19話 人類の危機でも空は青い
「世界は人類破滅の危機。それでも空と太陽は変わらないな」
ぼんやり空を見上げながらそう思った。
ここは避難所の屋上部分。ここに最初にきたときに足場にした場所だ。
あの猿共との戦闘の後、そこにいた警備隊員の質問とかが鬱陶しいのでさっさと逃げてきた。ところがどこへ行っても追いかけられる。
警備隊の上の方から協力要請があるそうだ。
そんなもの聞く気なんてない。
なのにあまりにしつこいので、ここへ逃げてきたというわけだ。
ともかくここを出る算段をつけなきゃ。
オレ一人ならそのまま逃げればいいが、親父と出来れば椎名三姉妹とかも連れていきたい。
ここは目もくらむ高層ビルの屋上部分。
ここに上がる階段なんてものはなく、誰も上がって来れない。
なのでこれからのことをゆっくり考えよう――――
「こんにちは」
「…………裕香?」
――――と思ったのに、何故か裕香がきた。
彼女は妹のせいか、いつも姉らしい大人びた顔をしている。
しかし一人だけだと年相応の女の子らしい。それが妙に新鮮に見えてしまう。
「それってお父さんの血よね。ずいぶん酷い殺され方だったみたいね」
彼女はオレのコスプレ衣装にベットリついた血の痕を悲しそうに見た。
「ええ、ひどいものだったわ。比奈子ちゃんにも睦美ちゃんにも合わせる顔がないわ。あなた達のヒロインにはなれなかったわね」
「とにかく下におりて着替えましょう。わたしの服を貸してあげるわ」
「必要ないわ。これ、いいかげんに消しておくわね」
裕香達の親父さんの死の間際の血なので、どうにも消すのがためらわれた。
しかしそれが手向けにも慰めになるわけでもない。何の意味もない。
オレは軽く手をかざし魔法を使った。
「清浄!」
するとコスプレ衣装についていた血も汚れも、あっという間に消滅して、衣装はピッカピカになった。洗濯も風呂もいらずの清浄魔法だ。
元のアリアにご飯をあげに行ってたとき、風呂や洗濯なんてできるとは思えなかったのに、いつも服も彼女自身も身綺麗だった。なので『もしやあれも魔法だったのか?』と思ってやってみたら出来たのだ。
「…………すごいわね。本当に魔法使いなのね」
「まぁね。世界にはびこる魔物も倒せるし、空も飛べる。何でもできると自惚れていたんだけどね………」
でも裕香と比奈子ちゃんの親父は、助けるどころか逆に助けられた。
そのあげく死なせてしまった。
魔法の力は得ても、中身はぐうたら大学生『間宮東司』オレのままか。
「助けられなくてごめんなさい」
思わずそんな言葉がでた。
思い返せばあのオジサンを死なせない方法はあった。あの時のオレがそこまで体を張れたかどうかはともかく、やはり後悔はある。
「あなたが悪いわけじゃないわ。ただ、この世界の危機はアニメじゃなくて現実だっただけ。お父さん以外にも何人も死んだわ。睦美にも比奈子にもあなたを恨まないよう言ってあるわ」
そうなんだよな。
いまは世界が不死身の魔物に滅ぼされかけている人類の危機。
だがオレにはその魔物を倒す力がある。
なのにどうにも『世界を救おう!』なんて気がおきない。
悲しいくらいぐうたら怠惰な性分なんだよ。
だから、こんな提案をしてみる。
「私と逃げない? あんた達姉妹三人くらいなら何とか森欧町に送っていけると思うわ」
「それはダメ。わたし達だけで逃げることなんてできない」
「はぁ? 君らが居てどうだっていうの? 君らが居ようと去ろうと、ここの避難所の運命をどうにか出来るもんでもないでしょ」
「それをどうにかするためにここに来たの。アリアちゃん、警備隊の人達が話をしようとしても逃げちゃうでしょ。だからわたしが交渉を頼まれたのよ」
