軍師と使徒とクリスマス
クリスマスが今年もやってくる。
特徴的なメロディが俺の頭の中でリピートしていく。
今の季節は冬。
今日の日付は十二月二十四日。
〝地球〟であれば、クリスマスイヴと呼ばれる日だ。
しかし。
「この世界にそんなイベントは存在しないんだなぁ、これが」
そんな珍妙なことを口にする俺の名は、榑井幸人。今の名はユキト・クレイ。
大陸五大国の一つ、ヴェリス王国で軍師をやっている。
まぁ、つまるところ異世界人というわけだ。
「向こうじゃ縁遠いイベントだったし、こっちじゃちょっとはプレゼントとか期待したいんだけど……」
つぶやきつつ、それが意味のないことを理解しているため、ため息が漏れる。
この世界にはキリストが存在しない。というわけで、その誕生日を祝う習慣もない。残念でならないが、クリスマスだからキャッキャウフフとはならないということだ。
アルビオンとの戦が終わり、ヴェリスを含めた大陸全土は束の間の平和を享受している。
それに少しばかり貢献した俺だし、ちょっとは嬉しい思いをしても罰は当たらない気がするんだが。
「イベントがないんじゃ、誰からも貰えないし、誰にもあげられないしなぁ」
自分の屋敷でまったりしながら、とある女性のことを思い浮かべる。
「久々に会うし、ソフィアなら気の利いたプレゼントをくれそうなんだけど」
非常に勝手なことを言いながら、妄想を膨らませる。
クリスマスに女の子からプレゼントを貰うというのは、男性諸氏の憧れではないだろうか。
ましてや、ソフィアは絶世の美女。
喋れるだけで卒倒するような奴らもいるくらいだ。その女性からプレゼントを貰えたなら人生勝ち組と言っても過言ではないだろう。
「問題はどうやってクリスマスのことを知らせるか、だな。自分から知らせるのはちょっといただけないし」
プレゼントをねだっているように思われるかもしれない。
それは嫌だ。
そもそもソフィアと会うのは久しぶりだ。
向こうはアルビオンの復興でいろいろと忙しかったのだ。そんな相手にプレゼントをねだるのはどうかしている。
やっぱり俺から渡すほうがいいだろう。
けど、彼女が喜びそうな物ってなんだろうか。
ソフィアのことだ。何を貰っても喜んでくれるだろうが、あまり芸のない贈り物はしたくない。
「さて、どうしたもんか」
「困っているようだな」
突然、どこからともなく声がした。
しかし、その声にもう驚くことはない。
神出鬼没の代名詞みたいな男だ。いつ現れても驚きはしない。
「おかげさまでな。レルファ」
緑の髪に驚くほど白い肌。
竪琴を持った古来種、レルファが部屋の中にいた。
こいつにノックの概念はない。
なにせ空間を渡って移動している魔法使いだ。
国と国の移動すら片手間にこなせるこいつならば、俺の屋敷に入るのも容易かっただろう。
「それで、何の用だ? また厄介事か?」
「早々、厄介事が起きてはお前も身が持つまい。今日はお前の悩みを解決してやろうと思ってやってきたのだ」
「さすがは賢者様。俺の悩みがお見通しか。で? 何か珍しい物でもくれるのか?」
俺の不躾な催促にレルファは表情を崩さない。
こいつを敬わないのはいつものことだし、向こうも慣れたんだろう。
「他人にあげる物は自分で探せ。私がするのは道を作ってやることくらいだ」
「なるほど。珍しい物がある場所に連れて行ってくれるってわけか」
「正確には私はいかない。頃合いを見て、こちらに戻してやろう。勝手に探してくるといい」
相変わらず勝手な奴だ。
けど、提案は魅力的といえる。
ずいぶんと横柄なサンタではあるが、俺にとってはありがたい。
「んじゃ、お願いするよ」
もはやトレードマークとなったコートを羽織ると、準備万端。
護身用に短剣でも持つべきかと思ったけど、まぁ平気だろ。
さすがのレルファも俺を危険地帯に送り込む真似はしないはずだ。
「では行ってこい。危険はないと思うが、気を付けることだ。お前に死なれると困るからな」
「そう思うならあんまり危険なところに送らないでくれよ?」
「承知している」
そう言ってレルファは〝扉〟を開いた。
扉といっても、向こう側が真っ暗な穴だ。
その穴には吸引機能があるのか、入るまでもなく俺を吸い込んでいく。
ただ、そこで誤算が発生した。
「ユキト? きゃっ!」
後ろでした声は久しぶりに聞くソフィアの声だった、。
振り返ると、ソフィアも扉の吸引に巻き込まれていた。
「むっ! 二人用ではないぞ」
