057 パリィ
試合を申し込まれた俺は、闘技場に用意された防具を選んでいる。
アンヌの道着と防具は自前で用意した薙刀競技用の物で、よく見ると剣道の物とは違いが多い。
北条は、すべて闘技場で借りた剣道用の物だ。
闘技場の床はコンクリートで、全員スニーカーを履いている。
袴にスニーカーが冒険者の流儀らしい。俺のトレッキングシューズも問題はないだろう。
道着など着慣れない俺は、Tシャツとミリタリーパンツの上に日本拳法用の防具を着ける。
突きへの備えが不安だが、動きを阻害されるよりはいいだろう。
グローブは総合格闘技用のパンチンググローブを選んだ。武器を握る必要があるからだ。
小太刀術の短い竹刀を右手に持ち、左には防御を兼ねたトンファーを持つ。
「ホントにスキルを使っていいんですか? 北条さんはスキル使用無しだったでしょ?」
「むう」
「私は、『見切り』を使いました。BがCランクを相手にするんだからハンデを負うのは当然だって、北条さんが言ってくださったので」
「む、むむう」
「じゃあ、俺はDだから使っていいんだ。助かるなぁ」
「えと、津神さんは別というか」
「いいに決まってますわ。ね? 北条さん?」
「む、むうう」
北条は、アンヌ相手にカッコを付けようとしたのだろう。
とはいえ、スキルを使うアンヌと互角に戦い、最後には圧倒したのだ。
Bランクは飾りではないのだろう。
三雲紗希子戦の不甲斐なさは目を瞑ってやろう。
誰だって、DT喪失がアレなら精神的ダメージがデカすぎる。
「北条さんが黙ってしまったので、私からお願いしますね。津神さん」
「えと、アンヌさんとの場合はスキルは?」
「私は使いますわよ。津神さんはご自由に」
闘技場中心付近で相対する俺とアンヌ。彼女の立礼を真似て、俺も頭を下げた。
「涼、お前、そのトンファーでアンヌ君を殴るつもりじゃないだろうな?」
「え? これは受けに使うつもりなんですが? ダメかな? どうしよ」
「はじめ!」
美杉に話しかけられ、戸惑っているうちに試合開始の号令が出る。
俺が気づいた時には、薙刀の切っ先が首元直前にまで迫っていた。
とっさに右手の竹刀で弾く。高速に引っ込んだ薙刀が再び顔面に向かって突き立てられた。
それを避けると同時に、俺は後ろに向かって飛び下がる。
「ちっ。予想以上に反応がいいな。とっさの後ろ跳びで3mは飛びやがった」
「美杉さん、あんたどんだけだよ」
『惜しい! 「見切り」があっても、奴の動きに完全に反応するのは難しいだろう。かい潜られないように低い位置を狙おうぜ。常に涼の股間に向かって構えるんだ。潰してやれ』
「ちっ。生涼もアンヌさんの味方か。薙刀は試合で股間攻撃OKなの?」
俺はトンファーを長く持ち変える。小太刀の竹刀も手を下げて低く構えた。
上半身への攻撃は、反射神経だけでも避けられると踏んだのだ。
『なんだその猿みたいな構えは?』
「うるせえ」
俺は、木野の足さばきを真似た歩法で前に出る。膝の力を抜いて前進する歩法である。
慣れるまで身体が上下に揺れるのを止められなかったが、今では直進くらいなら問題はない。
『脚を払うな。涼はパリィを狙ってる』
俺は冒険者ギルドアプリで、スキル「パリィ」を稼働状態にしてある。
スキル「縮地」はOFFにしてあった。「縮地」は使いこなすのが難しい。
いつもの公園で試しに使ってみたが、何度も盛大にずっこけてしまった。
使わないとレベルも上がらないので、こういう機会で使うべきなんだけどね。
なぜ、Dランクがコストの高いレアスキルを持っているのか聞かれるのも面倒だったのだ。
俺がアンヌの間合いまで入ると、小手を狙った横薙ぎが襲ってくる。
一歩下がって躱すと股間を狙った突きに変化した。俺は、さらに下がる。
それ、反則じゃねーの?
