36話 物理さんが無双したらモテモテになりました
待機生活の中、オレはとある巡航艦へと向かわされた。
そこはモンスター研究のための研究者が避難しており、その艦まるごと研究所となっているのだ。
白衣を着ている連中が資料のディスクやらノートやらを持って行ったり来たりしている中を通って来たのは、大掛かりな機械が室内を占めている一室。
そこでオレを迎えたのは、先日のセレブパーティーで出会った多湖野博士。
纏う白衣はスーツ姿よりよほどサマになっており、やはりこちらが本来の姿だと納得させられる。
「こんにちはぁ。月光の魔法天使クレッセント・アリアでぇす。研究のご協力に来ましたぁ」
「よぉ来たな。とにかくヤバイ奴が出てくるまで、できる限りアンタの使う魔法を調べにゃならん。俺ら科学屋は、世界の人間が五分の四も死ぬ今にいたるまで良い所ナシだ。ここらで何か成果を見せるために協力してくれ」
「………………無能?」
「いい訳はある。聞いてくれ」
”いい訳”って言っちゃったよ!
世の中、上手い”いい訳”なんかしたって評価が覆ることなんか何もない。
死ぬほどつまらんクソ小説を絶賛高評価するレビューが百個あったって、つまらんクソはクソなのだぞ。
「これまでヤツラは生物と思われていたので、研究の主流は生物学者、動物学者などが獲っていた。だが君があれらを”魔法生物”だという説明によって、あれらは未知の物質で構成されている不可思議存在ではないかとの見方が出てきた。で、俺ら物理屋に主流がまわってきた。遅ればせながら、”魔法”ってのを本腰入れて研究する」
「学者世界のことはわかりませんけど、”主流”ってのになると何か変わるんですか?」
「設備の使用許可やら予算の桁やらな。ま、それを詳しく説明すんのは時間の無駄だ。そろそろ始めようや。装置の中に入って魔法で何か創ってくれ」
というので、装置の中で小1時間ほど魔法を使った後。
「ようし、ありがとよ。だいたい解析できた。これでまとめられそうだ」
多湖野博士はコンピューターの画面を見ながら満足そうに言った。
「早いですね。これだけで?」
「細かい所以外はお嬢ちゃんが来る前にやっておいたからな。さて、実験といくか」
多湖野博士はマイクでどこからか指示をすると、室内に動物の入った檻が届けられた。
「見なよ。これを」
その中には狼が入っていた。ただし、顔の中央にはあの禍々しい一つ目がある。
「狼の一つ目獣ですね。研究用ですか」
「ああ。そいつは獣災害がはじまってすぐ捕まえたものらしいが、その間一度も水も食料も与えたことはないんだと。なのに見ての通り、半年以上も飲まず食わずで生きている」
やはり神様の使う魔法は規格外だな。
オレが魔法で創造したものはオレが眠ると消えてしまう。
「飢えるわけでもないのに貪欲に人間を喰らう。しかも犬だの猫だの他の生物は一切手を付けない。つまり”魔法生物”ってな人間を抹殺するための兵器だというか?」
「まぁその認識でけっこうです。正確には違いますが、詳しく説明する気はありません」
「ま、そっちの秘密には触れないよう言われているから置いとこう。さて、コイツが生物でなく物質だと見る。そう前提をたてて調べてみると、絶対の不死身と思われたコイツにも穴が見えてきたのよ」
博士は装置の中に檻ごと狼を入れた。
そして計器に何やら入力し、装置を動かした。
すると狼は檻の中で暴れ回りながらその体はだんだん薄まり、やがて消滅した。
「やったな。やはり理論は正しかった」
「やりますね。科学で魔法生物を消す方法を見つけたんですか」
「ああ。体を構成する物質は炭素生物ほどたしかなものじゃない。マイクロウェーブ波で分子を揺らして不安定にすれば消せる」
「ってことは、もう私がいなくても魔法生物に対抗できる?」
「残念だがこれは実験室レベルの話だ。町中を駆け回るヤツラに無力化するまでマイクロウェーブ波をブチ込むのは無理だ。一体消すのに必要な電力量もバカ高いしな」
「あらら。”無能”は取り消しますけど、役立たずなのは変わらないですね」
「へっ。そう言われちゃあ物理屋代表として黙ってられねぇな。科学をナメるなよ。今からスパコン、ブン回して”魔法”ってやつを丸裸にしてやるぜ!」
何やらやる気を出した多湖野博士はコンピューターを猛烈な勢いで操作した。
「どうだい。こいつが”魔法”の式だ! …………ってもわからねぇかな?」
何やら画面いっぱいに複雑な計算式やらアルファベットが並ぶものを見せられた。
「これは……………ええっと分子の動きを物理式にしたもの? いや波の動きとか熱化学もはいってますね。あとは………ええっとコレは何だっけ?」
ダメだ! 高校卒業時で止まっているオレの物理化学の知識じゃ、さっぱりわからない!