「馬鹿なことを言ってないで、どうにかしろー!」
レルファの発言に突っ込みを入れているうちに、俺とソフィアは扉に吸い込まれてしまった。
視界が暗闇に染まり、ずっと落ちていく。
この感覚には覚えがあった。
この世界に来たときと同じだ。
おそらく……。
俺とソフィアは世界を超えていた
★★★
「あいつ……またはぐれやがったな」
見渡す限り人、人、人。
同行人を探すのは不可能だとあきらめて、俺は近場の壁に背を預けた。
とりあえず落ち着け。
別に問題なんてない。
ただ、占領地でレグルスの公爵が迷子になっただけだ。
大した問題じゃ……。
「うん、大問題だな……」
ため息を吐きながら、周囲を警戒する。
迷子の公爵も問題だが、俺だってここじゃ身元がバレれば問題だ。
アルシオンの銀十字。
青いマントと背中の十字がトレードマークの武将。
ここ、マグドリアでは不俱戴天の敵が俺、ユウヤ・クロスフォードだ。
もちろん、ここはすでにレグルスに占領された街のため、そこまで危険ということはないのだが。
目立つという理由でエルトは剣を持っていない。一応、俺は安物の剣を腰にさしてあるが、はぐれてしまっては剣なんて意味はない。
「敵地の街であることには変わりないしなぁ」
呟きながら同行者、エルトの行きそうなところを思い浮かべる。
「間違いなく食い物関連なんだが、ここの地理はよく知らないしな」
マグドリアでの一戦を終えた俺は、アルシオンに帰る前にエルトによってこの街に引っ張り出された。
そして食べ物に夢中になったあいつが迷子になったというのが、今の流れだ。
だからここらへんの地理はほぼ知らない。
だから下手に動き回ると俺まで迷子になりかねない。
「さて、どうしたもんか……正直、面倒くさいぞ」
しかし、放置という選択肢はない。
そんなことをすれば、軍の駐屯地にいる鬼のようなエルトの副官に切り殺される。
なんとしても見つけなければいけない。
「どっかに監視カメラでもないもんかねぇ」
周囲を見渡し、ため息を吐く。
そんなもんがこの世界にあるわけがない。
「足を使うか」
迷子になるリスクもあるが、あいつが自分から戻ってくる確率は天文学的数値だ。
俺が探すしかない。
「とりあえず高いところから……ん?」
街にある時計塔に目を向けると、そこには先客がいた。
別に先客がいたことはおかしくない。
ただ、その先客が浮いていたように見えたのが問題だ。
遠目からでもすごい美人だとわかるその人は、俺と同じく誰かを探しているのか、あちこちに視線を向けている。
「美人とかかわると碌な目に合わないんだけどなぁ」
そうはいっても、時計塔から彼女がいなくなるまで待つわけにもいかない。
しょうがないので、俺は最短ルートで時計塔を向かった。
しばらくすると、時計塔にたどり着いた。
下から見るとかなりの高さがある。
登るのをやめたくなるほどだ。よく登れたな、彼女。
「ちょっとズルするか、強化」
時間もないため、体の強化を掛けてさっさと時計塔の階段を踏破する。
一番上に着くと、そこには遠目に見えた彼女がいた。
緩いウェーブのかかった長い金髪が風に揺れている。
聖母を連想させる優しい笑みを浮かべ、その人は俺に向き直った。
蒼天を思わせる目と目が合った。
「あなたも誰かお探しですか?」
「ええ、まぁ」
どもることもなく答えられたのは奇跡に近い。
思わず見惚れたまま固まりそうになった。
エルトを見ているせいか、美人には慣れているつもりだったが、上には上がいるもんだ。
容姿の完璧さで言えばディアナに匹敵するかもしれない。
とはいえ、個人的主観でいえば今まで見てきた使徒たちよりも美しく見えた。
これは本当に失礼かもしれないが、使徒はどれだけ美しくても使徒だ。
本質は戦士であり、鋭い棘を隠し持っている。
けれど、彼女にはそれがない。
理想の女性像の完成形ともいえるかもしれない。
「私もある人を探しているんです。ここで声を拾っていたんですが、なんだか調子が悪くて、範囲が狭いんです……」
「声を拾う?」
似たようなことをレイナも言っていた。
風で声を拾うと。しかし、それは風の神威を持つレイナの専売特許のはず。
魔法で劣化版のようなこともできなくはないだろうが、彼女の言い方だと調子がよければここから街の声を拾えると言わんばかりだ。
冗談じゃない。
この街はこのあたりじゃ一番、人が多い。
一万人くらいは住んでいるかもしれない。どれだけ声にあふれていると思っているんだ?
