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066 ギルドシステム

忍者装束の若い女が倒れている。

ゾンビ化を逃れるためだろう。短剣がコメカミを貫いていた。


幹は一瞬だけ瞑目して、女の遺体を避けて走る。


「リン ビョウ トウ シャ カイ ジン レツ ザイ ゼン!」


右の手刀で手早く九字を切る。

左拳に巻きつけた数珠が淡い光を放った。




巫女の居る屋敷の前には、ワンレンゾンビが7体、ゾンビとなった里の女が5体。

戦っている忍者は4名。

そして、忍者の後方で、着物の女が弓を引いている。

里女ゾンビの遺体が、足元に転がっていた。


ワンレンゾンビは特別な調教を受けているのか、四つん這いで動きも速い。

里女のゾンビを前で戦わせ、ワンレンゾンビが隙をつくように左右から急襲を狙っている。


着物の女が、弓を射る。一体のワンレンゾンビの肩に命中した。

女は、弓の弦を指で鳴らした。ジャラランジャラランと里の夜に響いている。

射られたワンレンゾンビは、うつ伏せに倒れ、海老反りになって甲高い悲鳴をあげた。

肩の傷を押さえている。刺さった矢が、ワンレンゾンビを傷の中から焼いていた。


「誰か、あやつを仕留めよ!」

「朱姫様、私が!」

「真鳥か!」


真鳥が、ワンレンゾンビの背に飛び降り、忍者刀で首を斬り落とした。


「真鳥! 気をつけよ!」


残る6体のワンレンゾンビに真鳥は囲まれていた。

真鳥は高く飛び上がった。果樹の枝を掴み、身を揺らして包囲の外に飛び降りる。

だが、真鳥の軌跡を、そのままなぞって一体のワンレンゾンビが襲いかかった。


「くっ!」


爪が真鳥にかかる寸前、ゾンビの首に数珠が巻きついた。

強引に投げ倒されるワンレンゾンビ。

巻きついた数珠が首の肉を焼いている。ゾンビは首を手で押さえて悶えていた。


「和尚様!」


幹は、懐から短剣を取り出した。

柄頭に三鈷杵と同じ装飾がなされていた。幹の武器『倶利伽羅剣』である。

刃渡りは20cm。両刃。幹が使うのは短剣タイプだが、孔雀院には長剣タイプも収蔵されている。


「ノウマク サンマンダ バサラダン センダンマカロシャダヤ ソハタヤ ウンタラタ カンマン」


真言を唱えてから、幹はゾンビの胸を、短剣で撫でるように裂いた。

たったその一撃で、ワンレンゾンビは沈黙して地に沈んだ。

赤黒い瞳が死者の目に変わり、紫色に走っていた肌の血管が消えていった。


朱姫が続けて矢を放つ。

撃たれた4体のワンレンゾンビから、弓の音色が自由を奪う。

動きを止めたゾンビの首を、真鳥が素早く刈っていった。


地を這うワンレンゾンビが幹に襲いかかる。

摑みかかる腕に数珠を巻きつけ幹が一歩下がると、ゾンビが前のめりに体制を崩した。

そのままゾンビの頭頂を軽く短剣で斬りつけると、糸が切れたようにうつ伏せに倒れ込んだ。




幹は、二体を倒す間も、里女ゾンビと戦う忍者から目を離していなかった。

里女ゾンビはすべて沈黙していた。切断された頭部が転がっている。

一人の忍者が自らの眉間に忍者刀の切っ先をあてがっていた。


「待て!!」


幹は、自害を止めようと叫ぶ。

忍者は覆面で顔を隠しているが、その瞳には涙が溢れていた。


「お嬢ちゃん、早まっちゃいけねー」


忍者刀の切っ先を握る翔一。幹も、彼の接近に気付いていなかった。


「津神、遅いぞ!」

「ゾンビくらい、お前がいればどうにでもなるだろ」


「し、死なせてください」

「「ダメだ!」」


忍者の懇願に、翔一と幹は声を合わせて否定した。


