トビウオと初恋
とぷんと潜ると
耳の鼓膜が滑らかに塞がれて
コオォー という音と共に
コバルトブルーの世界に入る。
速さを求めるのではなく
ただひたすらに水をかきたくて息を繋いでいると、だんだんと心が無になっていく。
コォー コォー
何度目かのタッチのタイミングで
右手を掴まれた。
驚いて足をつくと
逆光で顔が見えない男子が笑ってた。
「お前、泳ぎ過ぎ」
ゴーグルを上げて文句を言おうとすると
ふっと影がさした。
私を覆い被さるような大きな影。
次の瞬間、後ろから被さってくる水しぶき。
顔にかかった水を払って振り向くと
奴はもうプールの真ん中を超えて
飛び魚の様な勢いで先へ進んでいった。
「どっちがよ」
私を止めて泳ぎだす奴に
べっと舌を出して
戻ってこない内に上がる。
照りつけるプールサイドの暑さに
小走りでかけながら
足からの熱よりも右手の熱の方が
気になって
5コースは絶対見ない
心に決めて日陰のベンチへと駆け込んだ。
横を向いて見る青空には入道雲。
熊蝉が一匹、ジジと羽を鳴らしながら飛んでいく。
〝花火、見に行こうぜ。二人で。
返事は部活の後でいいからさ〟
そんなライン、一方的に送ってきてからの初コメがさっきの台詞って、ひどくない?
どんな顔して会えばいいっての。
少し休憩した後、私はまた
とぷんとプールに潜る。
水に入っていれば
顔を見なくてもすむ。
目で追わなくてもすむ。
顔を覆いたくなるほどにやけてしまう顔を見られずにすむ。
コォー……
耳を塞ぐ音よりも自分の鼓動の方が気になって、二回目は二往復で足をついた。
部活終わり、上がれー と先生のダミ声が飛ぶ。
声の方へ顔を向けて
避けていた視線が絡んでしまった。
私は思わず
とぷんと潜った。
fin
お読みくださりありがとうございます。
本作は「夏の涼」企画参加作品です。
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「夏の涼」企画
と入れて検索して頂きますと、他作家さまの涼やかなお話が、さらりと読めると思います。
夏の涼
よかったら皆さまもご一緒に。