「はい。私は魔術師ですから」
「魔術師? 魔導師ではなく?」
「魔導師ですか? この地域ではそういう呼び方をするんですか? だったら魔導師ということにしておきましょう。そのほうが新鮮ですから」
クスクスと口に手を当てて彼女は笑う。
いいのかよ……。
どこの地域でも魔導師を魔術師なんて言わないと思うけど。
なんだか変な人と関わったなぁ。
こういうときは大抵、トラブルもついてくる。
俺は経験で知っている。
だけど。
「あなたなら俺の探し人も探せますか?」
「どうでしょうか。特徴的な方ならたぶん……」
「ああ、その点なら問題はありません。赤い髪の美人です。顔を見たらまず忘れないほど、インパクトはあります。そういう話をしている人を見つけてくれませんか? 代わりにあなたの人探しを手伝うので」
「本当ですか!? 助かります! この地域のことはまったく知らないので、困っていたんです。私はソフィアといいます。あなたのお名前は?」
「ユウヤです。ユウヤ・クロスフォード」
あえて姓を名乗るが、ソフィアは反応しない。
隠しているわけじゃない。
俺のことを知らないということだろう。
よっぽどの世間知らずか、それとも本当にここら辺の人間じゃないのかもしれない。
まぁ、彼女の正体はどうでもいいか。
エルトを探すほうが先だ。
「じゃあ、ソフィアさん。あなたの探し人の特徴は?」
「黒髪黒目で黒いコートを着ている男性です」
「……そっちもわかりやすそうですね」
「はい。けど、不思議と目立たないんです。たぶん、意識して目立たないようにしているんでしょうね。あの人はそういう人ですから」
なんてことない話だが、ソフィアは嬉しそうにその人のことを話す。
その様子はまるで。
「探し人は恋人ですか?」
恋人のことを話しているようで、思わず聞いたのだが。
「え? えええええ!? それは、その……」
ソフィアにとっては予想外だったらしく。
どんどん顔を真っ赤にして下を向いてしまった。
しばらくソフィアはそのまま固まったままだった。
初心な反応だな、本当に。
箱入りのお嬢様か何かか?
まぁ、とりあえずこの手の話はしないことにしよう。
唯一の頼りが使い物にならなくなってしまう。
「えっと、とりあえず場所を移しましょう。範囲が狭いなら歩いたほうがいいでしょうから」
「はい……」
こうして俺は奇妙で美しい同行者を得て、エルトを探すことになった。
★★★
「どうした? 迷子か? 奇遇だな。私もだ」
清々しい笑顔を浮かべて、迷子宣言をしたのは炎のような赤い髪を持つ少女。名前はエルトリーシャ・ロードハイム。
戦闘力が130を超える化け物だ。
カグヤ様に匹敵するし、魔力も飛びぬけている。
しかも使徒とか書いてあるし、なんなんだよ、いったい。ここは魔境かなにかか?
