帰ってきた幼馴染が……ナニカされてた
よろしくお願い致します
俺には幼馴染がいた。
何も珍しいことでもないと思う。同い年の女の子で名はアユルという。
家が隣ということもあり家族ぐるみでの付き合いをしていたから自然と接する機会も多かった。
仲良くなるのはいわば必然……とまでは言わないけど、まぁ相性は良かったんだろう。
学校に入る前から毎日のように一緒に遊んでいた。 男女を意識することはなかった。
冷やかしの言葉にも疑問符しか浮かばないほどに子供だったから。
結構な無茶に付き合わせてしまっていたけどあいつはいつもニコニコしてついてきてくれた。
俺はその笑顔を見るのが好きだった。 だからもっと楽しい想いをさせてやりたかったのだ。
『そーるくん、きょうはなにして遊ぶの?』
『う~ん……そうだなぁ……どらごんごっこはこの前やったばかりだし、ふぃーりんぐで決めるか……』
『よくわからないけど。わかった!!』
実家で遊ぶのも、外で近所の友だちとふざけるのもいつも一緒。
出会ったのは学園の初等科に入る前だから……そこから十年ほどはそんな感じの日々だったかな?
ふれあい方は変化してたけどな。流石に恋人でもないのにいちゃいちゃなどはしていない。
男女間で考え方の違いがあり、恋人という概念を人づてに聞いて知ったかぶりをしていた頃。
あいつは歳を重ねるごとに聡明になっていったので不出来な俺は馬鹿なりに考えた。
俺と一緒にいて変な噂流されたらまずいだろう、と。
重ねては年頃の男の子特有の病理にも冒されていたから……我ながら処置なしだなぁ
やんわりとそのことを自分なりに伝えて、適正な距離を保とうとしたが……
まぁ当然気の利いた配慮など出来ているはずもなかったのである。
『なん、で…………? どうしてそんな事言うの!? ソールちゃんはわたしのこと嫌いなの……?』
『えッ!? お、おい! 何も泣くこたぁねぇだろ!!?』
……後は平謝りである。 学校では『ソールくん』呼びに妥協していたアユルが自宅モードになるほど
うろたえたのだ。
完全に俺のやらかしである。 しばらく呆然とした後にアユルは小一時間泣き続けた。 ……絶交されると思ったらしい。
この件に関しては、何処を切り取っても俺の考えの杜撰さと浅さ、ぶっきらぼうにも程がある伝え方が悪かったとしか言いようがない。
しかも学校で伝えたもんだからクラスの皆に激怒され、先生にも説教を喰らってしまった。餓鬼だった俺はふてくされていたけどほんとうに心配されていたんだろうな……
女子も男子も団結して、よりにもよってアユルにソールが伝えていい言葉じゃない!! 謝れゴラァッ! というテンションだった。
少しだけ気まずい空気の中で其の日は手をつないで下校と相成った。 ……俺も追い詰められていたのだ。
やらんとどうなるか分かっておろうなと背中に突き刺さる数多の目線に圧力を掛けられていてな……。
『ほら、帰るぞ…… その、悪かったな……あんなこといって……』
『……うん。 わたしのほうこそ急に泣いちゃって……ごめんなさい。』
それからは少しだけ近づいた距離でそれまでどおりの日々を過ごした。
……少しだけだ。 ほんとうに髪の毛ほど近づいただけ。
そんなこんなで俺達は初等部を修了し、中等部へと進学したのだった。
より規則正しい生活を強いられることになり、げんなりもしたけれどまぁ……楽しかったかな。
『ソール~!!朝だよ、ほら早く起きて! 学校、学校!!!』
『……何人たりとも俺の眠りを妨げることは…………』
『あぁ、もう! ほら、パジャマ脱いで!! 右足から……うわぁ!? パンツはいいの!!』
ちなみにこの時我が家の両親は出かけていた。
母さんが合鍵をアユル用に作ってわたしておいたのだ。
俺は余りにも自然な動きに疑問を挟むことなく状況を受け入れていた。
アユルは家事万能。 文武両道。 眉目秀麗。 一言で言うと完璧美少女になっていた。
当然言いよる男は上も下も大勢、掃いて捨てるほどに存在していたが全て撃墜されて死骸を晒していたそうだが、中にはしつこく食い下がってくる凡愚もいて追い払ったりもしたのだ。
俺は表面上平静を保っていたけれど……その実、心臓と胃がが爆発するか否かというほど気が動転していたのだ。
そんな時あいつは決まって俺のそばに来ていつも以上に饒舌に話すのだった。
そういうときになにか言えれば……後悔することはなかったのかもしれない。
今となっては……だが。
ここまでの話から分かるように、この俺ソール=ディールはアユルに好意を抱いている。
もちろん女の子としてという意味だ。
魅力的な少女が常に近くにいる日々は思春期真っ盛りの少年にとっては劇薬だったようで、俺ははっきりとあいつに惹かれていった。
……アユルのほうはどうだか分からないし、今では知る由もないんだけどな。
『それじゃあ……また一週間後に! お土産を楽しみにしててね!!』
『出来れば甘いものを頼むぞ?』
『ソール……君は虫歯の治療中なのに……まぁ、買ってくるけどさぁー』
『それはともかく旅行は楽しんでこいよ? よその大陸なんて初めてなんだろう?