「巫女の気が、この周辺を覆っている。呪いが効いていないわけではない。だが、ここなら、ゾンビ化するまでに時間がかかるはずだ。解呪できる。傷を見せてみろ」


「そ、そんな。では、自害した仲間たちは。。。」

「オン アボキャベーロシャノウマカボダラマニハンドマジンバラハラバリタヤ ウン」


幹は、傷ついた忍者の腕を取り、印を組み真言を唱え始めた。

翔一は、捻りとった忍者刀から手を離し、掌の傷を舐めている。

その様子に呆れた朱姫が、翔一に声をかけた。


「冒険者ギルドの力で、肉体の耐久力を上げているのか? とはいえ、素手で刃物を掴むのは、どうかと思うぞ」


「退魔師の朱姫か。乳首透けてるけど大丈夫? 俺がロリコンだったら、どうすんだよ?」


「っは! な、何を?! み、見たければ見れば良いわ!」


朱姫は、隠そうとした腕を引っ込めてから胸をそらした。

桃色の小さな花が2つ咲いている。唇を噛み、顔を赤面させていた。

ショートボブの女子中学生のように見えるが、朱姫は当時すでに成人している。

長襦袢のようなスケスケの白い着物に赤い帯をつけていた。


「普段から、そんな格好してるの?」

「じゅ、術を使う時だけじゃ。っく」

「津神様」


視線を遮るように、真鳥の忍者刀が翔一の目元に突きつけられた。





「呪いではない。巫女・澄子は毒に侵されておる」

「なら、俺の出番だな。ちょっと待ってろ」


里長の言葉に翔一が答える。


巫女の屋敷には畳が敷かれていた。その上に布団が置かれ、少女が寝かされている。

屋敷の土間は広く、里の生存者がすべて集められていた。

巫女の気を、ゾンビ化を防ぐ手段にするため、忍者たちに集められたのだ。

真鳥含む忍者たちは、屋敷の外で警備をしている。


「朱姫よ。呪術師を手引きしたのは、お主だな」


里長が朱姫に問う。翔一は、再び機器を取り出して、カチャカチャやっていた。


「里長。許せとは言いません。この詫びは、私の命で償います。そんなもので足りるとは思っていませんが」

「まったくじゃ。8名もの里の女が犠牲になった。幹和尚様がいらっしゃらなければ、全滅もありえただろうよ」


頰を赤らめて見つめる里長から、あわてて視線をそらす幹。

逃げるように、作業中の翔一に声をかける。


「ただの呪術なら里人でも時間をかければ対処できたはずだ。『解析』で、巫女の病状を調べらるんだろ?」

「これはサソリ種の魔物毒だな。これなら冒険者ギルドで、抗体が手に入る」

「魔物だと?!」

「まぁな」

「呪術師が魔物を使役しているのか?」


ゾンビや悪霊といった怪異を、冒険者ギルドでは魔物と同等に扱っている。

だが、退魔師や呪術師の業界では違った。

ゴブリンなどの魔物を、別種の生態系の生物のように考えているのだ。


「呪術師が、魔法を使う時代か」

「今の日本の呪術師は、闇系ギルドシステムを使っている。それは、イコール、魔術の系統に組み込まれたってことさ」

「まったく。伝統文化の継承をどう考えているのか」

「ぷ。それ、ギャグで言ってんの?」

「西の退魔師に近づく冒険者ギルドが、お前と同じ認識だとすると頭痛がしてくるぜ」


中世欧州の魔術師たちが、現在のギルドシステムの根幹を作り上げたと考えられている。

ゴブリンなどの魔物の多くは、魔術によって異世界から召喚された者の子孫であった。

ダンジョン発生は、過去に魔法による争いが世界規模で行われた影響だと考える研究者も多い。


「カバラの神秘を紐解く数秘術は、科学と相性がいい。コンピューターの発展が、そのまま魔術の発展になっているか」

「さてね。俺に聞かれてもな」

「すべての神秘を魔術に取り込んで成長したのがギルドシステムだろ」