さきほど、この場のことをスキルで見たら、異世界であることが判明した。
まぁ、そのうちレルファが引っ張ってくれるだろうと思い、のんびりソフィアを探していたら、路地裏で大量の食べ物を抱えている彼女と出会ったわけだ。
どうも異世界に来ているせいか、スキルの調子が悪く、全開発動は間違いなく無理だし、普通にステータスを見るのも一苦労。
そんな状態でこんな子と遭遇するなんて、レルファの嫌がらせかと勘繰ってしまう。
「迷子といえば迷子かな……割と盛大な迷子だよ」
世界規模で迷子というのは、なかなか見られないのではないだろうか。
これではソフィアへのクリスマスプレゼントを探すどころではない。
そもそもソフィアがこっちに来てしまっている時点で俺の作戦は破綻している。
「ほう? それでは探す者も大変だな」
「そうだね。君のほうは平気なのかい?」
「なんの問題もない! そのうちウンザリした顔で私の同行者が現れるはずだ!」
「ウンザリされてるんだ……」
「というわけで、私はそれまでこの街の食を堪能しようと決めたわけなんだが、両手がふさがってしまった。そこでお前が目に入ったわけだ。迷子ということは暇だろ? 私の荷物持ちをしろ」
「え?」
気づいたら彼女の手にあった荷物をすべて押し付けられていた。
この子、超強引だ!
けど、逃げるとか不可能だし。彼女が本気を出せば俺なんて一瞬で捕まる。
さて、どうしたものか。
「たぶん俺を探している人がいるし、困るんだけど……」
「安心しろ。お前の連れも探してやる。私の連れが」
「君じゃないんだ……」
「もちろん! 私にはこの街を堪能するという重大かつ緊急な役目がある!」
自信満々にエルトリーシャは告げるが、我儘にもほどがある。
かわいそうに。彼女の連れは相当振り回されているんだろうな。
「はぁ……じゃあ少しだけね。それともう一つ条件があるんだけど」
「なんだ?」
「給料を貰えないかい? ここらへんの通貨は持ち合わせがないんだ。探してくれている人にクリスマスプレゼントを買ってあげたいんだ」
「くりすます?」
おっと、やっぱり通じないか。
そりゃあそうか。通じたらそっちのほうがビックリだ。
「俺の故郷の祝祭だよ。神様の誕生日って言われてる。親しい人にプレゼントをあげたりするんだ」
「なんだと!? それは私も貰えるのか!?」
「貰うことしか考えてないんだ……」
いつも迷惑をかけている分、こういうときにプレゼントを贈ると思うんだが、彼女の価値観では違うらしい。
暴君的な発想だな。口には出せないけど。
「素晴らしいイベントだな! ぜひ私の領地でもやろう!」
「お好きにどうぞ。けど、クリスマスは十二月だよ。ここはどう見ても十二月ではないでしょ?」
空を見上げれば青い空が浮かんでいる。
冬というには暑すぎるし、季節が俺たちがいた世界とは違う。
場所が変われば季節も変わる。ましてや世界を超えてきたんだ。一緒なわけがない。
「十二月? まだ先じゃないか。もっと身近なイベントはないのか?」
「そういわれてもなぁ」
そもそもここの季節を把握しているわけじゃないし。
「まぁいい。さぁ、行くぞ。えっと……名前はなんだ?」
「ユキト。ユキト・クレイさ」
「よろしい。ユキト。これからお前は私のお供だ。あ、報酬の件は気にするな。今日は財布を持ってるからな。私が好きな物を買ってやる。労働の対価としてな」
「助かるよ。えっと……君の名は?」
「む、名乗り忘れてたな。うーん、いつもは愛称を使うんだが、それは今はあいつだけの愛称だし……うん、エルでいいな。私はエルだ」
適当だなぁ。
けど、この態度から察するに貴族か下手したら王族だ。
名前を明かすわけにはいかないんだろう。
