をやっつけなきゃね。大丈夫。きっとみんなうまくいくよ」
小柴の顔も見れない。
そのまま振り返らないで出ていこうとした。
そんなオレの背中に――――――
「『アリアちゃん、がんばろう。世界みんなのために!』」
ふいに小柴が言ったセリフに足を止めてしまった。
それは【マジマギ天使みちる】最終決戦前のみちるのセリフ?
「『うん、みちるちゃん。私、みちるちゃんと一緒なら何もこわくない!』」
だからついオレも振り向いて、アリアのセリフで返してしまった。
「あははっ。なにマジマギごっこ? たしかに今やるのは出来すぎだね」
ツボにはいった。
マジマギの最終決戦前と今が重なりすぎてコロコロ笑った。
美織里ちゃんとそれを見て、キャラの可愛さを語り合った日々を思い出して、また笑った。
「アリアちゃん、やっと笑ったね」
「え? さっきから笑ってたよ。可愛かったでしょ?」
小柴は近づき、オレの顎をクイッとあげて瞳をのぞき込んだ。
「アリアちゃん。笑っている女の子はそんな悲しそうな目はしない。そんな目をしたアリアちゃんは、あたし嫌い」
小柴はオレを強く抱きしめながら、真剣な目でオレを見つめる。
小柴のイケメンな顔とちょっとたくましい体とあいまって、自分が乙女になったような錯覚をおぼえてしまう。
「アリアちゃん。あたし”みちる”って名前なのに、アリアちゃんといっしょに行ってあげられない。いっしょに戦いに行けない。アリアちゃんの背負っている何かをなにも背負えない」
「小柴。それは…………」
小柴はそれ以上オレに何も言わせなかった。
「だから…………あたしにはこれが精いっぱい」
小柴はそのまま顔を近づけ、キスをした。
柔らかく心地よい感触に、しばし呆然となってしまった。
やがてゆっくりと小柴ははなれていく。
無意識に唇をさわって名残を惜しんでしまった。
「…………………ええっと、小柴。これは?」
「おまじない。友達としてやっぱり帰ってきてほしいから。少しは元気でたかな?」
「……………うん。すっごく元気になった。ありがとう」
叶わないかもしれない。
こんな決心をしても、結果は変わらないかもしれない。
それでも――――
「いってきます。朝にはもどるよ」
本気でそう言って部屋を出た。
――――抗ってみるのもいいのかもしれない。
もう一度帰ってくるために。
この女殺しのイケメン女子のもとに。