ありがちな異世界転移もの 蛇可愛い
僕はある日異世界に飛ばされた。
いつも通りクラスの端っこで一人本を読んでいた僕だったが、なんか床が光り始めて気がついたら、ヒゲを生やした威厳ありそうなおっさんが目の前にいた。
その瞬間僕は瞬時に理解した。この展開小説で見たことあると。これって異世界転移だよねと。
転移ものの基本は、地面が魔法陣的なあれで光ることと相場が決まっているので、恐らく間違い無いと思う。
そして教室の床が光った訳なので、あれが転移陣だとしたら僕以外にも当然、巻き込まれている人がいる。
その時はちょうど休み時間だったので、ここには教師はおらず、他クラスからも何人かが遊びに来ていたようで知らない顔が何人かいた。後、逆にこっちのクラスメイトも何人かがいなかった。
クラスのみんなは突然の事態にざわざわとざわめき、突然の展開についていけていない様で、「なんだ?何が起こった?」なんてよくあるセリフを言っている。
僕らのクラスは僕以外は比較的みんな仲良く、男女分け隔てなく談笑するような仲で、みんないつも楽しそうにしている。そんなだからこんな非現実的なことを考える生徒数は驚くほど少なく、ライトノベルを読んでいるような子はあまりいなかった。大人しく本を読んでいる子は、僕以外にも何人かいたけれど、中身が薄っぺらなこういう現実逃避的な作品を読んでいる人は少なかった印象だ。
だからこんな展開を知っている人はこのクラスの中には、僕以外にはいなかった。
日頃から陽の目を見ない僕だったから、みんなを見返したくて、一人、前に躍り出て、多分王様と思われる、立派なヒゲを生やしたおっさんから話を伺おうとした。
それで声を出そうとしたのだが、どうしたことか声が出なかった。いや正確には出たのだが、かすれていて非常に小さく、蚊の飛ぶ音よりも弱々しいものだった。
そんなだから誰にも聞こえなかったのだろう。王様が反応しないどころか、ここにいる学校の生徒達のほとんどが、僕が声を発したことにそもそも気づかなかった。
何人かは気づいてくれたが、その人達は僕が何かぼそぼそと変なことを言っているようにしか、思えなかったようで気味悪がられて、距離を置かれた。
それで僕はせっかくの異世界にもかかわらず発言の機会を逃し、みすみすクラスの中心人物に発言を譲る結果となった。
「ここはどこで、あんたらは誰だ!?仮に誘拐だとしたら略取・誘拐罪といって罪に問われるんだぞ?分かっているのか!?」
(やだ、頭いい。嫌い)
非常に語気が強いものの、声を発した人物ー一終夜ーが頭に血が上っていないことは、クラスメイトなら誰でも分かることだった。
そもそもこんな状況で、ただの高校生である彼が、あくまで交渉から入ろうというのだから、それだけで賞賛に値することだろう。
いくら後ろで隠した彼の手が震えていて、それを握ってもらっていたとしても凄いことだ。多くの生徒達に心理的にも肉体的にも支えられているとはいえ、なかなかできないことだろう。
現に僕はできそうにない。
その後、王様と思われる人物は案の定、お約束の言葉ー悪魔や魔王がどうたらみたいなことーを言い、「転移させてしまったのはすまない。だが貴様らに自由はない。ただ我らのために働いてくれ」といったようなことを言った。異世界転移っていうのは本当に最低である。
僕らはその後、素質をはかられたり、見せしめのために一が殺されたり、異世界転移おきまりの、洗礼とでも言うべき当たり前を経験させられた。
みんなは一が殺されたのを悲しみにくれたりしていた。しかしその殺され方があまりに残虐だったのと、彼の最後の言葉「みんな、いいんだ。俺の犠牲だけですむなら。頼む。敵討ちなんて馬鹿なことは考えないでくれよ。みんなが死んじゃったら嫌だからさ……」というあまりにも徳の高い遺言に諭され、無謀な行動をとろうという者は誰もいなかった。
こうして上手い具合に調教された僕達ー私立八重の高校の生徒達ーは、異世界生活を余儀なくされた。
みんな泣いていたり、現実への悔恨を感じ、歯をぎしりときしませていた。
そんな中僕だけは、彼らの輪の中に入らず……入れず孤高を貫いていた。もともとクラス内で立場の低かったのに加え、僕だけみんなとテンションが違ったため、とても入っていける雰囲気ではなかったのだ。
僕は現実に後悔なんてない。父親は早くに蒸発するし、母親はそれが原因で荒れてしまうし、妹は天才だし、僕の居場所はどこにもなかった。加えて学校にも居場所がないとくれば、別にあんな世界どうでもよかった。
むしろ異世界でのこれからの僕の活躍を思うと心が弾んだ。
ここにはやたら口うるさい母親も、僕を実験台にする天才もいない。なんて素晴らしい世界なのだろうと。
そんなこんなで浮かれていたのだが、僕が素質をはかられる番になって、状況は一転した。他の人達の素質は、この世界の人達基準だと、とてつもなく優秀らしく、みんな祝福されていた。※もちろんみんなは一が殺されたんだから、そんな賞賛を素直に受け取る者は誰もいなかったが。
