058 激突!(壁に)
パリィは、捌きが上手く出来ていれば自動で発動する。
決まれば重心を崩した敵に痛みを伴った痺れが発生するのだ。
痺れにより、踏み込んで堪えることが出来なくなった敵が重心の崩れた方向に倒れたり、武器を放り出したりといった結果に繋がる。
柔よく剛を制すタイプの返し技なため、力みのない攻撃への捌きにパリィは発動しにくい。
さらに重心が崩せないほどに安定した相手の場合は、自爆になってしまう場合もあった。
失敗した場合、痛みと痺れは、パリィを撃った者にも分散して跳ね返ってくる。
アンヌ戦では、アンヌ7割程度、俺に3割程度と痛みと痺れが分散していた。
北条との第1戦では、北条4割、俺6割って感じだと思う。
パリィは、捌きの技術の練度に左右されるスキルなのだ。
『力任せに攻撃してくるゴブリンなら、良い練習相手になりそうだ。重心の安定したオーガは、ちと面倒かもな。決まるだろうが、今のお前だと自爆ダメージがありそうだ』
うーん。また、ダンジョンにでも行きますかね。4層の奥も気になるし。
「きええええ!」
北条が袈裟懸けに斬り込んでくる。袈裟懸け? 剣道じゃないの?
俺は予想外の攻撃に反射神経だけで避ける。
左に小さく跳ねて避けた俺を、逆袈裟斬りが襲った。
さらに飛び下がって避ける俺の胴に火花が走る。竹刀の先端が胴の表面を削っていた。
「避けるなぁ!」
「北条さん、もう剣道やる気ないよね」
「竹刀剣道は、実戦の立会い感を研ぎ澄ませるための物です」
「得点方式のスパーリングみたいなもんか」
「剣道の高段者が真剣を持てば強い。他我の剣先の届く間合いが身に染み付いてるからです」
「なるほど」
「真剣剣術も学んでいれば尚更に」
北条は、剣術だけではなく、冒険者として得た力も強い。
強化された膂力で振るう高速な剣は、オーガであっても容易く避けるのは難しいだろう。
『驚いたな。北条も、それなりの戦士だぜ。あれで女に弱くなければな』
銃を使った攻撃もできるし、仲間の指揮も出来る。たいした人だよ。
俺は、パリィを決めるのを諦めていた。
第2戦が始まってから、何度も北条の攻撃を受けているがマトモに捌けていない。
攻撃が速く威力があるため、ただのガードにしかならなかった。
両手持ちの剣撃を片手でガードすれば、こちらの体制を簡単に崩されてしまう。
そのため、出来る範囲で避けることを専念していた。
踵を地に付けずボクシングのような軽いフットワークを心がけている。
北条に疲れが見えてきていた。小さく肩で息をし始めている。
そして、竹刀を持ち上げ、顔の右横に垂直に構えた。八双の構えである。
距離を取った俺を待つ気のようだ。
俺は、距離を維持したまま、北条を右回りで旋回を始める。
北条は、前に出した左足を俺を追うように前に出して、少しずつ距離を縮めようとしていた。
俺がフェイントで前に出ると、北条は剣先を下げて隠すように右腰に構え直す。脇構えである。
ジリジリと少しずつ、互いに距離を縮めていく。
北条の摺り足は、アンヌに比べて動きが分かりやすい。踏み込みの違いだろう。
だが、その踏み込みによるフェイントを何度も織り交ぜてくる。厄介だ。
俺は、完全にタイミングを見失っていた。
フェイントに釣られ、足を小さく揃えて止まってしまう。
そこを北条の横薙ぎの斬撃が狙って放たれた。
柄頭を左手だけで握り腕を大きく伸ばしている。竹刀は鞭のように大きくしなって見えていた。
俺は脇を締めて中段で竹刀を迎撃する。
『ガードの瞬間、左膝の力を抜け。木野の膝抜き歩法のコツだ』
ちょっ、そんな突然!
竹刀とトンファーが接触した瞬間、俺は前に出していた左膝の力を抜いた。
竹刀の持ち手に向かって小さく接触面がスライドした時、ギッと短い衝撃が左腕に走った。
竹刀が手から離れて北条に向かって飛んでいた。
それを北条は顔面の直前で受け取る。空いていた右手で竹刀を握って受け捕ったのだ。
俺はハンマーを振るうように短刀の剣先を北条の持つ竹刀に向けて振るう。
グシャっと竹刀が壊れる感触が伝わる。割れた竹材が飛び散った。
「待てっ!」
北条が叫んでから、後方へと飛び下がった。
竹刀を横にして持ち、ブンブンと振って見せてくる。
結ってあった紐が切れ、膨らんだ竹刀がだらしなくしなっていた。
竹材が数カ所割れ、振るたびに形が崩れていく。
「今のパリィで竹刀が壊れました。交換します」
北条は、左腕をぶら下げるように垂らしたまま美杉の元に向かった。
今の受け、パリィが決まったんだな?
『お前が足を揃えた瞬間、北条は強い攻撃でお前のバランスを崩そうとした。その後の連撃で滅多打ちを狙ったんだろうな』
それは、分かる。あの受けはどういうことだ?