「これから、もっと便利になっていくんだ。この流れは止められない。そのうち、お前みたいなフリーの拝み屋の出番はなくなるぜ」


国家や軍に管理されていた陰陽術や密教の秘術は、戦後にその枷から解き放たれた。

元々、管理下になかった勢力も台頭する。そして、海外から闇系ギルドシステムも持ち込まれた。

日本の行く末を案じた者たちにより、冒険者のギルドシステムが海外から取り入れられる。

弱体した国に代わり、治安維持を国民の有志に任せたのだ。


「ナチスの遺産に頼ることになるとは」


朱姫が口を挟む。翔一は答えた。


「先人が戦いの中で、システムを奪い発展させたのさ」


「冒険者だけが正義。冒険者のそういう言い分が気に入らないのよ。日本には日本のやり方があるわ」


「冒険者ギルドが、すべての異能と、すべてのギルドシステムを吸収統合すれば、国家間の戦争に異能が使われることはなくなる。俺が望むのはそれだけだ」


翔一のこの言葉を、幹は何度も聞かされていた。


戦時中、連合軍の空襲と同時に大量の魔物が東京に解き放たれた。

戦後、荒廃した東京で魔物により家族の命を奪われ、孤児となった者は少なくない。

翔一もその一人である。

彼は、戦災孤児の中で育ったのだ。

そして、瓦礫に隠れて過ごす彼らを、魔物は容赦なく襲った。


『冒険者ギルド』は国家に組みしない。そして国家間の紛争にも一切の協力をしない。

冒険者のギルドシステム発展に関わった魔術師たちの願いは、そのままギルドの掟になった。


それは、国政に関わることが許されなくなった高貴な者にとって、自らが関わることのできる唯一の手段だと思えたのだろう。

正規軍の放棄を日本が強いられたのも、冒険者ギルド台頭に拍車をかけることになる。


「俺は、冒険者ギルドの味方をする気はない。だが、反魂の術で死者を弄ぶ外道がいるのも事実だ。奴らを組織ごとぶっ潰せるのは、冒険者だけかもしれんな」


「そ、それは」


朱姫は、山窩の一族であった。巫女の里とも縁は深い。


「呪術師どもと手を組んだのは間違いだった」

「ならば、死んで詫びている場合ではないな。仲間を説得すべきじゃないか?」


「そうじゃな。朱姫よ。お主の死は、呪術師どもを滅するまで赦さぬ」


里長は朱姫を睨みつける。同意を求めるように幹を見つめた。

頰に朱がさし、瞳が潤んでいる。そのまま幹にしなだれかかった。


「さ、里長? えっと巫女様の前ですから、そういうのは」


「では、場所を変えれば問題ないと? 真鳥! 奥に布団を!」


「はっ!」


突然に姿を現した真鳥は、なぜか布団を両脇に二組み抱えている。

翔一を熱い目で見つめていた。


「真鳥ちゃん。そういうのは、もう少し後でな。今から、巫女に抗体を飲ませるから」


翔一は、真鳥を引き寄せて唇を合わせる。

真鳥は、布団を手放し、赤面した顔で呆然とへたり込んだ。

土間の里女たちがざわついている。


「和尚様。私たちも!」

「オン キリキリ オン キリキリ オン キリウン キャクウン」

「あ、う、動かな。。。私のファーストキスを奪ったお方。。。」


里長は、幹に飛びかかる途中で静止する。老婆には辛そうな姿勢だった。


翔一は、ポケコンから取り出した小瓶を、巫女・澄子の口に含ませた。

血の気が失せた頰に、液体が伝って溢れる。

ごくっと喉を鳴らせて、澄子は抗体の入った薬液を飲み込んだ。


「これで、毒はもう大丈夫だろう。次は、回復魔法をかける。巫女ちゃんに毒を盛った方法も調べないとな」



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