そういう風に祝福される彼らを見て、密かに誰よりも能力があると確信していた僕は、心を躍らせていた。
だがそれらは全て思い上がりだった。
考えてみれば分かることだったのだ。学もなく体力もなく、特殊な技術もない僕は、クラスの中で誰よりも役立たずで、そんな僕が異世界に来たからといって急に強くなれるはずがなかったのだ。
僕は異世界人にしては圧倒的に弱い方だった。終いには「これだったら異世界人の死にかけの老婆を連れてきた方がまだ使える」とも言われた。
ショックだった。だがみんなの優秀な素質や能力を見ると、たしかに自分だけえらく劣っているのは疑いようもなかった。
僕はここでも役立たずの烙印を、現実に押され、腕に激しい痛みを伴った焼印が入れられた。
「あああああっっっ!!!」
非常に痛く、焼印を入れられている時涙が出てきた。実際ふつうに生きていたら、焼印を入れられることなんて滅多にないだろうから、僕が絶叫を上げることだって仕方ないことのはずだ。だが先程煮える鍋に入れられて、弱音一つはかず焼き殺された一という前例がいる手前、僕はひどく滑稽だった。
そうしてみんなにも冷たい目で見下される中、クラスメイト達とも何一つとして親交を深めてこなかった僕は、誰にも助けてもらうことなく、屈強な兵士達に連れていかれた。
「さぁ!使えんゴミはこっちに来い!」
✳︎
抵抗しようとも思ったが、あまりにも恐ろしい彼らの形相と、手に持つ槍が鋭利だったので、何もしないことにした。
つくづく自分が情けなくて嫌になる。
そんな風に自責の念に駆られていたら、「目的地までついたぞ」と声がかかった。
言われて辺りを見渡してみれば、街の外まで連れてこられたみたいで、大きな門の外側にいた。立派な門だなと場違いなことを考えていたら、僕の体は大きく揺れた。
そしてその後何か全身に痛みが走った。
どうやら僕は地面に投げすれられたようだった。痛みが走る身体を抑えて、彼らに「何するんだ……」と言ってみれば、睨まれた。
それで縮こまって「何するんですか……」と弱々しく聞いてみれば、嘲笑われた。凄く悔しく悲しかった。こんなメソメソとした態度、したくなかった。だが異世界に連れてこられて、なんの知識や武器も持たないまま、外に放り出されたのではたまったものではない。
だって外には魔物や悪魔が蠢いていると聞いたばかりだったのだから。
どんなに笑われても必死に耐えて、もう一度「何するんですか……」と訴えた。
すると彼らは笑みをより強いものにして槍を地面にタンと押し付け打ち鳴らした。
「ははは。ゴミが喚いてるよ。お前あれがなんて言ってるか分かるか?」
「いいや。分からないなぁ。きっと俺たちとは根本的に違う異世界人だからだろう。言語が通じないらしい」
兵士達はおどけてみせた。
「おいおい。そりゃないぜ。異世界人に失礼ってもんだろ。きっとこいつだけ人じゃなかったんだよ。ほら、あいつら、金髪のクソガキが焼かれた時は、みんなして『やめろ』なんて言ってたけど、こいつにはだーれもなーんにも言ってなかっただろ?多分虫かなんかなんだよ」
「なるほど……ならば納得だな。言われてみれば俺たちは異世界人達と交流ができるように、王様から言語の魔法をかけられているものな。言語が通じないではなく……。こいつはそもそも言語を話していなかったんだ!それじゃあ分からないはずだよ!」
「「あっはっはっはっはっはっは」」
そう言って彼らは縮こまった僕を置きざりにして去っていった。しかもご丁寧に、巨大な門を閉めて。
後からガチャリという音が聴こえてきて、それがさらに僕の心を苦しめた。
✳︎
そうして異世界に転移してから何日が過ぎただろうか。僕は森の中を彷徨っていた。
最初こそまたどうにかして街の中に入ろうと、門を突破する方法を考えていた。だけどいくつかのパターンを試してみてもダメで、その度に門番に捕まり、突き返された。
最後には、「次に見かけた時にはこの槍で殺す」とまで言われてしまった。そんなことを言われては流石に怖くて近寄れなくなってしまった。
そうして逃げるようにその場から離れていって気づけばこんな森の中。もう何日もご飯を食べていない。少食の僕ではあるが、いい加減何か物を食べたかった。
空腹で死にそうな時には、目の前の物が本当に食べ物に見えるみたいで、石や木の枝にかじりついたのも、一度や二度ではなかった。
水に関しては、一度雨が降ったことがあったから、自分の服を縛ってそこに貯めた。汚いのかもしれないがそんなことを気にするほど余裕もなかった。
それで空腹をどうにかごまかしていたがもう限界だった。
それで僕はこと切れたようにどちゃりと地面に倒れた。何があっても死守してきた水入りの服だって、無様に落としてしまったし、もうどうしようもなかった。
それにもういいか。とも考えていた。どうせ僕が生きていたとしても誰も喜ばないのだから。反応が何かしらあればいい方だ。基本は無視に終始することだろう。
それともクラスのアイドル的存在の星野小鞠さんくらいは、何か言ってくれるのかな?
