050 あぶない紳士刑事(デカ)
夕方になり、俺は都心の高級マンションの地下駐車場にいる。御室と2人で。
「すげーな。ベンツがいっぱいじゃん」
「津神、ほらマセラティのコンバーチブル」
「ヒェェ。これ、2000万はするんじゃないの?」
『なぁ。俺、カオルとチャットの続きがしたいんだけど』
「いいなぁ。俺も車買おうかなぁ」
「津神なら、こんなかのどれにするよ?」
「うーん。あっちのポルシェがいいかなぁ」
『なぁ、遊んでるなら帰っていい?』
買えもしない高級車で盛り上がっていると、生涼の不平がうるさい。
生涼は、地下駐車場のエレベーターの前に立って、ある人物が出てくるのを監視していた。
俺と御室は、特に隠れもせずに時間を潰している。
「で? 状況は?」
「数台の車に分かれて潜んでるのが、男3、女1の4人」
「さすが、知覚強化(中)、こういう時は便利だね」
前回、公園で盗賊ギルドと相対した時を思い出す。人混みを修羅場に選ぶ奴らのやり方はわかっていた。
盗賊どもと正面からぶつかるなら、あえて人のいない場所で戦えばいい。索敵が得意な味方がいるなら、なおさらだ。
この場にいるのは、俺たちと車に潜む盗賊たち。他には、少し離れた場所にいる作業服の清掃員1人だけである。
「で、三雲の孫娘ってのは、やっぱいい女なんだろ? 楽しみだなぁ」
「そりゃあもう、とびきりのな。だが、俺は興味がわかない」
「おっ? そりゃまた、珍しいことで」
「あんなの、飛びつくのは童貞だけだっての。まぁ、津神は危ないかもな。ちょっと前まで童貞だったし。大人の俺は、深ーく人の内面を見てるから」
「お前の場合、内面ってより、内臓だろ。主に子宮周辺の」
いちいち、童貞呼ばわりする御室の言葉には反応をしてやらない。
こいつによると、北条警視やその部下の警察官冒険者たち全員が童貞だと言う。学歴コンプレックスがあるらしい御室は、そんなくだらないことでマウンティングをしたがるのだ。俺も二流とはいえ、大卒だしね。
まぁ、御室が、どこまで本気で童貞呼ばわりしているのか、わからんけど。
『そんなことより、木野にもらった対魅了薬は飲んだんだろうな?』
「あぁ、バッチリ賢者だぜ」
「紳士と言いなさい」
木野が送りつけてきたアプリの中には、様々な魔石が収納されていた。
今回は、その中の1つに入っていた「対魅了薬」を、俺と御室は飲んでいる。
木野がこれを用意してくれた理由は、俺と盗賊どもとの戦いをエルから少しは聞いていたからかもしれない。
違うか、エルに欲情した場合に、これを飲んで自制しろってこと?
信用されてないなー。
「来たな」『来たぞ』
御室と生涼が、エレベーターの到着を同時に告げた。
「ちっ。やっぱり北条さんが一緒にいる。あー、もう、やっちゃった感じだなぁ」
『チューしながら、北条をモミモミしてるのが、三雲の孫か? すげーいい女だな。しかも痴女。御室に教えてもらってなきゃ、見てるだけの俺も反応しちゃうところだったぜ』
生涼が内部を覗いて、三雲と北条の状況を伝えてきた。モミモミ、モミモミ。
チン!的な到着音が響いたあと、エレベーターの扉が開いた。
チンで開いた後、モミモミされながら足踏みして身悶える、腰を引いた北条が俺の目に映った。
そして、モミモミしながら、北条の頭を抱き、俺たちを見つめて妖しく微笑む美少女・三雲瞳。
三雲瞳はモミモミをギュッに切り替えてモミモミを止める。
モミモミがギュッに切り替わって驚いた北条は、ようやく状況を理解したようだった。
「お、お、お、御室さん? いやこれは。えと、えーと、お、御室! なんの用だ?! 貴様、こんな場所で何をやってる! はん!はうぅぅぅ!」
突然、北条は、その場に崩れ落ちた。三雲瞳が、ギュッから、サワサワ〜に切り替えて指を離したかららしい。
「御室さん、見ないで」
「北条警視。。。」
北条は、前かがみでビクビクしながら、エレベーターから出てくるが、俺はとりあえず無視した。
「この前の制服のおまわりさんじゃないですかー? 待ち構えてるって情報があったから、誰かと思っちゃった」
三雲瞳。盗賊ギルド東京支部の首魁・三雲沙希子の孫を名乗る美少女が、御室へと挑発的な視線を投げかけた。
モミモミしていた指先を鼻にあてがって嗅いだあと、モミモミの名残りを赤い舌で舐め取る。
しかし、そんなにすごいモミモミなのだろうか?