……身体を壊さないようにな。』
『うん、行ってきます。ソール』『おう! いってらっしゃいアユル。』
中等部に上がる前、俺達が十四歳になった春休みのことだ。
あいつは両親と旅行に出かけることになった、普通のことで特になんの毛もない、そんな出来事。
俺は伝えようとしていた言葉を飲み込んであいつを見送った。
すぐに会えるからいいかと、呑気に思っていたから。
飛び立つ飛空艇を見届けて帰宅してからいじいじする気持ちを抑えて過ごす。
数日経てばあの笑顔を見ることが出来る、そう想って。
帰国予定まであと僅かになったところで、魔法通信機に連絡が入った。
明日予定通りに帰路につくから、と報を受けた俺はようようとした気分で日課をこなしていた。
『あっ……! ソールじゃねぇか!? こんなところでなにやってんだよ!! 早く家に戻れ!!』
偶然クラスメイトと出会い、血相を変えていた彼から家に戻るように言われた。
別段事件など起きていないはずの、はるのひのこと―
『ソール……あのね、落ち着いて聞いて? 今日――から連絡があったのだけど―』
帰り道、行きとは明らかに違うチリチリとした空気を感じて、急いで帰宅して……
沈んだ様子の母から……凶報を聞いた。……ソレ以外ならと思っていた。
『飛空艇が……アユルちゃんが、お隣のセレスタさんたちが乗った船が……』
人生の転換期というのは、昇るだけとも下がるだけとも限らない。
そして唐突に、残酷に訪れて人の命など容易く掻っ攫っていく。
『――行方不明に…………』
その瞬間、世界から音が消えて……気が付いたら部屋で横になっていたよ。
友人が見舞いに来てくれたけど……休み明けまで俺は上の空だった。
学校は休んでいいと言われたけど……そのほうが辛そうで、俺は登校したんだ。
教室の扉を開けると、一斉に視線が突き刺さったのを覚えている。
アユルの机に花がなかったのはきっとクラスメイトも信じられなかったからだろう。
周りからは気を使われて、正直居た堪れなかった。
今じゃ感謝しているが、当時は他人を慮る余裕などなかった。
悲しみも痛みも全て自分の中で完結させてしまっていたのだ。
……それで始業式……あいつの話が主だったな。
校長のおべんちゃらと、遺体も見つかっていないのに葬式のようなことをやっていて腹がたった。
俺は喚き散らすことすら出来ずにいた。眼の前が真っ暗でどこにいるかも分からなくなったんだ。
一ヶ月後、事故の詳細が徐々に明らかになった。
消息が途絶えた地点が情勢的に複雑な場所であること。
爆発物の可能性も、あるということ。
不審な経歴を持つ乗客や乗務員は確認されていないこと。
生存者は……見つからなかったこと。
俺が知れたのはそれだけ。母さんや親父でもソレ以上はわからなかったそうだ。
新聞も路地端の噂話も……訪れた旅人に聞いたところで生存者の情報は出てこなかった。
月日は無情に過ぎていき、周囲はあいつがいないことを受け入れていった。
……納得がいかなかった。責任の所在だとか、犯人だとかそんなことじゃない。
もっと愚かで幼稚な考えだ。
大人たちは責任を果たしていたのにな……
『どうしてアユルやおじさんやおばさんが死んだなんて馬鹿な話を……
