34話 ニュートリノは告げる
阿部総理はかなり戸惑った顔をしている。
テレビの国会中継じゃ、野党が土地買収問題とかでガンガン攻撃してきても冷静だったのに、レアなもの見たな。
「それは………どういう意味かな? この作戦は将来的には東京を災害獣へ対抗するための研究、対処を行う中心的な拠点へと建設する予定もある。日本国内のみならず世界にも救援を行える体制を整えることも考えられている。それが必要ないとはどういうことか、説明いただきたい」
おおっ! 野党へ切り返すみたいな感じで、質問をオレにしてきた。
テレビで見たそのまんまで、なんか感動だな。
「もうすぐこの事件の元凶が来ます。それを私が倒せば、世界全てのモンスターは消滅します。だからその作戦は白紙にしていただいてけっこうなのです」
ザワ………ザワザワ………ザワザワザワ…………
困惑! 焦燥! 前代未聞の衝撃!!
静まりかえった雰囲気から一転、会場はあちこちから囁きが聞こえる。
「アリアさん。それは責任をもって言えることなのですか? 冗談。もしくは間違いであったならば…………」
その時だ。
壇上の前に謎のおっさんが進み出てきた。
「あ~よろしいですか、総理。みなさん。この場を借りて報告したいことがあります」
いちおう良いスーツは着ているのだが、まるで着慣れていない。
おっさんはすぐさま動いた警備の人に総理の前をふさがれて睨まれたが、とぼけた感じはそのまま。まるで気にした様子はない。
意外と大物なのか?
「多湖野博士、遠慮してください。今はそれどころではありません」
博士? 学者さんか。
「いえ、是非発言のご許可を。今がベストなタイミングだと思うんすよ。多分、そのお嬢さんの言ったこととも関係あると思いますんで」
「……………わかりました。多湖野博士に道を開けてください。壇上へどうぞ」
総理も劣らず大物だな。予定外のハプニングが続いたのに、自由に発言させるなんて。
大胆なおっさんはぶらり壇上に上がると、やはりとぼけた感じで話しはじめた。
「え~昨夜のことです。ニュートリノの異常検出がありました。これは超新星爆発でも起こらなきゃ表れない現象です。が、近傍恒星にその徴候はありませんでした。船にある天体の観測機じゃ確かとは言えませんが」
「ふむ? それがどうしたのです。アリアさんの話と何の関係があるんですか?」
「発生源を調査したんですがね。どうもニュートリノは地上の内陸本土。それも東京のド真ん中から発生しているようなんですよ。そいつは今この時も収まらず、騒ぎっぱなしなんですわ」
「バカな。東京で超新星爆発が起こったとでも言うのですか?」
「こいつをさっきお嬢ちゃんが言ったことと併せて考えますとね。こいつは、その元凶さんが出現する前触れってことになりませんかね?」
ザワリ………ッ
この場の全員がオレに注目するのを感じた。
おっさんナイスだね。オレの話を補強してくれた。
「なりますね。そいつは、こことは別の空間にいるんです。それが空間を歪めて出現しようとしているんですよ。いや博士、そいつの出現場所がわかるなんて実にラッキーです。感謝します」
「どういたしまして。礼にあんたの魔法のことを色々調べさせてくれるなら幸いだ」
ザワザワザワ……ッ! ザワザワザワ………ッ!!!
とまどい! 恐怖! 恐慌!
会場のざわめきは大きくなっていき、波のように広がってゆく。
その雰囲気を察した阿部総理は、いち早く仕切る。
「諸兄のみなさん。申し訳ありませんが、パーティーは中止とさせていただきます。この子と多湖野博士の話は精査し、後ほど結果をご報告いたします」
セレブのパーティーは中止となってしまった。
というわけで、オレはその場ですぐ元の部屋へ戻された。
綾野もまたオレについているのだが、ひどく恨めしそうだ。
「まったく、やってくれたな。おかげで私の面目はまる潰れだ」
「元凶を倒して獣災害を終わらせればお釣りが来ますよ。ニュートリノが発生した地域を調べるように言ってください。あとヤツが来た時に備えて戦力を集めるようにとも」
「それを判断するためにも、君から話を聞かねばならない。その元凶の話が本当だったとして、どうして今まで言わなかった?」
「知ったのは昨夜です。奴が来ることを知ったので、手っ取り早く警告して準備を整えさせるために、このパーティーを利用しました。ごめんなさい」
「どうやって知った? いや、そもそもそいつは何故この世界に来た? どうして人間を襲うあの獣をこの世界にもたらしたのだ?
弱ったな。
その辺のことを話すと、異世界アリアのこと諸々を説明しなきゃなくなる。
そしてその元凶の”祖神”ってヤツのことを詳しく説明すると、倒すより元の世界へ帰してしまった方が簡単だということがわかってしまうだろう。
………………目的は達成したし、ヤツが現れるまで身を隠しているか。
いかにこの部屋が見張られているとはいえ、魔法を使えるオレには脱出するのは簡単だし。
その時だ。小柴がおずおずと綾野に話しかけてきた。
小柴はさっき訪問してきた誰かの応対に出ていたのだが、もどって来た。
どうやら、その訪問客に何か言伝を頼まれたらしい。
「あの、綾野さん。アリアちゃんにワンピースを貸した人が受け取りに来たんですけど…………」
「ああ、そこにたたんで置いてある。君から返しておいてくれ」
「いえ、アリアちゃんに直接会いたいって言ってるんです」
「彼女とは今、誰とも面会謝絶だ。いかにあのお方のお嬢さまとはいえ、会話させる余裕はない」
「そうもいかないんですよ。その保護者が直接いらっしゃったんですから」
「なにぃッ!! バカなッ!? ……………本当なのか?」
「ええ。あたしじゃ、どう応対していいかわかんなくて」
「無理もないな。仕方ない、お通ししよう。アリアくん、座って待っててくれ。そっちは上座だ。反対側に座りなさい。ともかく最大限、礼に気をつけてくれ」
そう言って綾野はその人物の応対に出た。
綾野の奴。ずいぶんそのお偉いさんにおののいているな、とは思った。
だが綾野が恭しく畏まって連れてきたその人を見て納得した。
通されたのは先ほど壇上にてカマした相手。
阿部内閣総理大臣その人だったのだ。