どうせモミモミするなら、お年寄りの肩や腰をモミモミしてあげればいいのに。
『モミモミはどうでもええねん!』
「あら、ふーん。面白いじゃない」
三雲瞳は気づいたようだ。俺と御室に魅了が効いていないことを。
魅了効果を含んだ妖気が、瞳の全身から噴出している。一歩動いただけで、香水の濃い香りと妖気が混ざって空間に広がっていった。
魅了に引き寄せらた北条が三雲の背後にたたずんでいる。
「三雲沙希子が、どうやってあの密室から姿を消したか? 俺にはわかっているんですよ。瞳さん」
「なんだと?! なぜ、前回に言わなかった?」
「はいはい。北条さんは、こっち」
「津神さん。あなたまで、どうして?」
御室に食ってかかろうとした北条を俺は止める。スーツの端っこをつまんで、御室から引き離した。ちゃんと触るのはバッチイ気がしたからね。
三雲瞳が、俺を見ている。すっと目を細めて彼女は、「津神?」と呟いた。
気づかれたか?
『おいっ。車に隠れてた盗賊どもが動くぞ!』
目があった御室が頷く。
スマホを操作しながら、現役アイドルのような笑顔と上目遣いのまま、瞳は御室に近づいてくる。
「そうなんですかぁ? 瞳、よくわかんなーい」
「三雲沙希子は、」
パシッ!
掌にキレの良い衝撃が走る。御室の首を狙った瞳の斬撃を、俺が手で受け止めたのだ。
瞳の攻撃は速い。だが、魅了が効いていない今の俺なら、どうとでもできるレベルだった。
「なっ?」
瞳は、目を見開いて俺を見ている。
指に力を込めると、枯れ枝を折るような乾いた音とともに、刃の突き出た扇子がひしゃげて折れ曲がった。
「やはり、津神翔一に縁のある者か?」
若さのないかすれた声で瞳が聞いてくる。
俺は覇気を噴出して問いに答えた。こういうのも、さすがに慣れたものだ。
御室も銃を抜いて、腰だめで瞳に向けている。
瞳は扇子から手を離して後ずさった。
『涼、黒い木刀の男だ。お前を後ろから狙ってるぞ』
了解。
振り返ると、間合いに入る寸前の剣士と目が合う。
俺は足首の力だけを使って、身体が前後に揺れないようにして前に出る。木野の動きを真似てみたのだ。
十分に振り切れていない木刀の一撃が俺を襲う。
俺は、トンファー術で鍛えた受け技を使い、素手で木刀を受け流した。
ガラ空きになった敵の胸中へと、突きではなく、掌底を打ち込む。
ボコッと防具の凹む感触が掌に伝わるが、それだけだ。今回は骨を砕いて、この男の内臓を破壊する感触はない。
浮いて離れようとする敵の体を、掌底を握りしめて捕まえる。
スーツの下のシャツが破れたが、そのまま引き寄せて、さらに後方にいた男に向かって投げつけた。
後方の男は針金状の武器を構えていたが、木刀の男とともに後方へと吹き飛ばされていった。
また、あいつの針金攻撃が見れなかったぜ。
ここまで、数十秒。
「何をやってるの?!」
瞳が叫ぶ。
彼女は、御室に近づきすぎたことを悔いているだろう。御室に向けられた銃によって動けないでいた。
俺は、Tシャツで隠していたヒップホルスターからグロック20を抜く。
倒れている2人のさらに後方にいた男と女に銃を向ける。