(あの子は誰にでも優しかったからな。いつも楽しそうに笑ってて)
なんてことを考えていたら、余計に自分の人生が惨めだったように思えてきて、これ以上生きていてもしょうがないかと僕は目を瞑った。
「……ね……」
「しょ………ん」
「しょ……ねん」
「少年。聞こえているか?」
目を瞑った僕の耳に誰かの声が聞こえてくる。最初こそぼんやりとしたもので、そもそも僕に向けたものではないだろうと考えていたのだが、何度もこちらへ向けて発生しているとなると、それは違うだろう。
こんな僕にいったい何のようだろうと、くるりとそちらの方へ振り向けば、僕と同じように倒れている人がいた。
ぐったりとしていて、顔色も悪い。辛うじて目を開いている程度だ。
「ああ……やあっと起きてくれた少年」
その人は燃えるような赤い目や赤い髪を持つ人で、整った綺麗な顔立ちから大人っぽさを感じた。何故倒れているのか分からないが、こんな状態でなければ、顔色が悪くなければ、たいそうな美人だということは間違いがなさそうだった。
そんな美人さんがなぜ、僕の目の前にいて、僕に話しかけていると言うのだろうか。
疑問に思っていると、その人はにへと笑ってすぐに僕の疑問に答えてくれた。
「ああ。起きたんなら悪いんだけどさ。あの……背中にさ、矢が刺さっちゃっててさ。お疲れのところ申し訳ないんだけど、抜いてもらえないかな……?なんかこれ毒矢みたいでさ、そろそろ私死んじゃいそうなんだよね」
はぁはぁと息荒く、なんとか言葉を紡いでいる様子だった。それをみて確かに一刻の猶予もないだろうなとは感じた。だが今の僕に矢を抜けるほど体力があると思えないし、そもそもこの人の矢まで手が届かない。もちろん立って歩けば一歩か二歩の距離ではあるんだけど、そんなことできるなら僕だって、今ここで倒れていない。
「ごめんなさい。無理です。他を当たってください」
「いや、困るよ。君ぃ」
どちらもはぁはぁと荒く呼吸する。お互いに命がギリギリなため、言葉はえらく簡潔で切実な情報だけしか相互に伝わらない。
「僕も……もう何日も食べてなくて……きついんです」
「そう。私は食べ物を持ってるんだけど、その前に矢を抜いてもらえないかな?死ぬから」
お互いに自分の命の方が大切なんだと必死にアピールする。だがどちらの訴えも一方通行で話が進まない。
ここで拉致があかないと、目の前のお姉さんがぐいぐいと匍匐前進で迫ってきた。そして僕の下に頭を入れ込むと、背中を差し出した。
「助けろ、ください」
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」
最早呼吸しかできないが、ここまでされては仕方ないだろう。手を伸ばせば届く距離だ。僕は最後の力を振り絞って、それを掴む。そして引き抜こうとする。
「ああがゃああ!!痛いぃぃぃ!ぁああぁ!!」
絶叫が下から聞こえてくる。矢はなかなか深くまで刺さっているようで、引き抜くのが難しい。加えて空腹から目が霞んでいる僕では、彼女の背中に刺さったそれを上手く視認できず、その場でグリグリとねじり回すことしかできないのだ。
「死ぬっ!死ぬっ!死ぬっ!死ぬっ!死ぬって!!いや、ほんと!!助けを求めて殺されたら洒落ならない!あ、あっ!アアアアアアアアアアア!!!!」
あまりにも悲痛な叫び声は僕がぐいぐいと引っ張る矢と連動しているようで、新手のリズムゲーっぽくて、僕は少し笑ってしまった。
「お前……ふざけんなよ!!命はおもちゃじゃないんだぞ!」
もちろんそんなことは分かっている。だからこうやって必死になって抜こうとしているんだ。
(こう抜こうとして、抜こうとして……)
その瞬間カクリと僕の首が下へと倒れる。危うく気絶しかけたのだ。なんとか落ちずには済んだが、そのせいで引き抜こうとしていた矢が、かえって奥の方まで刺さってしまった。
下では最早叫び声一つあげることができず、僕の汗まみれの身体の下で蒸れている人の顔があった。
これはいよいよまずいなと、なんとか決死の力を振り絞って引き抜いて……カクリと落ちて、また同じ深さまで差し込む。
そんなやりとりを続けた。
