115話『ホントの最後』
（あぁ。俺はやっぱり弱いのか……）
先ほどまでは感じていた風も、地面を蹴っていた感触も、何もかもを今の俺は感じていない。それは、俺の決死の突きがクロによっていとも簡単に止められてしまったからだ。
そして、止められるという事実に気付いていなかったのは俺一人。シロとメアが叫んだのは、二人が気付いていたからだ。クロが俺の串刺しスキルでもまだ余裕だった事と、ただ俺を近寄らせる為に動きを止めていたという事実に。
「……ほらクロ。殺せよ。お前になら俺は殺されても文句は言わねえ」
「……」
クロからの返答などない。わかりきっているが、未だ槍を掴んで離さないクロに俺は少しだけ違和感を感じた。
だが、そんな違和感を長く感じられる訳などなく、クロは槍を掴んだままでもう片方の手を使い、俺を掴んで投げ飛ばした。そして、追撃をするかのように俺の持っていた槍を俺へと振りかぶって投げた後、串刺しによって生まれた槍を全て砕き、心配そうに目で俺を追っているメアへと走り出した。
「くそっ！ 間に合ってくれ！！『弱き者を守護する盾となれ！！』」
俺自身に迫る槍から身を守るよりも、俺はメアを助けると刹那のうちに決め、メアへと守護魔法を掛けた。
当然、俺の守護魔法などクロの攻撃の前では豆腐のようなものであり、メアがハッ！っと驚き前を向いたときには俺の守護魔法によって生まれた薄い膜を破壊したクロの拳が迫ってきていた。
「メアの事は絶対に傷つけさせないんだからぁぁぁぁ！！」
「ダメ！！ シロおねえちゃん！！」
クロの拳が当たる寸前にシロがメアとクロの間に割って入り、クロの拳はシロへと直撃したかのように思えた。
しかし、どういうことかクロの拳はシロへと当たる僅か数センチの所で止まっており、勢いよく止められた拳は激しい風を辺りへと散らした。
激しい風はシロとメアの髪を揺らし、俺へと飛んできていた槍すらも別の方向へと向かわせるほどだった。
「助かったのか……？」
地面へと強打し、体が軋んで痛みが発生するが、それよりも死を回避出来たことがなによりも救いだった。もちろん、クロによって殺されかけたのは事実ではあるが、クロによって助けられた事になるのも事実だ。
そして、クロの発生させた風はなんと勇者と魔王の戦いすらも一時中断させる程であり、アリアと魔王はどちらも風の発生源であるクロを見つめていた。しかし、そんな中でクロは俺へとゆったりとした歩みで進み始めた。
「クロ、お前……」
俺の前にやってきたクロからは、先ほどまで感じていた威圧感などなく、むしろ懐かしさを感じるほどだった。
けれど、不自然なことにクロは自身の持っていた大剣を自らの心臓へと向けているのだ。
「久しぶりですねマスター。このような姿でお会いして申し訳ありません。マスターの強さ、この身をもって感じさせていただきました。死んでも尚、マスターに会えた事に感謝致します。マスター、どうか歩みを止めないでください。それでは、いつかまた何処かで会える事を願っています」
「馬鹿！ やめろクロ！！」
クロのやろうとしていたことはクロが俺へと向けて話し出した時点で分かっていた。それでも尚、俺はクロが話し合えるまで止めることはできなかった。
そして、クロは俺の目の前で自らの心臓を突き刺し、今度こそ消えていった。最後に蘇った自我ではクロは自分を止めることはできなかったのだろう。だからこそ、自害を選択したのだ。
もしも、俺が止め、クロが自害を選択しなければ確実に俺たちはクロによって殺されていただろう。そう思えるほどにクロは強かったのだ。
「ふっ。つまらんな」
「魔王！！ てめえだけは許さねえ！！！」
クロが決死の思いで自害したのを笑う魔王へと俺は我を忘れて突撃しようとするが、それを止めたのは他でもないシロとメアだった。
クロが消えたことによって涙を流しながら立ち塞がるシロと、俺の袖を引っ張るメア。
「シロ！ メア！ 俺はあいつを殺すんだ！ 退いてくれ！」
「ダメ！ マキトが行ったら死んじゃう！！ 絶対に行かせないから！」
「ますたーまでいなくならないで！！」
「くそっ……そんな事言われたら止まるしかねえじゃねえか……」
「マキト！！ 私との約束を忘れないで！ こいつは私が絶対に殺すから！！」
シロとメアの言葉を聞き、動きの止まった俺に向けて、アリアは叫んだ。
「……アリア！ クロの仇は任せたからな！」
「ええ！ 約束するわ！」
「シロ、メア。取り乱してごめんな。俺たちは俺たちの道を探すぞ」
「「うん！」」
最後に振り返って見ることのできた、アリアと魔王の戦いは凄まじいものであり、アリアは覚醒を使い、鼻血が垂れながらも集中して戦っていた。それに対し、魔王は先ほどの余裕はなくなっており、戦いやすさを選んだのか、魔王城の城壁を破壊して外に出て戦うという手段を取っていた。
そんな中、俺は振り返って見るのをやめ、最後に道を探し始める。
「……俺に勇者くらいの力があればな」
本当はクロを蘇らせ、自分が楽しむためだけに殺し合いをさせた魔王が憎く、俺自身で殺したかった。しかし、アリアも勇者として魔王を殺さなければならないのだろう。
それに、俺の力量が足りないのならばアリアに任せるしかないのだ。
悔しいけれど、力がない自分を恨む事しか俺には出来なかった。
次回が最終話です。今まで本当にありがとうございました！
