55話 『テントを狙う者』
───────視覚共有と呟き、実際に出来てしまってから数十分後。俺はようやく人間より狭く、暗視ゴーグルのような視界に慣れることが出来た。視界を利用し、空を飛んでいることから、体格については現代に普通に居る小型コウモリと同程度あり、特徴についてはオオコウモリという種に似ているのだろう。
また、基本は木に止まっているが時折空を飛んで移動してくれる事から、俺は空を飛んでいるというか、謎の浮遊感のようなものにも随分と慣れることが出来たと思う。
(問題点については俺が視覚共有をしている間は俺自身が動けないってとこか……)
ざっと一時間程度視覚共有をしているが、それでも充分に俺の体は疲れている。それは、今こうして視覚共有を止め、元の体に戻ってから気付いた事だ。
初めて試したからという事もあるだろうが、今すぐにでも倒れて寝てしまいそうなほど疲れてしまうという事は、普段からあまり長時間での活用は出来ないと考えても良いだろう。
『マスター。視覚共有を試してから体調があまり優れないようですね。どうぞテントでお休みください。ご無理は禁物ですよ』
「あ、あぁ。やっぱり顔に出ちまってたか」
『……はい。十五分程度前から顔が苦痛に満ちていました。ですので、マスターは横になりお休みください。本日の夜の警護は私が致します』
クロ自身が言ってくれているから今日くらいは任せてしまってもいいのだろうか。確かに、実際クロは睡眠を必要としないだろう。疲れすら溜まるのか分からない。
しかし、休まずにずっと動きっぱなしというのは例え身体的に疲れなくても精神面では分からない。
「分かった。三時間後に起こしてくれ。そっからは俺が代わりにやるよ。クロはその時少しでもいいから休んでくれ」
『い、いえ。マスター。私のことは心配しなくても大丈夫です』
「いや、なんていうか俺がお前を休ませてやりたいんだよ。これはマスター命令だ。しっかり三時間後に起こすんだぞ?」
『畏まりました』
クロが承諾してくれたのを確認した後に、俺はフラフラとした足取りでテントへと入り、ぐっすりと熟睡しているシロの横へ倒れ込む。
そして、シロの寝顔を見ているうちに俺の瞼は落ちていった。
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『────ター。マスター。起きてください』
寝ぼけている頭でも理解出来る聞き覚えのある声が聞こえてきて、俺は目を覚ました。
辺りはまだ薄暗く、俺を呼んでいたクロが目の前に立っていた。
「ん……もう3時間経ったのか?」
『はい。熟睡しているようでしたので起こすか迷いましたが、マスターの命令を優先致しました。ですが、まだ休みたいようでしたら引き続き私が見張りを致しますが、どうしますか?』
未だ目を擦り、眠そうにしている俺をクロが心配してくれている。確かにまだまだ個人的には眠いが、見張りが出来ない訳でもない。
「いや、ここからは俺がやるよ。クロは休んでてくれ」
『畏まりました。ですが、そのマスター。私は眠りを必要と致しません。ですので、マスターの横に居て、そうですね。話し相手になってもよろしいでしょうか?』
「それじゃあ殆ど休んだことにならないけど、良いのか?」
クロが隣にいて話し相手にでもなってくれれば俺が眠くなっても寝ることはないだろうし、暇でもなくなるだろう。ただ、その場合クロが休息を結局のところ取れないという事だ。
『はい。マスターと話せる事で私は充分に休めてますから』
「まぁクロがそう言うなら、俺としては暇潰しにもなるし有難いよ」
『はい。それでは、マスターの横に失礼致しますね』
それから、俺とクロはテント周辺に気を配りつつも話し始めた。主に俺の現実世界での話だが、どんな話にもクロは興味を持って食いついてくれたのが、なんとなく俺は嬉しかった。
「あ、そうだ。念の為一回視覚共有してみるよ。俺の体を見といてくれるか?」
『畏まりました。お任せ下さい』
クロの言葉を聞いた後に、俺は視覚共有を発動し、一匹ずつの視界を五分間隔で変更していった。
一匹目と二匹目の視界には何も変化は起こらなかったが、問題は三匹目の視界を見た時だった。
テントから北西方向であり、距離は少し離れている場所に俺達のテントを明らかに狙っている者が居たのだ。
相手は安全に奇襲を仕掛けるつもりなのか、姿を隠しながら少しずつ近付いてきている。視界に見える数は三人だが、恐らくあと二人程度は居るだろう。
「───クロ。あまり声を出さずに聞いてくれ。今このテントに何者かが近付いてる。数は見えるだけだと三人だけどもっと居るはず。距離がまだ離れてるから、十五分はまだ辿り着くのに掛かると思う」
『畏まりました。それで、迎撃はもちろんするとして、シロ殿は起こしますか?』
「いや、シロは寝かせといてやろう。それに、テントの近くでの迎撃はもちろん巻き込みが危ないからしない。北西方向から敵が来ているのなら、横から待ち伏せして奇襲を仕掛けるのが一番だ。幸いにも、ナイトメアバットのお陰で相手の位置はある程度把握できるしな」
『では、私はマスターが奇襲を仕掛けると同時に飛び出し、一度一人で応戦します。マスターはその隙を突いて、もう一度奇襲をお願いします』
「分かった。奇襲である程度は数を減らせるように頑張るよ」
『はい。相手が手練ではないことをとりあえず祈っときましょう』
相手はこの世界に来て初めての人間の敵だ。それを殺す事が果たして今の俺に出来るか分からない。
人を殺すという事について俺は悩みながらも、クロと共にテントから奇襲を仕掛けれるポイントまでの移動を始めた。