俺を追って大きく横薙ぎが右から襲う。竹刀で捌くがパリィは不発した。
アンヌの左右に身体を入れ替えての連撃。力みのない舞うような攻撃だ。
俺のパリィは、最初からことごとく不発している。
それでも、俺の左右の捌きによって、わずかにアンヌの重心が崩れだしていた。
アンヌは、流される身体を力任せに踏み留める。その力を利用して、鋭い突きを繰り出してきた。その突きを、俺は短く持ち直したトンファーで内側から外側へ叩きつけるように弾く。
一瞬だけ、痛みに近い刺激がトンファーを持つ左手を襲った。
薙刀がアンヌの手を離れ、激しく振動しながら飛んでいく。
床を跳ねる音を聞きながら見ると、腕を押さえたアンヌが苦悶の呻きをあげていた。
パリィが決まったのだ。
俺を襲った一瞬の痛み、その数倍のダメージがアンヌを襲ったのだろう。
「待て!」
「無手のアンヌさんに攻撃しませんって」
美杉が鬼の形相でアンヌの前に立ちふさがった。今にもかかってきそうである。
「アンヌ君、薙刀を拾いなさい」
「いいえ。私はもう大丈夫です。これ以上やっても、パリィの練習台にされるだけですわ」
面を取りながらアンヌは言った。
アンヌが頭を振ると、黒髪と汗の雫が宙を舞ってきらめいている。
「涼、てめー。覚えてろよ」
『ちっ。つまんない男だ』
美杉と生涼が俺を睨みながら呟いている。
あんたら、どんだけアンヌびいきなんだよ。
「あの時、津神さんがいなければ、早田隊長が来てくれるまで、私はオーガの陵辱を耐えるしか出来なかったでしょう。孤門くんも高山さんも生きてはいなかったはず。遅くなりましたが、本当にありがとうございました」
「いやいや。俺はただ必死だっただけで。トドメを刺したのは孤門さんだし」
「うふふ。ずっと言いたかったの。津神さんから一本取れれば、オーガへの意趣返しにもなったんだけどなぁ」
「ちょ。勘弁してください。お願いだから」
「うふふ」
アンヌは、滲んだ涙を指でぬぐって笑っていた。
「くそっ。俺がその場に居れば!」
『くそっ。俺が生霊じゃなければ!』
ちなみに、美杉に生涼の言葉は聞こえていない。
なんなんだろうね。この2人。なんで息があっているのか。
「パリィは受けと捌きの技術を磨かなければ取得できないスキル。短い冒険者歴で、よくぞ取得されました。合気道などと同じで、受ける攻撃の力を反射するように敵に返す能力です。突き以外で失敗が多かったのは、アンヌさんの力みのない薙刀の扱いが原因でしょう。相性が少し悪かったようですね」
「なるほど。さすが北条さん。分かりやすいです。ありがとうございます」
「では、私はあえて全力で行きましょう。私の剣にパリィを合わせられたら一人前ですよ」
北条は面を外したまま、俺に向かって構えた。
正眼の構えである。切っ先は、俺の顔面に向いている。
「ちょ、さすがにそれは。舐めてませんか? 俺を」
「津神さんの即応能力は、おそらく私より上だ。邪魔になる物を付けていては戦えない」
半眼で一点を見つめる北条。目線を一切動かさず、頭部を小さく動かして俺の動きを追っている。
じわじわと溢れ出す闘気が、アンヌとの対戦で見せなかった気迫を感じさせた。
「ふっ。私が使うのは、超レアスキル『観見の目付』。『見切り』の上位スキルと誤解されることは多いですが、次の一手を高確率で予測するだけの『見切り』とは違い、敵の心理状態や、視界内の時の流れまで把握できるスキルです。近接戦闘から、遠距離射撃にまで利用できる。あなたが、次に言いたいことまで、私には分かります。『Dランク相手に、結局スキル使うのかよ!』と、こう言いたいはずです。違いますか? ふっふっふ」
「分かってるなら、やめればいいのに」
『どうしても負けたくないんだな』
俺の素直な感想であった。
北条は静止して構えを崩さない。表情は感情を無くしたかのように無表情に思えるが、赤面しているのは、恥じているからだろうか?