『左膝を抜いたせいで、あの瞬間だけ、トンファーにはお前の全体重が乗っていたのさ。奴は倒れかかる重量64kgの木材を、片手持ちの剣先で止めようとした。無理だろ、そんなの』
なるほど。それで、北条さんの重心がおかしくなってパリィが発動したのか。
『木野の歩法の基礎を、たった一戦で身に付けたお前はセンスあると思うぜ。さすが俺と同一人物だ』
北条が戻ってきた。
左手の痺れを確認するように手首を振っている。右手には木刀が握られていた。
「美杉さん、北条さんを回復させたでしょ? ずるいなぁ。それに木刀って」
「ふふっ、お前も必要なら回復してやるさ。即死すんなよ」
「こわっ」
「その木刀は、お前のトンファーと同じ木材だ。龍神村の黒樫。なんか問題あるか?」
「ちっ、こっちは防御にしか使ってないのに」
「ふん。さっきのパリィは立派な攻撃だぜ。あんなの使われりゃ、冒険者用の特注竹刀が何本あっても足りねぇ」
北条が会話に参加する。
「津神さんの反射神経は、私の読みを上回っているかもしれません。『観見の目付』でも、今のパリィは予測できませんでした」
『そりゃ、そうだ。あのパリィは、お前自身が理解できてなかった技だからな』
まぁね。用意されてなかった技を読むことはできないわな。
「まだ、隠している技があるはず。それを引き出すまでやめませんよ」
「そうだな。俺にまで隠しているのは気にくわねぇ」
北条の言葉に美杉が同意する。
「正直、ジリ貧です。体力的には、まだやれますが、あのまま続けても疲れるだけですよ」
『観見の目付』を用いた読みを、俺は即応能力の向上で得られた反射神経だけで対処していた。
ギリギリで躱す。それも繰り返せば、北条の読みの精度が上がるだけである。
俺は、北条から距離をとって向かい合う。だいたい10mくらいだ。
途中、床に転がしていた面を取ってかぶった。
「北条さんも面をかぶってください。これから出す技は、まだ練習中です。正直、どうなるか俺にもわかりません」
「え? ちょっ。わかりました。待ってください」
「やっと、アレが見れるのですね。ワクワク」
アンヌが瞳を輝かせて俺を見ていた。生涼と俺の会話を聞いていたのだろう。
俺は腰を落として姿勢を低くする。
脳内で「縮地」の発動を念じると、奥歯にスイッチのような物が現れる。
実際にスイッチがあるわけではない。イメージが具体性を持って存在する感覚である。
「こっちのタイミングで行きますから、すみませんが適当に合わせてください」
「おいおい。なんだよそれ。まさか、縮地か?」
「え? 美杉さん知ってたんですか?」
意外にもネタバレは美杉から行われた。アンヌが正解を教えちゃうし。
それに北条が続けた。
「縮地といえば、猫下さんか、天童さんですね。あんな慎重に構えている姿は見たことがないですよ」
「縮地は即応能力を上げて、脳神経伝達速度のクロックを早めないとズッコケまくるんだ。涼だと、スキルの取得ができても即応能力はギリギリだな」
ば、バレてる。
『かまわねぇ。やっちゃえ』
お、おう。
「えーと、じゃあ、縮地いきまーす」
俺は、奥歯のスイッチをかみしめた。
北条は正眼の構えを取って待ち受けている。剣先がわずかに上下していた。
アンヌの喉から、唾を飲む音が聞こえた。
美杉が腕を組んで、こっちを見ている。
『で?』
生涼が余計な合いの手を入れる。だが、俺は動けない。
「涼、ビビってんじゃねーぞ」
「いやいや、これから普通に一歩踏み出すだけで、すげー進んじゃうんですよ。ビビりますって」
ここからは普通に歩くだけなのに、3歩で10mも進んでしまうのだ。
目の前に人がいる、気楽に動けるわけがない。
「津神さん、こちらは準備ができてます。いつでもどうぞ!」
「ぎゃ、逆にやりづらい!」
俺は、静かに右手を上げた。陸上競技の「行きます」気分だ。
ゆっくりと足を上げて下ろす。
「ぐわぁぁぁぁぁ!」
ものすごい勢いで風景が流れていく。
北条は手を広げて木刀を持ち腰を引いてビビっている。
2歩目を踏み出したとき、俺は迷った。止まりたい。
3歩目を戸惑ったままリズムを崩して下ろすと、足の裏がズルッと滑った。
流れる風景が回転する物に変わる。
「うわっ!」
俺は頭から北条に突っ込んでいった。
「さすがだな。2人とも頑丈で良かったよ」
気づくと、俺は闘技場の床に倒れていた。
「北条を巻き込んで壁に激突しやがって」
「壁に跳ね返されて、北条さんは気を失ったままですわ」
「勝った!」
『それでええんか?』
俺は、アンヌが用意してくれた水を飲む。
床に座ったまま北条を見ると、彼は大の字になって床に倒れていた。
「さて、じゃあ、どうやってDランクごときが『縮地』なんて高コストスキルを手に入れたか教えてもらおうか?」
美杉が腕を組んで俺を睨んでいた。