そう納得して、俺は異世界で従者を務めることとなった。
★★★
「さきほど、この通りに赤い髪の女性がいたそうです。あちこちで噂になっていますよ。ユウヤさん」
「便利だなぁ」
思わずそうつぶやいた。
探し始めてわずか十分ほどで手掛かりが入手できた。
あとは噂を辿っていけばエルトが見つかるはずだ。
ただ、ソフィアの顔はなんだか浮かない。
「どうかしました?」
「いえ……その……赤い髪の女性が黒い髪の従者を連れていたと言っていたので、まさかと思いまして」
「……あいつならやりかねないな」
見知らぬ人を荷物持ちくらい、あの傍若無人が服を着た女ならやりかねない。
かわいそうに。あいつのお守りをする羽目になるなんて。災難な人だな。ソフィアの探し人も。
「探し人が合流しているなら話は早い。さっさと見つけましょう」
「そうですね。早く見つけないと心配ですから」
心配って……。
普通、男が女を心配するもんだろうに。
どんな奴なんだ、ソフィアの探し人って。
「ソフィアさん」
「はい?」
「どんな人なんですか? その人は」
「ユキトですか? そうですね。不思議な人です。普段はだらしないんですが、いざとなると凄い行動力を発揮するんです。それはもう、周りが驚くほど。あとは……頭がいい人です」
「頭がいい? 学者かなにかですか?」
「いいえ。ユキトは軍師です。それも私の知る限り、もっとも優れた軍師です」
その顔はとても自信満々だった。
ここまで言わせるとは、よっぽどだな。
けど、そんな人なら名前くらい聞きそうだけど。
いや、世の中には埋もれている人材がいるもんだ。
「なるほど。じゃあ早めに見つけましょう。そんなに頭のいい人とエルトを一緒にしておくと、碌なことになりそうにないんで」
あいつはあれで人を使うのが上手い。
利用されてなきゃいいけど。
一抹の不安を抱えつつ、俺はソフィアと共に二人の噂を追った。
★★★
「ユキト! 次はどれが勝つ!?」
興奮した様子でエルトリーシャが聞いてきた。
俺たちは犬みたいな動物を走らせて、勝敗を競っている露店で足を止めていた。
なんでかというと、十連続で勝ちを当て続けると特別賞で、このあたりだけで取れる青い真珠を景品としてもらえるからだ。
まぁ、エルトリーシャは食べ物関連の景品に夢中になっているけど。
「次で十連勝だ! 十五連勝すれば系列露店食べ放題券だぞ!」
「いや、真珠さえもらえれば別に俺はいいんだけど……」
こんな大食らいに食べ放題券を奪われた日には、すべての露店が赤字になってしまう。
店主も額に怒りマークを浮かべているし、これで最後にしたいんだけどなぁ。
「まぁ、とりあえず当てますか」
目に意識を集中すると、動物たちのステータスが見えてきた。
その中で一番速力の高い奴を指名する。
「二番かな」
「店主! 二番だ! 二番に賭けるぞ!」
こんなのズル以外の何物でもない。
ステータスを覗ける俺からすれば、勝負は始まる前からついている。
店側も勝たせたくないため、毎回毎回違う個体を用意して、その中に速い奴を混ぜているのだが、俺にはそれが的確にわかってしまう。
今も店主は青筋を浮かべている。
そろそろ潮時だな。
そんなことを思っていると、俺が指名した二番が大差でゴールした。
「やった! あと五連勝だぞ!」
「ちくしょう! なんでわかるんだ! くっそ! もっていけ!」
箱に入った青い真珠が俺に投げ渡される。
律儀な店主だ。難癖もつけないのは好感が持てる。
これ以上はさすがにかわいそうだな。
「エル。目的は果たしたし、次の店に行こうよ」
「む? あと五連勝する自信がないのか?」
「そうだね。まぐれは続かないよ。勝ってるときにやめるべきだ。気分がいいしね」