どいつもこいつもそんな与太話を信じているんだ?』
恥ずかしい話、俺は頭から足先まで馬鹿である。
一緒に居るのが当たり前の太陽の如き存在、しかし振り返っても仰ぎ見ても……アユルは何処にもいなくなってしまった。
出来ることが待つこと、受け入れることだけなんていうのは嫌だったのだ。
馬鹿な話だ、結局俺は受け入れることが出来ずに阿呆な目標を勝手に立てていた。
『アユルは……あいつは俺が見つけ出す。 きっと何処かで生きていて、助けを
待っているに違いないんだ!!』
朝から晩まで怪しげな修練に没頭する我が子を咎めた両親への返答がこの通りだ。
付ける薬すら無いだろう? 俺もそう思うよ。
それでも……あの人達は俺を見捨てることなくただ見守ってくれていた。
修行の没頭していた期間で特筆すべき事柄と言えば機械の暴走ぐらいか。
世界で頻発していたことだが、利便性が高い魔法科学の品が制御できなくなる事件が起きたのだ。
幸い周囲の人々や先生と協力して、大きな被害を防ぐことが出来たが……
報道によれば街一つ消えるほどの惨事となってしまったところもあった。
俺の武術の先生は、救援に向かうと行って仮の免状を出して出国していった。
その国は獣人たちの魂のふるさと、モンスターの増加によって生態系が壊れてしまったのだとか。
山程の物資を持っていったあの人は、今も人々を助けて回っているらしい。
『ま……助けに来てくれるんやったら、いつでも歓迎するで?』
嫌なところで現実的な先生は、暗に諦めろと諭していたのかもしれない。
確か俺は……
『助けには行かせていただきますが、俺は諦めません。』
そう言ってあの人を送り出したのだ。
それからはがむしゃらに努力を重ねて、気がつけば十七歳になっていた。
つまるところ、現在の話になる。
★
俺はとある手続きを終えて故郷における義務を終わらせていた。
後は、師に連絡をとってしかるのち……出国するだけだ。
役所を出て家路を歩き、見慣れた故郷を歩く足取りは軽い。
鍛え上げた健脚によって瞬く間に道程を踏破し、実家の前にたどり着く。
青い屋根の、三階建の我が家。 両親とともに暮らした場所。
あいつとの思い出が消えることなく残っている大切な場所。
振り切って前に進む、取り返すためにそう決めたはずなのに……
俺は心に蘇る思い出によってなのか、其の場に立ち尽くしてしまった。
「チッ……ましになったかと思ったのによ……」
頭を振って、兎に角家に入ろうとする。
その時だった。
「ん……なんだ?」
太陽を見上げるとにそこにないはずの黒点を見た。
瞬間思い出すのは連日のように報道されていた事件。 機械の暴走だ。
曰く、それは時としして空からやって来る。 丁度今このときのように。
そして複数の黒点はどんどんと加速度的に大きさを増していくのだと生存者は語っていた。
気づけば周囲には同様に太陽を見上げる人々がいた。 呆けている時間はない。
「おいッ! 早く逃げろ!! 」
周囲に叫び、避難を促すと共に身構える。
かつての事件では尊敬する師と頼りになる両親が傍にいて、彼らの助けを借りられたが
今はそのどちらもこの場にいない。 この身体一つでやれるところまでやらなければならない。
―来るなら来やがれッ、簡単にゃやらせねえぞ?