「それ使えるなら、もっとモテそうなもんだよな」
「あら、そうなんですの?」
「合コンでも使えるらしいんだ。場にいる女心の移り変わりを把握できるらしい」
「あら、ちょっとひきますわ」
美杉に答えるアンヌの感想は辛辣だった。
「津神さん、その話は言ってはいけない。ダメ、ゼッタイ。約束ですよね!!」
俺が言いそうになったのは、北条が三雲紗希子の変装を見破れなかった件についてだった。
「はぁ。すみません」
「怖い。津神さん、口が軽そうで怖い!」
「言いませんって、ただ」
「津神さん!」
マズイマズイ。童貞卒業について言葉が出そうになってしまった。
「私は、御室さんのように普段からスキルの常時使用なんてしません。スキルに頼りすぎてしまっては、基本戦闘力が落ちてしまいますからね」
「合コンで使えるらしいですよ」
「そのあたりの話は初耳です。後で、その件で津神さんに相談させてください。困った時の津神さん」
「女の子を集めるアテなんてないですよ」
「ご冗談を」
アンヌから俺への感謝の言葉を思い出したのか、北条の目つきが変わる。
静止したまま動かないが、闘気だけは俺に吹き付けるように向かってくるのを感じた。
煽られるように俺の気も高ぶっていく。
俺は、面の中から北条を睨みながら構える。
両者同時に立礼を行なった。
「はじめ!」
美杉が叫ぶ。
俺は、力みを取るように全身を震わせてから、フットワークを始める。
さて、Bランクとは、どれほどのものか? 試してやろうじゃねーか。
北条は力強いすり足で数歩進んだ。
俺はオーガ戦の時のように、左右に身体を動かす。待つべきか攻めるべきか。
北条は力強く踏み込んで、俺の顔面に向けて切っ先をただ突きつけた。
左のトンファーで内から外に弾く。「パリィ」が発動する。
激しい痛みがトンファーを通して腕に伝わった。
左腕全体に重い衝撃が走った。強い痺れにトンファーを手放してしまう。
動かない左手に気をとられた瞬間、上段に構えられた竹刀が俺に振り下ろされるのが見えた。
「一本!」
面を打たれ、俺の視界に火花が舞う。
気づくと俺は尻餅をついていた。
北条は、竹刀を手放して両掌を揉むようにこすっていた。
「今のは? 北条さんのパリィですか?」
「違いますよ。私はパリィを使えません。ただ、来るとわかっているパリィなら、返し方があるのです」
「それも、スキル?」
「違います。パリィは敵の重心を崩すことで効果を発します。パリィを行なった相手の重心が崩れなければ、そのダメージは本人に帰ってきます。私は正眼の構えの基本を忠実に行なっただけですね」
「そんなことが」
「私の誘いに乗って、安易にパリィを出した津神さんの負けです。津神さんがパリィの熟練者なら、こうは行きませんよ。そもそも、熟練者なら、あの状況でパリィは使わないでしょう。アンヌさん相手に、何度も不発を起こし、成功しても自身の腕に衝撃があった。違いますか?」
「その通りです」
「もっと訓練が必要ですね。今日は良い経験になったはず」
「はい。ありがとうございます」
俺は立ち上がって、北条の小手を握って握手をした。
美杉が近寄って来る。笑顔だった。
「2本先取で勝負を決める。まだ、やるだろ。やらんとは言わせんぞ」
『いい機会だ。次は「縮地」の練習もさせてもらえ』
了解。
「いいですか? 北条さん」
「くっ。勝ち逃げできると思ったのに」
俺は自分の面を外して床に放り投げた。
『いい度胸だ』
「緊張感が必要だよね」
笑顔の俺を見て、なぜか北条は残念そうに顔を歪めていた。
ワクワクしてきたぜ。




