046 そして扉は閉ざされた
7月中旬の日曜。
東京湾沖において、突如、出現した怪獣が世間を騒がしていた。
予兆なく現れた巨大モンスターによる被害は、今のところない。
怪獣の情報は、近隣を航海中のフェリー船乗客が発見、船員による通報によって行政に伝わることになる。
その後、釣り船、湾岸地域などからも、複数の目撃情報が入っている。
俺は、御室明良。
正義の味方「警察官」でありながら、人知れず闇を晴らす「ギルド所属の冒険者」だ。
そんな俺までが、今回の怪獣騒動に巻き込まれることとなった。
連日の報道は加熱。東京湾上空には、報道各社のヘリコプターが無数に飛び交っていた。
お昼のワイドショー番組では特集を組み、各局が競い合って出どころの怪しい情報を垂れ流している。
そして、当然のように野次馬が周辺に押し寄せることになった。
「ワカちゃん、もういないのぉ?」
「待ってたら出てくるかもってTVで言ってたよぉ。ほら、アンタはスルメ持って」
「おい、マジでスルメ食べるのか? 怪獣のくせによ」
「はーい。危ないですからねー。あんまり海に近づいちゃダメですよー」
小学生男児が問い、若い母親が答え、父親が茶々を入れる。TVの影響で怪獣見物に訪れた家族である。
海に面して設置された手すりを押し倒す勢いでもたれかかる家族に、俺は注意を促した。
俺は、警察官冒険者として習慣となっているスキルを使った捜索を行う。当然、危険物を持ち込む不審人物を探るためである。
スキル「知覚強化(中)」の臭覚機能が、夫婦の昨夜の情事の痕跡を詳細に伝えてきた。
奥さん、ベッドでは旦那に従順なんですね。
旦那さんの危険物は、そんなに攻撃力が高いんですか?
ちなみに「ワカちゃん」とは、関西出身のワイドショー司会者が名付けた怪獣の名前である。
若洲海浜公園に居たカップルが目撃者として取り上げらたことに由来するという。
便乗した江東区の区長が、「ワカちゃんを江東区の特別区民にします」と発表するほどの影響力を持っていた。
同じ番組で、自称『怪獣の専門家』が「クジラに似ている怪獣なら、イカを食べるだろう」と発言したことから、東京湾沿岸地域ではスルメブームが巻き起こっている。
公園内にイカ焼きの屋台まで出る始末であった。
都内全域から集められた警察官は、怪獣騒ぎで浮足立つ人々の安全のために沿岸地域各地に配置されている。
俺が配置された、この若洲海浜公園でも、押し寄せた野次馬のモッシュによって海に人が落ちる事故が多発していた。
湾岸地域では見物客による交通渋滞が発生、交通整理にも都内全域の警察官が導入されている。
沖では、怪獣の再出現に備え、海上自衛隊の最新戦闘艦が配置されている。それが原因でミリオタまでが集まり、混雑に拍車をかけていた。
俺は、手すりを背にして立ち、先ほどの家族の行動を見守る。野次馬どもの揉み合いに小さな子供の様子が気になったのだ。
その時、逆方向から、俺の二の腕に柔らかい何かが押し付けられた。
俺の触覚機能が、瞬時にそれを『Cカップの乳房』であることを伝えてくる。ワイヤー入りブラジャーの衰退が、スキルの感度を上げているのだ。俺は、乳頭のサイズ、乳房の重量を計測しながら、同時に臭覚と視覚でさらに情報を集めることも忘れない。
そして、また反対方向から、俺と手すりの間に割り込もうとする柔らかい感触が発生する。
俺は、瞬時に太ももあたりの触覚機能の感度を上げる。そこに押し付けられる感触が、Tバックの紐が肉塊にいびつに食い込む様子を伝えてくる。
先ほどの乳房の感触が離れると同時に、浴衣を着た女性の尻が俺の手の甲に押し付けられた。ふむ。どうやら、今時は浴衣でもノーパンということはないらしい。
「おまわりさん! こっちに痴漢です!」
「僕はやってません!」
「はぁ? おまわりさん、なに言ってんの?」
ウォール・オブ・デス。
(良い子は真似しちゃいけません)
痴漢男を捕り押さえた俺は、公園内に作られた警察官用の詰所に連行した。
被害者の女性に被害届を書いてもらっている間に、無線に連絡が入る。
「はい。こちら御室巡査長です。どうぞ」
