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2 長田治安維持大隊


「馬鹿野郎、撃て!」


 人類史に残る傑作、東側による最高の金属製品である七・六二ミリ弾が、火薬によって加速され、銃口を飛び出していく。頭上には大口径の砲弾が飛翔し、敵兵を地面と共に耕す。

 戦車隊の指揮官は「士魂」や「マルクス=レーニン万才!」と砲塔にペイントされたT-72の中から、逆襲をしきりに要求している。

 

 日本民主主義人民共和国陸軍の鉄と火力による歓待を受けた軍勢は幾度も再突入を敢行したが、クレシーのフランス騎兵のようにあわれに散った。

 

「これは凄い。数十万の人間が全滅したって訳だ」


 長田要治少佐は積み上がった死体の山を見ながら呟いた。彼は現在、死体処理を命じられている。重機によって掘られた穴に死体を放り込み、埋葬している。


「奴等、何を考えてたんですかね。あんなでかい門を創って、旭川に侵攻するなんて」


 彼の副官の田中少尉がその面長の顔を死体の山からそらして言った。

 異世界の軍勢は巨大な大理石の門を通って、旭川にやって来た。これには科学者が発狂したように笑いながら調査を進めていると聞くが、まだ詳しいことは分かっていないが、どちらかと言えばサイエンス・フィクションやファンタジー小説の部類らしい。


「愚かなファシストの暴発的侵略に違いない!我々人民の鋼鉄の団結を知らないのです!」

「これはこれは、有畑政治委員。暑い中ご苦労様です」


 有畑政治委員。 

 特徴的な丸眼鏡が怪しく光っている。彼は長田の中隊の政治委員で、補給や教育などの広報任務を統括している。彼は陸軍省の管轄ではなく、内務省の人間なのだ。ここに日本民主主義人民共和国軍の政治的立ち位置が反映されている。しかしながら、この制度が始まって数十年、内務省の監視という意味合いは薄れ、陸軍と政治の統合という観点に重点がおかれるようになった。有畑も陸軍に弟が勤務しており、陸軍に敵対意識は持っていない。若干職務に忠実すぎる男で、精神論に傾く男だったが、それ以外は実に優秀な政治委員だった。


「祖国のための勤務お疲れ様です。進捗は如何ですか、同志少佐。連隊本部から呼び出しです。新たな任務だとか」

「新たな任務ですか。了解しました。同志政治委員も引っ越しの準備をよろしくお願いします」


 北日本は新たな任務のため部隊を移動させることを引っ越しと呼んだ。これは任務が硬直化しやすい北日本特有の性質だ。


 彼の中隊に与えられた命令は、確保した都市の治安維持だった。既にその方面を突破した部隊【親衛第七師団第一戦車連隊】は街道にそって敵地を進んでいる。後方には構っていられないというわけだ。

 

「それにしても嫌な任務だ。死体処理。これは警察の方が向いている」

「確かに。ちぎれた脚とか腕とか、洒落になりませんね。まだ中東戦争に派遣された方がマシでした」


 機関銃や擲弾発射機を装備した装甲機動車や装甲輸送車の隊列を組み、畑の間隙を縫って存在する未舗装の道路を進撃する。

 彼の中隊は様々な補助部隊を引き連れ、大隊に昇進し、占領した都市を目指した。中核となるのは憲兵中隊と輸送中隊だった。

 旭川番外地──異世界は兵士たちによってそう呼ばれている──の拡大し続ける占領地を維持するために、占領した都市を補給基地としようというのが、番外地派遣軍の思惑だった。

 

 占領した都市の名前はなんというのか。

 それすらもわからず、長田治安維持大隊は進撃している。

 

「おおい、停めろ停めろ!あいつを捕まえろ!」


 長田が無線で命令を発した。 

 剣を杖がわりに街道を歩く兵士が見てとれたのだ。おそらく敗残兵、なんらかの情報を持っているに違いない。

 装甲輸送車から兵士たちが銃を片手に飛び降りていく。煙草を咥えていたり、雑誌を放って駆けていく兵士たちが、軍用半長靴で地面を踏みしめる。


「止まれ!撃つぞ!」

「逃げられんぞ!」

 

 兵士は小銃を空中に向け、威嚇射撃した。

 剣を杖にする兵士が倒れ込んだ。


「やべえ!当てちまった!」

「馬鹿!当たってねえよ!」


 倒れた兵士に駆け寄ると、彼は言葉を呟き、意識を失った。もっとも彼の言葉は日本人たちには理解できなかったのだが。

 

 アクセルの街まであとすこし───と。

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