ああ、そう言えばここは高層ビルの屋上部分。ここに通じる階段はないので、普通ならここには来れない。
なのに裕香がここに来れたのは、警備隊の手を借りたからなのか。
「警察の手先になったの? それで私にもなれって? カッコ悪すぎ。魔法少女がカッコ悪くてどうすんのよ」
「そんなとんがったセリフは社会の安全があって言えるのよ。今は誰もが命の危険にさらされた世界。公的機関に協力するのは当然でしょ。それにお父さんが死んだ以上、わたしが妹二人を守って食べさせなきゃならないからね。こういった手伝いもするわ」
うーん。裕香はオレにとって厄介な子になってしまったようだ。公的機関なんてオレの自由を縛る厄介者でしかない。それに前半は建て前。九割以上は後半が理由だろう。
「アリアちゃん。避難所代表に代わってお願いします。ここには1300人ものわたし達みたいに避難している人達がいるわ。その人達を救うことに協力してほしいの」
「はぁ? それって何の関係もない人達でしょ。それよりそんな警察のヒモなんてやめて私と逃げましょう。助かりたいならその方が早いわ。」
「正義の魔法天使の言葉とは思えないわね。でもダメ。お父さんはみんなを助けようとして死んだんだもの。その子供のわたしが自分達だけ助かるために逃げるなんてできないわ」
「立派ね。でも私はそんな考え理解できない。見かけは【クレッセント・アリア】でもコスプレだからね。私だけ脱出させてもらうわ」
そう言って逃げ出そうとした。
だが裕香はいきなりオレに抱きつき押し倒した。
中学生の女の子に押し倒されるとか、オレって弱っわ!
アリアは敏捷性はかなりのものだが、力は悲しいほど非力なんだよ。
「何するの!? はなして!」
だが裕香はなおも強くオレを抱きしめる。抱きながらオレを真剣に見つめる。
顔も近いし、まるで『Maziでキスする5秒前』?
「アリアちゃん。あなたしかいないの。あなたしかあのバケモノを倒せない。だから協力してもらうのに手段は選ばないわ」
――チュッ
……………え? 本当にキスされた?
チュッ チュッ チュッ チュッ………………
裕香はひたすらオレにキスをする。
その唇のやわらかさ、心地よさにしばし動けなくなる。
「なんでキスするの? いきなりすぎて理由ワカンナイんだけど」
「えっと、体で口説いてみました。なんかアンタって女の子好きそうだし」
どの辺がそう見える? 好きだけども。
ハッ! コレは話にきく『カラダ使って内定とりました!』とかのハニトラ?
男なら受ける立場にたってみたい、でも現実にたったら悪夢の女のワナ?
そうか。オレもついにハニトラなんて受ける立場に成り上がっちゃったか~!
「…………………本当にうれしそうね。口説く言葉なんて思いつかなかったからメチャクチャやったのに、本当に効果あるなんて驚きだわ」
チュッチュッチュッチュッチュッチュッ………………
裕香はなおもキスを続ける。
男のカラダだったならこの先もあったのかもしれない。
いや、ないか。相手はやっと中学にあがったばかりの幼い女の子。
まぁ見た目だけなら、今のオレと釣り合っているが。
「…………わかったよ。今回は協力する。だからもうそんな無理すんな」
彼女の一途な思いに根負けした。
だからつい、男言葉にもどっちまった。
いつもアリアっぽいしゃべり方にしようとはしているが、気を抜くとこうだ。
「…………アリアちゃん、すごく可愛いね」
アレ? なんか目がヤバイ?
子供とは思えないくらい潤んでいる?
「本物のアリアちゃんとキスしてるんだって思うと、なんかすごいドキドキしてきた。ふぁぁ! 何かに目覚めそう」
「目覚めさせるな! 眠らせたままにしておけ!」
コスプレだって言ってんのに『本物』とか思ってんの!?
アニメキャラに本物とかいねーんだよ!