「………異世界人なのに、意外に素人じゃねぇんだな。こいつは魔法で生じる謎分子の解析だ。波の基礎公式y=AsinSπ/T(t-x/v)を基本にして、それに分子、光子、熱なんかの力学を組み合わせ、謎分子の千分の1秒の運動を式にしてみた」
「そうですか。でも私には………うっ!?」
突然に、オレの体の奥から異物の精神が甦る感覚がした。
(すみません東司さん。ほんのしばらく私に体を戻して、このお方と話をさせてください)
――――本物アリア!? 決戦まで眠っているんじゃなかったのか?
(その予定でしたが、このお方の話は興味深いものです。何かしら打開のヒントを得られるかもしれません)
「おい、アリアのお嬢ちゃん。どうした? 気分が悪いならもう終わりにしていいぞ」
突然に頭を押さえてうずくまったオレを心配して多湖野博士は声をかけた。
オレと意識を入れ替わったアリアは、それにこたえた。
「いいえ心配ありません。私は壮健ですわ」
「……………何か雰囲気が変わったような? まるで修行した巫女さんみたいな清らかな感じが?」
「き、気のせいですわ! それより大した物ですね。魔法素子はおおよそこの通りのものです。これを術式に流し込み、増幅させることによって魔法を生じさせます」
「術式か。そいつの説明もくれるかい? もしかしたら決戦までに有効な手段が見つかるかもしれねぇ」
「ええ。簡単に言えば……………」
アリアは紙にいくつも紋様を描いて説明した。
どうやら紋様の一つ一つに魔力を流したときに生じる効果があるようだ。
それを組み合わせることによって不可思議な現象を起こすのが魔法のようだ。
多湖野博士はしばらくそれを興味深く見ていたが、やがて顔をあげた。
「なるほど。だいたいわかった。つまり相性の良いもの同士を法則に合わせて組み合わせる。幾何模様の重ね合わせってやつをすれば良いんだな。だったら発展させる余地はある」
「ええ!? 術式をはじめて見たのに、そんなことが出来るんですか!?」
「こういった幾何の数式化なんざ小学校からさんざつき合ってきた仲だ。いまこの場でチャチャっとやってやるよ。スパコン使えばお遊びみたいなもんだ」
多湖野博士は本当にスパコンを十数分操作しただけで、新たな魔方陣を完成させた。
「すごい……………」
アリアは本気の感嘆の声をあげた。
「はっはっは。あんたの世界じゃコンピューターなんてないだろうから驚いたろ? そっちの世界の計算機ってな、どんなのだい?」
「はい。規則正しく並べた石をはじくものです。こちらでは【ソロバン】と呼ばれるのがそれに当たりますね」
「…………そういうのはこっちの世界じゃ昔から計算機とはいわない。それじゃぁ何か? それと紙で計算して、こんな複雑な式と幾何をやったってのか? 信じられねぇ!」
「いえ紙もインクも高価なので、魔法の研究に使うようなことはしません。自分の頭で計算しきれない場合は、地面や木の皮に書いたりですね」
「信じられねぇ倍プッシュ! お嬢ちゃんの話から、魔法なんて現象を起こすには、とんでもない演算能力が必要だとは思っていたがよ。それでここまで来たのかよ!」
「このスパコンというものが凄いです! 魔法学千年の研鑽があっという間に!」
アリアはキラキラした目で多湖野博士を見る。
いやオレの目でもあるんだが、そんなマジマジと汚ねぇおっさんを見つめないでくれ。
「はっはっは。物理さんでモテモテになったのは初めてだぜ。そんなに見つめるない」
マジ、もう見るのはやめてくれ。
おっさんの照れた顔を見続けるのは精神にクル。
鼻の穴開きっぱなしだし。
「多湖野博士。お願いがあります。これを今から言う方向でさらに発展させてください」
「お? おお、良いが落ち着け。興奮しすぎじゃねぇか?」
「興奮しますよ。それは【永世無世太極究理概意魔法盤】! 永劫の演算の果てにある神にいたる魔法とも言われています。もしかしたらもう一つ、あの方を討つ切り札を手にできるかもしれません!」
実はどんな魔法なのか考えてません!
アリアの言う切り札も何なのか、まったく考えてません!
書いているうちに思いつくだろうという、空也クオリティー。