孤門の教えを1つずつ確認する。足を開き、軽く前傾、銃と両肩が二等辺三角形になるように、そしてグリップは両手だ。
「馬鹿ね! 撃てやしないわよ!」
三雲の叫びを、俺は鼻で笑った。
そして、地下駐車場に甲高い銃声が響き渡る。それはグロック20の銃声だった。
木刀の男と針金の男の膝を、俺が一発づつ撃ち抜いたのだ。
胸を締め付ける後悔が俺を襲う。
だが、俺は平静を装った。
公園での戦い。あの時、エルの出現に慌てた俺は、危うくも木刀の男を殺しかけている。
そして、その混乱が、エルの首を切り取る行動につながってしまったように思う。
この先、必要なら、また人間を殺してしまうだろう。
だが、殺さずにすむ最善を常に選んでいきたい。それが、どんな手段だったとしてもだ。
今、必要なのは、俺が素手でも殺さずに対処できる数にまで、容赦なく敵を沈黙させることだった。
「津神さん。なんてことを」
北条が呟いた。これで、俺の銃所持許可取り消しかもなぁ。
俺の銃所持は、対木野、対テロリストを想定したものだ。
盗賊との小競り合いで使って良いとは聞いたことがない。
「北条警視」
「な、なんですか? 御室さん」
「黙っててあげますよ。今回のことは特別に」
「はぁ? なんの話だ? 私がエレベーターで悶えてたことなら、えっとそのぉ」
「もっと、大変な事実があります」
御室が北条に語り始める。
「この女のことです」
「北条さん、私、この人の言ってることがわからない!」
「そ、そうだ。ただ駐車場に暴漢が現れただけ。御室さん、銃を向けるのはやめろ!」
「瞳さん、あなた19歳の割には、ずいぶん以前から生理が来ていないようですね」
「は?」
「俺のスキル知覚強化(中)を使えば、あなたの子宮がもう活動していないことなど、たやすくわかるのです」
「御室! 貴様! 瞳さんに向かって、なんて失礼なことを!」
俺は、御室に詰め寄ろうとする北条の前に立った。
どうでもいいことではあるが、変態探偵御室の謎解きは聞いてあげたい。
もう二度と、こんな活躍はない気がするから。
「10代後半、大人になろうとする少女たちの秘密の花園。そこにある神秘を俺は知っています」
「な、なんだと!」
「匂い、味、湿度、温度。それらのサンプル数は優に千を超えるんだ!」
「知覚強化(中)に、そんなことが。。。」
「だが、俺であっても間違いは起こります。老女のパンチラだとわかっていても見てしまう。男の悲しいサガ。わかりますよね、北条さん」
「ぐっ、反論できん」
「つい実態を探ってしまった老女の枯れ野原!!」
「御室さん、そ、そこは強調しなくても」
「三雲瞳! 貴様の生理はもうあがっている!」
「ひでぶ! じゃなかった。ひどい! 北条さんは知ってるわ! 私の花園を! 何か言ってあげて!」
俺は、あんぐりと口を開けて驚く北条の口に、対魅了薬を放り込んだ。
「はっ!? 俺は何をやっていたんだ!」
「北条さん、どうでした。三雲の花園の味は?」
「何を聞くんだ? いや、考えたくない。聞かないで。もう忘れたい」
「どうだったんです?!」
「こ、こ、昆布茶のような。。。」
『渋い例えだな』
日本の警察官は、風流を忘れないんだよ。
つづく




