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005 ジジイは緑色

「モンスターねぇ」


語尾が小さく震える。怯えは自覚していた。

だが、モンスター出現!とか言われて好奇心を持たない人間なんていないだろ。たぶん。


俺は廃墟となった一軒家の庭に忍びこみ、瓦礫の中から武器になりそうなモノを探す。

少し暗いな。だが、まだ日は落ちきっていない。黄昏時ってやつだ。

廃墟への無断侵入者を拒むために門扉を固定に使っていたらしい鉄パイプが転がっていた。強引に押し開けたのだろう、門扉は一部破壊されて開いたままになっている。

震える右手で鉄パイプを掴む。静かにアドレナリンが湧き出してくる。


「棒状の武器は、振りかぶって殴ろうとするな。腕の一部だと思って使え」


祖父の言葉を思い出し復唱する。

それは警棒の使い方に似ているのではないかと思う。

鉄パイプを肩に担ぐように構える。関節がひとつ増えたイメージで、ストレートパンチを打つように振る。拳の代わりに鉄パイプの上部を打ちつける感覚だ。

キレの良い音が響くが大きい音ではない。近隣の生活音のほうが大きいだろう。

鉄パイプの長さは1m。長い。俺は少し短く持って、腰を入れてもう一度振る。


「爺ちゃん、これでいいんだっけ?」


こんな時に役立つ知識や技術は、祖父の教えしか俺は知らなかった。

「びびってる時は腹から大声を出せ」だっけ?また祖父の言葉を思い出して苦笑する。

さすがに、この場で大声を出す気にはなれないな。


鉄パイプを左手に持ち替える。

モンスターが何者なのかは分からない。

薬物中毒者?逃走中の犯罪者?小児性愛者が拉致した幼児と隠れているのかも知れない。

いずれにしろ、いきなり鉄パイプで撲殺というのはマズイ。

飼い元から逃走した猛獣だったりしたら、そもそも鉄パイプでどうにかできる相手ではないだろう。


左手の鉄パイプをガードに使うつもりで持ち、祖父の教えどおりに右拳を構える。


「ボクシングの真似事は止めろ。手首を痛める。拳に怪我もしやすい。拳は始めから力を込めて握っておけ。打つときは拳を回すな。拳を横に立てたまま突き出すんだ」


小学生のころ、ふざけてボクシングの真似をして遊んでいた時に、祖父に言われた言葉だった。

腰から少しずつ身体を動かし始め、その動きの流れを意識的に残しつつ腕を伸ばし拳を突き出す。

決して腕を振り回さない。衝突の瞬間を10cm程度奥に意識して、全身から勢いよく吐き出すように力を込めて、突く。

動きを確認するように、ゆっくりと大きく突く。少しずつ動きをコンパクトにしながら、突きの速さを上げていく。

大気を裂くような突きの音がした。

その音は鉄パイプを振るよりも大きかった。

ヤバいな、今の音は気付かれたかも。

それでも、気持ち控えめに3回だけ復習した。


俺はへタレだが、暴力が苦手というわけではない。

祖父が俺にイタズラに教えた技術は、中高生のころにそれなりに役にたった。

五分で殴り合った経験のある人間には「自分は戦える男だ」という自負が生まれる。

その自信は、生きていく上で役に立つこともある。そう思っていた。

俺がへタレたのは、その思いより少しだけ現実社会が厳しかったせいなのかも知れない。たぶん。


辞めた会社のことを考えていたら、全身に滾り始めたアドレナリンが霧散していくのを感じた。あかんあかん。


意識を切り替える。震えはとまっていた。手先は冷たいのに、身体の奥に熱を感じた。首の後ろに軽い痺れがある。

意識は乖離一歩手前かもしれない。

握っている拳も鉄パイプを持つ手も、まだ自分のモノだと感じられる。大丈夫だ。たぶん。

静かに集中する。雑音が消え、世界が静かになっていくのを感じた。


ズズッと何かを引き摺る小さな音がなった。

俺は静かにゆっくりと木立ちの陰に隠れた。今さらな行動だが、大学時代に遊んだサバゲで身に付けた習慣を身体が思い出したようだ。

そんな自分が何故だか笑える。


俺が隠れている庭は10mほどの奥行きがある。庭の先には古い平屋が建ち、それを覆うように木々の葉が茂っている。手入れされていない木々の葉は隣の庭にまで侵食していた。そちら側の隣家は留守のようだった。