そう説得すると、エルトリーシャは不満そうな表情を見せるが、しぶしぶといった様子で頷く。
「仕方ない。そういうなら従ってやる。時間もあまりないしな。露店をすべて回れなくなる」
「すべて回る気だったんだ……」
あきれた行動力だ。
もはや称賛に価する。
しかし、その行動力が発揮される前に異変は起きた。
突然、俺たちはガラの悪そうな連中に囲まれた。
「何の用だ?」
「へっへっへ……その真珠は売れば高くてな。俺たちにくれないか?」
白昼堂々とはこのことだな。
ごろつきのくせに度胸があることだ。
さて、どうするか。
エルトリーシャは半端じゃないほど強いが、見たところ丸腰だし、目立っちゃいけない身分のような気もする。
この真珠は惜しいが、大人しく渡すか。
そんなことを思ったとき。
「馬鹿か、貴様。これはユキトが勝ち取ったものだ。ほしいならば自分たちもあの店と競えばいい」
エルトリーシャが素晴らしい挑発をかました。
いやいや、忍べよ。どう考えても君はお忍び中だろ。
「ああん? 生意気な娘だな。だが、そういう娘は嫌いじゃないぜ」
下品な笑みを浮かべながら、男の一人がエルトリーシャに手を伸ばす。
その手がエルトリーシャに触れる瞬間、俺はその手を掴んでいた。
「おい……その手を放せ。優男が」
「困るんだ。彼女は一時的とはいえ、雇い主でね。どんな形であれ主は主。それを支えて守るのが俺の仕事なんだよ」
「なにをほざいてやがる!」
男が空いている手で殴り掛かってくるが、俺はそれも受け止める。
俺は弱い。けれど、街のゴロツキ一人を相手にする分には問題ない程度の実力はある。
軍師といえど、自分の身くらい守れなくちゃいけないのだ。
ただ。
「エル。できれば手を貸してほしいなぁ」
「なんだ、守ってくれるんじゃないのか?」
「一人ならともかく、人数が多すぎる。俺は頭脳担当でね」
俺たちを囲んでいるのは十人くらい。
その奥にはもっといるかもしれない。
ゴロツキでもこれだけいれば、十分に戦力だ。
「仕方ない。私が軽くひねってやろう」
そうエルトリーシャが笑みを浮かべた瞬間、声が遠くから飛んできた。
『アホ。お前は何もするな。俺がやる』
それと同時に風が俺たちを包み、囲んでいた十人は数メートル吹き飛ばされた。
その風には覚えがあった。
「ユキト! 大丈夫ですか!?」
後ろを見れば、ソフィアが息を切らせて走ってきていた。
やっぱり今のソフィアの魔術だったか。
「おかげさまでね。ありがとう、助かったよ」
「いえ、気にしないでください。そもそも、こんなことになったのも私のせいですから……」
ソフィアが悲し気に目線を伏せる。
そんな顔を見ていると俺まで悲しい気分になってしまう。
「大丈夫。こうして無事だし、ソフィアとも合流できたしね。気にしないで。それにソフィアのせいというよりは、レルファのせいのような気がするしね」
「本当ですか?」
「たぶんね」
二人くらい飛ばすなんて、レルファにとっては朝飯前のはず。
やろうと思えば、俺とソフィアを同じ場所に落とすこともできたと思う。
ただ、手間だからしなかった。そんなところだろうな。
「遅かったな。ずいぶんと待ったぞ?」
「はぐれておいて偉そうに言うな。俺だけじゃなくて他人にも迷惑かけやがって。本当にトラブルメイカーだな、お前は」
「行く先々で戦闘ばかりのお前よりはマシだと思うぞ?」
「ほぼお前関連だろうが!」
エルトリーシャと軽い会話を交わすのは、年若い少年だった。
名前はユウヤ・クロスフォード。
戦闘力は80前半。
強いことは強いが、エルトリーシャほどじゃない。
だが、使徒と書いてある。
これはいったい、どういうことだ?
使徒ってなんだ?