精一杯の虚勢を張って身構えたその時だった。
「ソォォォルゥゥゥー!!」
「ウゲぁッ!!?」
近づいてきたそれの正体に……気づいて、思ったよ、夢じゃないかと。
そして同時に、痛いだろうなぁとも。肋骨数本で住めば御の字かなって。
「ソール……!!ソールゥ……逢いたかったよ、ほんとうに、又あえたぁ……」
「ッ痛ぁ……お、お前……!?」
俺はなんとか仰向けに受け身をとって、彼女を受け止めた。
何者か確かめようと、なんとか言葉を紡ごうとするも舌が回らない。
降りてきた「女」は余りにもかの少女に似ていたから。
「――待って、ソール。 すぐに片付けるから。」
そう言って俺の詰問を遮った彼女は、今一度飛翔する。
空にはいつの間にか鈍く光る目玉がついた「ナニカ」が浮かんでいたのだ。
「(あれは!? あの時の機械ッ!? なんだってこんなに大量に……!!)」
逃げなければ。 あれよりずっと少ない数ですら俺の手には余るものだった。
もし、もし「あいつ」なら戦いはずぶの素人のはずなのだ。
しかし―
「偵察ポットだけとは……舐められたかな?」
不敵に笑って彼女は翔ぶ。 例えるなら烈風。 猛々しくも華やかに、舞うように……
思わず見惚れてしまうほどに美しく、圧倒的な戦ぶり
「あんまり力は残ってないけど……」
背中には一対の翼。 それは漆黒の異形、力学を無視した軌道で飛行しながら
ついでのように触れた敵を両断していく
「これぐらいなら―」
彼女の疾さを驚異と見たか、目玉どもは集合体になって行く手を阻もうとしているようだ
それが悪手とも知らず
「なんの問題もない。」
彼女が持つ白銀の四股によって怪物は暴虐に晒された。
殴り蹴り突き、およそ汎ゆる打撃を瞬く間に浴びせられてはひとたまりもなかったのだろう。
爆ぜて散り散りになり、ほぼ全てが消滅していったのだが……
「ふぅ…… 逃がさないからね?」
ため息をつくと、虚空を見つめた瞳が異様なほどに鮮やかに朱く輝き―
刹那―空を閃光が貫いた。 俺に見えたのは何かを狙って赤い閃光を撃ったということだけ。
何がしかの目的を成し遂げられたことを知ったのは安心したように息を吐いた彼女を見たからだ。
やがて……その女は俺から少しだけ離れたところに降り立った。
そうしてわずかに躊躇いながらこちらに近づいてくる。
俺は動くことも出来ない。 戦いの有様のせいではない。
夢か幻か……そういう風な思いだったからだ。
その女は……
蜂蜜色の長い髪に、白い透きとおるような肌。
母性に溢れる体躯に、そこから伸びる四股は白銀で出来た甲冑のよう。
顔を見れば、黒い強膜に紅い瞳が浮かんでいる。 全体像は相変わらずの黄金比。
嘗てと違い、立派な双角と異形の翼を持っている。
天が創りたもうた奇跡のような少女といったところだろうか。 俺が抱いた思いはもっと単純なものだったけど。
変わり果てた姿で、変わらない笑顔を浮かべる幼馴染を愛しく思う。 ただそれだけだ。
かつての幼馴染にないはずのものが、その少女には存在する。
けど、それがどうしたってんだ? 気にするのはそんなことじゃあないだろう?
俺が言わなきゃいけないのは、伝えないといけないことは、きっとこの一言だ。
「……なんつーか、さ。ほんと……久しぶりだな?……おかえり、アユル。」
「えっ……その、わたしが……【アユル】だって分かるの……?」
不安、なのだろう。 彼女は少しだけ嘗てと姿を変えていたから。
「いや、俺がお前を理解らないわけないだろう? 何年幼馴染やってると思うんだよ?」
「あ……うぅ……」
気取ったセリフなんて吐けない。 それでもあいつに伝えたかったんだ、会いたかったって。
そして安心させてやりたかった。 帰ってきたんだって……。
「ただいま、ソール……!! 」
ようやくしぼりだしたその一言と共に……あいつは、アユルは爛漫とした笑顔を咲かせた。
涙を浮かべていたけれど玲瓏とした懐かしい声で当たり前の挨拶を交わしたんだ。
この日、この時より運命の歯車は動き始める。
なぜ止まっていたのかは明らかだ。アユルの存在が欠けていたから。
ドワーフの機械だって、油をささなきゃ止まってしまう。
俺とあいつのどっちがどっちかは知らないが……
兎にも角にも、この日からだ。
今この瞬間から全ては廻り始めるのだろう。
未来がどうなるかなど人の手には余る代物だ。
だけど一つだけ……分かることがある。
俺には幼馴染がいる。
読んでくださってありがとうございました。