庭の右側には車庫ガレージ。ガレージの手前には、門扉より頑丈に封鎖された車庫入れ用の入口があった。

木々のせいで家の方が薄暗い。

幽霊が出るとしたら家の方だな。さすがに幽霊はないだろ。鉄パイプでお祓いとかできると思えない。家は後回しにしたい。


目的地をガレージに決めた俺は、見える範囲で確認する。

ガレージはスリガラスの窓が大きめに取られていた。中は暗闇ってことはなさそうだ。

シャッターは閉じられているので表からは入れない。家屋との位置関係から、ガレージに裏口がありそうに思えた。

家に近づくのは気持ち悪いが、ガレージの裏手に回り込むしかなさそうだ。


立ち上がった俺は、まるでサバゲでの歩行のように大きく前傾姿勢で腰を落として静かに歩き出す。

うーん。やり過ぎかな?足音だけ気をつけて、身体は軽く前傾ぐらいでいいだろ。俺はリラックスするために身体を揺らす。


余裕あるな、俺。


なんか、辞めた会社のオフィスを歩く時より緊張していない気がする。もしかしたら、あいつらより怖いもんなんてないかもしれない。

俺は一瞬だけ、会社の上司や先輩たちを思い出しながら、そんなことを考えた。

クエストは監視と逃亡阻止だった気がするが、なんか今日はイケる気がするからヤっちゃうか?とか考えながら、俺は薄笑いをしているのだった。


スリガラスの側だけは身体を低くして通る。

俺はガレージの側面をバリケードのように使いながら裏を覗き込む。

思った通りガレージには裏口があった。扉は開きっぱなしになっていた。


俺は扉口からガレージの中を覗いた。

思ったより明るく感じる。目が暗さに慣れてきているのかもしれない。

車は置かれてはいなかった。タイヤがホイールごと外され放置されていたり、空の一斗缶が転がっているのが目に付いた。少しずつ視線を足元から遠くに移していく。


すっと、後頭部から血の気が引く、それと同時に発見する。


居た。


最初の印象は、全裸の痩せた老人が両膝をついてうずくまっている?そんな印象だった。

それがモゾモゾと腕と頭部を動かし、何かを喰らっているように思える。

犬の脚のようなモノが、ソレの側に落ちている。


俺のノドがゴクリと小さくなった。


自分の手足からわずかに感覚が失われていくのを自覚する。

大丈夫かは自信は持てないが、まだ冷静だ。

後頭部と首の後ろ側の痺れが痛みに変わってくる。

自分の手が足が、大きく震え出しているのをなんとか自覚する。


拒絶する精神を抑え、俺は目を大きく開きソレを見ようとする。


ソレと犬の残骸の周辺、地面には黒い液体が広がっている。


黒い液体に埋もれるように、

小さな赤い靴がふたつ見えた。


靴の先には白いソックスのようなモノ、

その先に赤いスカート、

小さい腕、


俺の頭の中が真っ白になった。


アドレナリンが俺の全身から霧散して消えてしまっていた。

自分でも驚くほど大きく震える。手に持つ鉄パイプがガレージのトタン壁を、何度も叩いた。


ソレの目が、顔が、俺へと向く。


「グギャッ」


ソレの顔は緑色だったように思う。顔だけじゃないな。全身緑だ。これはヤバイ。監視だけしろって言ってた理由がやっと理解できた。顔はジジイと言うより鬼瓦だな。ジジイはグギャとか言わないもんな。あれなに?角?角って何よ、笑える。目が黄色ってなんだよ。なにあれ?犬って美味しいの?美味しくても趣味悪いよ。嫌われるよ。ウチのケルはやめてよね。ケルと婆ちゃんを食べたら、俺泣くよ。あ、もう泣いてるか、なんか涙が流れてる。なんで?あー股間も泣いてたわ。うおー、おしっこいっぱいでてるやん。びしょびしょやん。水たまりになってんちゃうか?それよりなんでかんさいべんやねん。せんぞがえりとか?さくしゃのしゅっしんちのえいきょう?さくしゃってなんやねん。おれをこんなめにあわせてるやつのこと?でもさ、でも子供喰うなよ。考えられん。人間喰うのかよ。どこまで肉食だよ。常識的に考えてさ、幼女を喰うのはダメだろ。幼女じゃなくてもダメ。子供はダメ。あ、こっち見たらダメ。イジメ、ダメ、ゼッタイ。じいちゃーーーん!


「ギギャー!」



あー、アレ知ってるわ~、俺。

ゴブリンでしょ?違う?

明日も更新します。

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