「あんたがユキトか。悪いな。俺の連れが迷惑をかけた」
「このユウヤさんが一緒にユキトを探してくれていたんですよ」
「なるほど。ソフィアを連れてきてくれたんだ。助かったよ。ソフィアは世間知らずだし、苦労しなかったかい?」
「まぁ、ちょっとな。そっちの苦労に比べたら雀の涙みたいなもんだろうよ」
「うん、まぁそうだね……君の連れは非常に衝撃的だった」
万感の思いを込めて呟くと、エルトリーシャが抗議の声をあげてきた。
「私が人に迷惑をかけているみたいに言うな!」
「掛けてるだろうが! 現に今!」
言いながらユウヤは腰の剣を抜く。
見れば周囲を二十人以上のゴロツキで囲われていた。
全員が武器を抜いている。
「一人で平気か?」
「もちろん。お前は手を出すなよ。目立つし、加減が下手なんだからな」
そんなことを言いながら、ユウヤは小さく強化とつぶやいた。
その瞬間、ユウヤの戦闘力は100近くまで跳ね上がった。
おいおい、マジか。
やっぱりこの世界は魔境なのかもしれない。
ユウヤは巧みな剣技と桁外れの膂力でゴロツキを一人一人手早く気絶させていく。
数分もしないうちに周囲の敵は全員、地面と抱擁していた。
これは戦闘というよりは鎮圧だな。
「見事だ。褒めてやろう」
「そりゃあどうも。けど、褒め言葉はいらんから迷子になるな」
疲れも見せず、ユウヤはエルトリーシャと軽快に会話する。
気が置けない間柄というべきか。二人の間には強い絆を感じる。
特にエルトリーシャは俺としゃべっているときよりも、何倍も楽しそうだ。
「そっちの金髪がユキトの探し人か? ずいぶんと美人だな。地味なユキトとは大違いだ」
「ああそうだな。ガサツな誰かさんと大違いで、ソフィアさんといると安心できるよ。まず迷子にならないからな」
「それはどういう意味だ? 私に喧嘩を売っているのか? いいぞ、相手になるぞ? なにで勝負する? 剣か、それとも盤上遊戯か?」
「どっちもごめんだ。お前に付き合うと疲れる」
本当に疲れた表情を見せながら、ユウヤはつぶやいた。
なるほど、エルトリーシャのあしらい方を心得ているな。
ちょっと参考になった。
そこで俺の耳にどこからともなく声が届いてきた。
『そろそろいいか? 人気のないところに行け。私が扉を開く』
それはレルファの声であり、同時にこの世界への滞在が終わる合図だった。
「ユキト。付き合わせたお礼がまだだったな。一緒についてくれば美味しい夕食をごちそうするぞ?」
「ありがたい申し出だけど、残念ながらもう行かないと。時間でね」
ソフィアにもアイコンタクトで伝えると、小さな頷きが返ってきた。
「そうですね。もう時間なんです」
「そうですか。残念Tですね。俺もお礼がしたかったんですが」
「すみません……」
「まぁ、お互いに探し人に会えましたし、良しとしましょう。またどこかで会えるかもしれませんしね」
「そうですね……。次はゆっくりとお話しをしましょう。ユウヤさん」
ソフィアもユウヤと別れを済ませる。
そして俺とソフィアはそそくさと路地裏へと移動した。
すると、いつの間にか目の前に黒い穴が出現していた。
「ソフィア」
その穴に吸い込まれる前に俺はソフィアに手を伸ばす。
帰りも万が一ということがある。
手を繋いでおいたほうがいいはずだ。
「はい!」
そんな俺の意図を察してか、ソフィアも笑顔で俺の手を取った。
その手のぬくもりに安堵を覚えながら、俺は深く落ちていった。
★★★
「ったく……お前は行くところ行くところで面倒事を起こさないと気が済まないのか?」
「ちょっと離れただけで大げさな奴だ。別に探してくれと頼んだ覚えもないぞ? 今回は優秀な荷物持ちがいたからな」
「じゃあ、次からユキトさんに頼んでくれ。俺はごめんだ」
ため息を吐きながら大通りを抜けていく。
俺の気のない返事にさすがのエルトも慌てたのか、俺の機嫌を取ろうとしてくる。
「ど、どうした? そんなに怒ってるのか? 私がユキトといたのが嫌だったか?」
「アホか。そんな理由で怒るか」
「む、それで怒らないのに別の理由で怒ってるのか?」
「あのなぁ、いつもなら別に構わないが、ここはマグドリアだぞ? 少しは慎重に動け。レグルスに反感を持つ奴らも多い。身元がバレれば大騒ぎだ。占領統治も難しくなる。わかるだろ?」
「それはわかるが……久々に羽を伸ばせて楽しかったんだ。そんなにグチグチいうことないだろ?」
機嫌を直せとばかりにエルトが俺の顔を覗き込んでくる。
青灰色の不思議な瞳がかすかに揺れている。
こいつなりに申し訳ないとは思っているらしい。
まったく。
「次にはぐれたら知らないからな?」
「おお! 許してくれるか!? そうだな! そうでなくちゃ! さぁ、ユウヤの機嫌も直ったことだし、露店制覇といこう!」
「まだ食うのかよ……」
呆れた食欲だ。
こいつの体のどこにそんな入るんだ?
