32話 異世界のエルフ巫女
気がつくとオレは、樹木の生い茂る集落の祭壇のような場所にいた。
背後には湖があり、うっすら光っている。綺麗だ。
ただ、厳かなその場所には誰もいない。
美麗に整えられた樹木がいくつも連なっているだけだ。
「ここはどこだ? え、オレが!? …………そうか。ここはいつかの夢と同じか」
オレは自分の手足や体を見て、ここが夢の中だと理解した。
オレの姿は金髪ポニテ女の子のアリアではなく、本来のオレである元の大学生の間宮東司になっていたのだ。
だがオレの体は死体になって失われている。つまり、ここは現実じゃない。
「ご名答。ここは私の心象世界。かつて私のいた魔法世界。我ら森の守護者の祖をまつる祭壇。私が神々に仕え、祭事に携わってきた場所を映したものです」
いつの間にか、一際大きい樹木の梺に人がいた。
それは、もうすっかりオレの体になった金髪の少女。
それが異国の民族衣装を纏い、そこにいた。
「アリア…………か。久しぶりだな。話せるようになったんだな」
「いいえ。東司さんが私の世界の言語を理解できるのです。私の頭を使って思考をしていますから」
そうか。やはり実際のオレはアリアのままか。
「それで、いったいオレはどうなったんだ? いや、そもそもどうしてオレは君になったんだ?」
「祖神さまが活動を開始したあの日のことです。あの日、東司さんは祖神さまの創り出した影の獣に殺され死にました」
「ああ、そうだったな。自分の死体を見た。そして気がついたら、君になっていた」
「祖神さまが動いたことを知った私は、あのお方に会うために精神を切り離し、狭間の領域へと赴くことにいたしました。ですが離れている間は、私の肉体は無防備となってしまいます。ですので、死んだばかりの東司さんの魂と意識が霧散する前にとりこみ、預かってもらうことにいたしました」
体の一時預かりに使われたというわけか。
となると、アリアの魂が戻った以上オレはお役ごめんか?
現実がやけに痛い。
「で、君が体に戻ったなら、魂であるオレはどうなる?」
「いいえ。いましばらく私の体に留まっていてください。そしてこの世界の軍を司る人々に協力を呼びかけてほしいのです」
「は? 何で? 何と戦うの?」
「もちろん祖神さまです。かのお方は間もなくあなた方の領域世界に降臨いたします。なのでお方と戦って欲しいのです」
――――――――――――!!!!!?
「なんでそうなる!? ってか、前の夢では君と戦っている最中だったが、結果はどうなったんだ?」
「とりあえず祖神さまが私の世界へ帰還することは阻止しました。これを見てください」
アリアが軽く手をふると、あの例の人形がアリアの手に出現した。
「またその人形か。それは何だ? 前の夢でやけにあいつはそれを恐れていたが」
「これはかつての祭事で幾度も祖神さまの依り代に使った人形です。これを使うことにより、ある程度は祖神さまの精神を奪うことができるのです」
モノホンの魔法戦ってのはわけのわからん戦いをするみたいだな。
どういう戦闘で、勝敗はどう決着がつくのかさっぱりわからん。
「それでどうなったんだ? 過程とかは説明されても分からんと思うから、結果だけ教えてくれ」
「祖神さまの精神にある、我らの領域世界への道筋を奪うことに成功いたしました。そしてそれはこの人形に封じてあります。必要な魔力がたまろうと、これがなければ祖神さまは元の世界へ帰れないので、これを奪いにやって来ます。影の獣では私を倒すことはできませんので」
「で、それと戦えってのか? 君の体とこっちの軍隊を使って」
「その通りです」
まいったな。そんなヤバな奴と戦いたくないぞ。
なんとか戦わないですます方法はないものか。
「その人形を壊したらどうだ? そうすりゃヤツの目的は消えるだろう」