それからだいたい三時間後。
「なんとかガッツで生き延びた。人生の中で今までにないくらい頑張った気がする」
矢はどうにか抜け落ち、そんなことを言って勝利に歓喜するその人の姿があった。
代わりに僕はというと、最早虫の息。違う微生物の息である。
これだったらもう死んだ方が楽なんじゃないだろうかとも思ったが、目の前のその人があまりにも、あまりにもな悪い顔を浮かべるものだから、もう少し生きてやろうと思った。
「はは!死にさらせ!」
「たすけろ……ください」
そのあとその人は「さんざん苦しめられたんだから無理だぁ」とくつくつ笑うと、ズルズルと身体を引きずって去っていこうとする。
本当に行く気なのか?と考えたが、残念ながらマジみたいで、「じゃあな!」と残虐な笑みを浮かべて行ってしまった。
忌々しいと、歪む視界でその姿が消えるまで睨み続けたが、最後まで見送ることができずに、僕はどうやら力尽きるみたいだった。でもどんな縁かは分からないが、最後に誰かの力になれたみたいで良かった。
と僕は今更ながら独りよがりに考えた。そしてなんでか知らないが心が満たされるのを感じていた。僕はきっと満足げに顔を緩ませていることだろう。もう自覚することだってできない……が……。
「無事に生きて……」
完結。
闇の中にいる。周りは黒に染まっていて、光が何一つとしてない。そんな世界にいてようやく自分が死んだんだと自覚する。
そのまま歩き出せばきっと、世界の根源へと至れるのではないだろうか。死という名の根源へと。
しっかり自分がどうなるかを確認して、未練はないと歩き出す。
一歩、二歩、三歩、四歩……めを踏み出そうとしたところで、自分の足がこれ以上は進まないことに気づいた。
何故か? そんなことを考えたら、頰に鋭い衝撃が走った。それで現実に戻された。
「へっ!?!?」
目を開けると森の中、先程あの人と別れたそのままの場所、何一つとして代わり映えのないそこは、たったひとつだけ違いがあって、別れたあの人が僕の目の前にいて、にっこりと笑顔を浮かべていた。
「やっと起きたか……」
くくと彼女は八重歯を見せて笑う。どういうことなのかと情報を集めようとすると、頭の裏には何か柔らかい触感があるのに気づいた。そして目の前にはあの腹立つ、だけど綺麗な顔があって、それで理解した。
「僕は……助けてもらえたの?」
「ああ。感謝しろよ」
彼女の服は少しはだけていて、見栄えも何も関係なく、必死に助けてくれたであろうことを物語っていた。だから先程の最低な行為は水に流すことにして、これ以上この人の恐らくは膝上で寝させてもらうのは、おかしいと思い、顔を上げようとする。
「まだ……寝ててもいいが」
「いや、だめだと思う。う、うう」
頑張って起き上がるとお礼をするために改めて彼女を見た。そして身体が固まった。
「……へ?」
彼女は「どうした」と聞いてくるが、それに対して僕はなんといったらいいのか、分からなくなった。だってなぜなら彼女は……。
上半身しか先程までは見ていなかったし、最後には全身をみたけれど、その頃には視界なんて、最早あってないようなものだったから気づかなかったけど、この人は……この人は……!
「もしかして人間じゃなかったりします?」
「うん。私ラミア。悪いラミアじゃないよ」
長い尻尾をびたつかせ僕のことを見上げる。そういえばと頭の裏を触ってみればやたらとねっとりしていた。
それを手元まで持ってきて、嗅いでみれば恐ろしいほど臭かった。
「うわ……ゲロみてえ!」
「最低だなお前。仮にも私は女だぞ。やっぱり人間はクズしかいないな」
正論だとも思うが下半身の蛇部分から分泌された液だなんて、現実世界を生きてきた僕にとっては、ありえないくらい未知なものだ。驚かない方が価値観が腐ってると思う。
「まぁ、なんだ。一発殴らせろ」
「えっ?」
抵抗するまもなく殴られて、吹っ飛ばされた先で空を見上げて思うのだ。
異世界生活……始まったな……。
終了
補足。ラミアとはなんかこう蛇と人間がいい感じに合体したようなやつ。大抵上半身が人で下半身が蛇。他の例もあるんだろうけど、んなもん知るか。