あの胸か、胸にいってるのか?
人体の神秘に驚愕していると、串焼きが俺の目の前に差し出された。
それはエルトが差し出したものだった。
「なんだよ?」
「プレゼントだ。迷惑をかけたからな。だいぶ早いが、クリスマスプレゼントだ」
「クリスマス? どうしてお前がそんなこと知ってるんだ?」
「ん? ユキトの故郷の祝祭だって言ってたぞ。ユウヤも知ってるのか?」
それは俺にとってとても衝撃的な一言だった。
つまり。
ユキトは俺と同じかそれに近い存在ってことだ。
「マジかよ……なんてこった。もっと話を聞いとけばよかった……」
「なんだ? そんなに残念なら追いかけるか?」
エルトが心配そうな表情を浮かべた。
いつもは我儘な奴だが、本質的には面倒見がいい。
それがこういうところに現れる。
俺は軽く首を振って、串焼きを受け取った。
話を聞いたからってどうなるってわけでもない。
俺が地球の人間だったのは前世の話だ。
今の俺はここで生きている。
そしてここはそんなに嫌いじゃない。
それでいいじゃないか。
「いいさ。ありがたく受け取っておくよ。エルトのクリスマスプレゼント」
「うんうん、受け取ったな! お返しは必ずするんだぞ!」
訂正、やっぱり嫌かもしれない。
★★★
気づいたら俺の屋敷にソフィアも俺もいた。
レルファの姿はなく、俺の手には勝ち取った景品があった。
青い真珠というのはこの世界じゃ取れない。
まさしくオンリーワンの品物だ。
ソフィアへのプレゼントにはふさわしいだろう。
なにより、この真珠の色合いはソフィアの目の色に似ている。
直感だが、ソフィアが身に着ければとても似合う気がする。
気がするのだが……。
どう切り出すべきだろうか。
まずクリスマスの説明から入らないといけないし。
そんなことを考えていると。
「ふふふ……楽しかったですね」
「え?」
ソフィアは俺の手を取り、奥にあるソファーのほうへ引っ張っていく。
二人してソファーに座ると、ソフィアはニコニコと話を始めた。
「ユキトと会うのは久々だったので、色々とお土産話を用意してきたんです。けど、あんまり必要はなかったですね。ユキトと喋るのに、特別な話は必要ないみたいです」
「……そうだね。俺も正直、何から喋ろうかと悩んでたけど、必要なかったね」
言いながら、俺は自然と手に持っていた箱をソフィアの手に置いた。
「これは?」
「俺の故郷にはクリスマスっていう祝祭日があるんだ。親しい人に贈り物を送ったり、一緒に楽しい思い出を作ったり……それが今日なんだ。だからソフィアにクリスマスプレゼントだよ。喜んでくれると嬉しいんだけど」
やや照れが勝り、頬を右手で掻く。
すると、肩に重みがのっかってきた。
ソフィアが頭を預けてきたのだ。
「ユキトからの贈り物なら何でも嬉しいですよ。私は」
「それが一番困ったりするんだよね……」
「ふふ、困ってるユキトも新鮮です。次からも悩んでください。来年のクリスマスも期待してますね」
そういってソフィアは嬉しそうに青色の真珠を箱から出して手に乗せた。
その青さはまるであの世界で見た蒼天のようで……ソフィアに負けないくらい綺麗なものだった。
というわけでクリスマス特別企画!
軍師と使徒のコラボ小説でした。
こういう企画は初めてだったので、意外に苦戦しましたがなかなか楽しかったです、またやってみたいですね。
なかなか軍師も使徒戦記も更新できていませんが、気長に待っていただけると幸いです。
今のところ使徒戦記と僕の趣味もかねて新作制作を優先してますが、時間があれば軍師も更新していきたいと思っています。
では、みなさん。
メリークリスマス!