「そして祖神さまはこの地にとどまり続けますね。この世界は八つ当たりで滅亡するでしょう。それでも私の世界は助かりますので、それも良いかもしれません。東司さんの意見で、その方が良い気がしてきました。壊しましょう」
その途端、アリアの手にある人形はひび割れはじめた。
ピシッ……ピシッ
亀裂はだんだん大きくなり、崩れはじめる。
「おいッ………! 悪かった。ちゃんと戦うから、やめてくれ!」
「ふふっ。これは夢で再現した幻ですよ。本物はちゃんと現実世界のベッドにあります」
アリアが人形を放り投げると、光の粒となって消えた。
「私はかつて仕えていた巫女として、あのお方の暴走をそのままにしておくことは出来ません。魔王となった彼の方に引導をわたすことこそ、我が使命と心得ております」
はぁ。やっぱりオレもこの世界の人間代表としてやらなきゃダメか。
「で、やっぱそいつ、強いの? オレがこっちの軍隊と協力して戦えば何とかなるの?」
「何の冗談です? あのお方は我らエルフの祖にして神。この世界の全てに十億もの魔法生物を生み落とし、さらに五十億もの人間を喰らって魔力にした存在ですよ。戦えば一日持たず全滅は必至でしょう」
「強い弱いの次元じゃねぇ! どうすんだよ!?」
「ふふっ。そう悲観なさらないで。この世界は、魔法とは違った系統の技術を高度に発展させているでしょう」
「科学か?」
「ええ。まさか魔法という技術を使わずに、ここまで文明を発展させることができるとは驚きでした。この世界の科学という技術は私には理解の及ばないもの。それは祖神さまにとっても同様です。故に対応に其れなりには手こずるでしょう」
「手こずるだけか? 勝つことは出来ないのか? 言っとくが、この世界の軍隊だって、能力的には世界を焼き尽くして滅ぼすことも可能なんだぞ」
「大したものですね。ですが魔法を知らない者が魔王を倒すことはできません。レベルは高くても、木の棒と布の服で魔王に挑むようなものです」
あっちの世界の表現か? それともドラ○エか?
しかし、そういうプレイはしたことがなかったな。
今度、死ぬほどヒマになったらやってみたい。
「……………この状況で遊ぶことを考えられるなんて、大物ですね。普通なら、相手の強大さにおののく場面だと思いますが」
ハッ! つい面白そうな遊び方を教えられたんで、そっちに意識がいってしまった。
真面目にやらんといかんね。リアル世界の運命がかかってんだし。
「で、君の体をオレが使ってそいつと戦うとして、君は何をするんだ? っていうか君が戦った方がまだ勝ち目はあるんじゃないか? 君はすごい魔法使いみたいだし」
アリアの体に宿っている魔力や術式を感じてそう思うのだ。
オレが適当に使った魔法でも、すごい現象をおこすし。
本来の体の持ち主であるアリアが正しい使い方をすれば、さらに強力になると思う。
「ありません。先ほど言ったように祖神さまの力は絶大です。私ごときが魔法を駆使しようと、とうてい及ぶものではありません。ですから”策”をもってあたります。私はその策の仕掛けとなりましょう」
「策? どんな?」
「祖神さまは力が大き過ぎるが故、細かな人間の機微を読むのは不得手です。私の体に入っているのが別人と気づかない可能性が高いのです。そして前の夢で示したように、お方の弱点はその被っている仮面。ですので…………」
「…………というものです。いかがです?」
「上手くいくかな? まぁ、やるしかないか」
起きたらラスボスとの決戦に向けて準備か。
オレが魔法少女になった以上、クライマックスは避けられないということか。
と、意識がどこかへ引っ張られるような感覚を覚えた。
「うっ? なんか意識が変?」
「あなたの目覚めが近いようです。では、起きたなら準備をお願いします」
目の前の光景は次第に薄れていき、アリアの姿ももう見えない。
「よろしくお願いいたします」
最後にアリアのその言葉だけが聞こえた。




