56話 『恐怖』
ナイトメアバットとの視覚共有をたまに使い、相手の場所を把握しつつ音を極力立てないで俺達は移動していた。
辺りは静寂に包まれているが、幸いにも俺達の足音は相手には聞こえていないようだった。
「……どうだ? ここから見えるか?」
相手との距離はもう既にあまり遠くない。だが、まだ奇襲を仕掛けるには早すぎるだろう。もっと安全かつ安心に仕留めれる時に仕掛けるべきだ。ただ、その場合には俺の視力では無理がある。薄暗い中で見えるのは精々相手のシルエット程度だ。声を出すというのは危険な行為だが、ここはクロに任せるしかなかった。
『そう、ですね。確かに敵の数などは把握出来るのですが、もしかしたら私達では勝てない量かもしれません……』
クロは低く小さい声で俺へと敵の数を教えてきた。暗い中でもある程度は視界を確保出来ているクロの言葉は正しいだろう。それでも、俺達二人に対して、敵の数が8人というのはやばい。一人辺り四人と考えれば勝てるかもしれないが、敵の強さがわからない。それに、奇襲がもしも失敗すれば勝てない可能性がより高まるだろう。失敗は出来ない。
それだけで俺の手には汗が滲んできてしまっている。
『マスター。マスターは本当に人を殺せますか?』
「あ、あぁ、余裕だよ……」
余裕と言いつつも、いざ殺すとなると俺の手は震えてきてしまう。
明らかに奇襲のタイミングがあったのにも関わらず、俺は震えて動けない。そんな中、ついに俺のテイムしたナイトメアバットの一匹が野盗に見つかってしまった。
「おい! このモンスターってレアなやつじゃなかったか!?」
「ナイトメアバットじゃねえか! 殺せ殺せ!」
「おう!」
ナイトメアバットに戦闘能力はほとんどない。そんなモンスターが倒されてしまうのもほんの一瞬だった。幸いにも、依頼主は野盗の興奮した声では起きていない。
そして、ナイトメアバットに夢中になっている野盗は隙だらけで、奇襲を仕掛けるにもピッタリだった。
「クロ。俺のせいでナイトメアバットが死んだ。でも、今が奇襲のチャンスだ。俺が槍を投げて確実に殺す。野盗達が慌てている間に任せたぞ」
『……はい。お任せ下さい。仇は討ちます』
ナイトメアバットを殺して集まっている野盗のうちの二人が丁度重なった時、俺は震える手を無理やり抑え込み、槍を投げた。
真っ直ぐ飛んでいく槍は野盗の頭を貫き、そのまま二人目の頭まで貫いた。見たくはないが、見えてしまった俺の視界には血が噴水のように流れ出ている野盗達が見えた。
「あ、あ、人を、殺した……」
『マスター。あとのことはお任せ下さい。マスターはここでしばらくお休みを』
クロがなにかを喋っているが俺には聞こえない。ただ聞こえるのは野盗達の声だけ。
視界がボヤけていく。俺が殺した二人が断末魔をあげ、地に伏せ死んだ。気の所為だと思うが、死んだ野盗が俺を見ている気がする。
あぁ、ダメだ。ダメだ。怖い。人を殺すということがどれだけの事かハッキリ分かった。テイムしたモンスターの為とかそんな言い訳がしていい訳じゃない。もっと、殺さなくてもいい方法があったはずだ。
色々な考えが頭の中に浮かんでくる。
「……ダメだ……」
俺の視界は真っ暗になった。クロの援護をしないといけないのに俺は動けず、そのまま倒れた。
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冷たい。頬に当たるのは土の冷たい感触だろう。そんな事から俺は自分自身が倒れている事に気付く。
「あぁ、そうか。俺は遂に殺したのか……」
倒れて気絶していたからか、変に頭は冷静になっていた。ただ、目は開けられない。きっと目を開ければまだ死んだ人が居るだろう。ゲームにしてはよく出来すぎている死体と血の色。それに、鼻にくるような臭い。
倒れてからどれくらいの時間が経ったのかはわからないが戦闘音が聞こえないことから、クロはもう戦っていないのだろう。
「クロ? ……まさか、死んでなんてないよな……」
クロの援護をしないで俺は気絶してしまった。残っていた野盗に対して、クロは一人で戦いを挑んだのだ。多数に無勢。負けて殺されている可能性の方が高いだろう。
「見に行かねえと」
人の死体を見るのは嫌だ。ましてや自分が殺した死体なんて見たくない。けれど、それでも俺はクロの為なら、怖いという感情を抑え込んで目を開けて走ることも出来る。
死んでいないということを祈りつつ、俺はまだ薄暗い中野盗達が居た場所へと走り出した。
「うっ……これはキツいな」
吐き気が込み上げてくる程の臭いと、視界に見える死体の数々。モンスターがオブジェクトとして消えるのに対し、人間もきっと消えるのだろう。ただ、まだ消えていないということは完全に死んではいないということだ。現に、俺が殺した筈の二人は見つからない。
『マスター。仇は討ちましたよ』
「───クロ!!」
野盗達と戦い、鎧はボロボロになっているクロが一人立って空を見上げながら俺へと言葉を掛けた。
「ごめん。俺がもっとちゃんとしてればクロがここまでボロボロにならなくて済んだのに。それに、クロにばっか人間を殺させてしまって───」
『マスター。マスターは謝らないでください。私はモンスターです。人間の形をしたモンスターです。人を殺すのに躊躇いはありません。それに、マスターの為に働けることこそが私にとって最も嬉しいのです』
「……そっか。クロ、とりあえずお前の傷を治そう。回復薬はお前に効果はあるのか?」
『はい。私はスケルトンの特殊個体ですから。本来効かないはずの回復薬が、私には少しだけ効果があるのです。それに、私のこの鎧は自動修復機能もあるので、回復薬の効果と合わされば、すぐに回復しますよ。ご心配はなさらないでください。私はこうして生きているのですから』
「そう、だな。生きてるもんな。よし! それじゃ、回復したらテントに戻ろう。シロの寝顔を見れば癒されるぞ」
『はい。それならば一刻も早く見に行きましょうか』
俺はありったけの持っていた回復薬を渡し、クロの傷が、鎧が修復していくのをただ見ていた。




