3 インターナショナル
城塞都市。
周囲を高い城壁で囲い市の四方向にしか出入り口である城門を持たない平地に建てられた都市だった。
占領されたものの、北日本軍による掃討作戦を行われていない。市庁舎と思われる巨大な建造物や、その他の行政組織と思われる場所だけが確保された。文明レベルは思ったよりも高いらしい。ガラスやレンガが存在しているのだ。先発していた歩兵中隊と合流し、大隊は更に大規模になった。
先発中隊は市庁舎とするべき建造物が広場の中心にあることを利用して周囲に土嚢を積み上げ、機関銃陣地をいくつも構築していた。三階建ての市庁舎の上階の窓からは分隊支援狙撃手が狙撃銃を突き出しており、おそらくこの世界のどこの砦よりも堅牢な防御力を備えていた。
捧げ銃。
銃を持った状態の敬礼である。市庁舎入り口に休めの姿勢で立ち続ける衛兵の捧げ銃に敬礼で応じた長田は市庁舎へと踏み込んだ。先発部隊からの報告を受け、現地に関しての情報が共有された。
城塞都市には未だ敵の残党が紛れているらしい。
「掃討作戦は面倒です。我々には彼等が敵かそうでないか、見分ける手段さえありませんよ」
「数日前の戦闘の捕虜を尋問して言語体型を調査しているらしいですが、進捗は良くないらしいですし」
「街道と市庁舎の安全確保だけ行いましょう。掃討作戦を行うには人員が足りません。この都市は大きすぎる」
長田は最低限の重要地点だけを確保し、都市の地図を作るよう命じた。完全武装した小隊規模の歩兵部隊で都市を巡検する。
しかしながら彼の部隊には重砲、対戦車火力や戦車は存在しない。もしも残党が火力による都市蜂起をしてきたとしたら。もしも弓矢や投槍による遠距離攻撃による遊撃を行ってきたら。小銃小隊は後手に回らざるを得ない。そして効果的な反撃も行えない。
しかし戦車や機動戦闘車があれば、モスクワにおけるソヴィエト連邦崩壊を企てる政治家連中を鎮圧したカウンタークーデターでの一幕のように、立て籠る敵のいる部屋を一つ一つ砲撃で踏み抜いた方が、迅速かつ安全に制圧できる。
戦車、換言すれば、装甲戦力。
すなわちそれは突破と衝撃の化身。
速度、装甲、火力。
それらの三位一体が戦車の暴力の根源である。
歩兵と共に行動し、速度の要素が消えたとしても、堅牢な装甲と激烈な砲撃が歩兵の犠牲を低減する。あらゆる攻撃を一身に受け、歩兵の障害を排除する。
長田は数年前の中東戦役における北日本派遣軍に参加していた。戦車の効力を盲信に近いほど信頼している。
長田は市庁舎の周囲に看板を設置した。市民を無警告で射殺した場合、国際法的にまずい事態が発生してしまう。軍隊的規律の維持と職務への生真面目さに関して、長田はまったく素晴らしい男なのだ。
看板には日本語、ロシア語、中国語、ドイツ語、そしてフランス語で警告が表示されている。これは現在の東側諸国の主要国家である。パリを境に分割される欧州世界と小樽を国境線に持つアジア世界の延長に、この番外地があることを物語っている。
インターナショナルは現在、世界の半分を占めている。ソヴィエト連邦、日本民主主義人民共和国、中華人民共和国、ドイツ民主共和国、フランス・コミューン等の大国が加盟しているのだ。フランス・コミューンと日本民主主義人民共和国はそれぞれ西フランスと南日本に敵対勢力、合衆国に支援された政府が存在しているものの、西側諸国に匹敵する工業力を保持している。
旭川に侵攻した以上、現地の言葉を調査しているはずだ。
長田はそう確信していた。攻め込む土地の情報を一切持たず侵略するのは愚の骨頂だ。この世界にも日本語かロシア語を理解するやつがいるはずだ。
長田の確信が正しいかどうか、判明する日も近いかもしれない。