無線で連絡を入れてきたのは、北条警視だった。
現場で担当を代わってもらった俺は、北条から指示を受けた住所に移動していた。
湾岸地域に建つ新築高層タワーマンションの最上階。その一室である。
「御室さん、忙しいところ、申し訳ない」
北条は、格下の俺にも丁寧に対応してくれる。
彼は、俺よりも二歳年上だが、国家公務員I種の資格を持つエリートだ。いわゆるキャリアと呼ばれる立場にある。
俺たち、警察官冒険者たちの現場を取り仕切る立場にあり、彼自身もBクラス冒険者である。
父親が警察庁の幹部であり、幼い頃から警察官僚になることを期待されて育った。
彼が、冒険者となった理由に、親への反抗心が含まれている、そんな気が俺にはしていた。
それがすべての理由ではないだろう。それでも、俺にも同じような理由があったので、なんとなく理解できるのだった。
高卒で警察官学校へと進んだ俺とは、育った環境がまるで違う。だが、なぜか不思議と馬が合うのだ。
彼も俺と同じように、高校生の頃から冒険者をやっている。俺たちの間で「高校生の頃、こんなクエストで苦労した」的な話題は尽きない。
受験勉強を繰り返しながら、高ランク冒険者まで上り詰めたのは、ひとえに彼の強い思いゆえだろう。
その思いの裏に隠された理由など、彼に救われただろう人々には関係はない。
俺は、彼を尊敬に値する人物だと思っている。
「おばあちゃんが何処にいるかですよね? うーん」
派手さはないが品の良い高級家具が並ぶ室内。アロマの香りが漂う高級マンションの一室で、北条たちから任意の事情聴取を受けているのは、この部屋の住人のうら若き女性であった。
名前は『三雲 瞳』、年齢19歳。超有名女子大学に通う学生であり、今年度のミスキャンパス有力候補でもある。
俺の知覚強化が、彼女のスペックを瞬時に算出した。
身長158cm B83D W58 H84 体重43kg
絵に描いたような理想のアイドル体型である。
どぎつさを感じさせない香水の香り。ふわっとセットされた肩にかかる黒髪の清潔感。愛らしく傾げた顔の角度。
少し化粧が濃いかと思わせるくらいで、印象の良さは変わらない。
いや、むしろ、部屋にいる男性警察官たちを1人残らず虜にしている。そう思えた。
北条警視が、ソファに座る三雲瞳の前に立つ。
「三雲紗季子さん。あなたのおばあさんの行方を追っているのです。この部屋に入る姿を確認できているのですが」
「おばあちゃん、いえ、祖母はいったい何を?」
「あ、いや。その。あなたが気を病む必要などありませんから。えっと」
「あなたなんて、瞳と呼んでください。北条さん。どうせ、祖母が悪いのでしょう?」
祖母の心配からか、うるうると涙ぐむ三雲瞳。尋問する北条の手をとって、祖母の許しを乞うように問いかける。
瞳を見つめ、うろたえる北条。彼の部下である4人の私服警察官から殺意のこもった視線が北条に向けられていた。部下は全員男性である。
「北条さんって、すごくモテそう。彼女いるんですよね?」
「そ、そんなのいませんから。私は本当に好きになった人と巡り合うまで。あ、俺は何を言って」
「うそ。騙されませんからね。そうやって女を油断させてるんだわ。何人も」
「やめてください。俺は、理想の女性に巡り合うまで! あ、あなたのような。。。」
北条警視は童貞だった。
話の流れを聞く限り、そうとしか思えない。
俺が今回、この童貞野郎に呼び出された理由、それは失踪した三雲紗季子の手がかりを探すことに他ならない。
事前に童貞から聞かされた話によると、瞳の祖母・三雲紗季子とは盗賊ギルドの超大物幹部であるらしい。
童貞と童貞の部下の5人は、いくつかの犯罪の証拠を掴み、逮捕状を持って三雲の自宅を訪問した。
マンション内に配置された童貞の部下の監視下で、ついに三雲は自室の扉へと入る。
だが、童貞警察官たちが踏み込んだ、この部屋の中から、三雲の姿は消えていたのだ。
広いリビング、5つのプライベートルーム、2つの浴室、トイレからウォーキングクローゼットと、室内の捜索は済んでいた。
窓のほとんどはハメ殺しで開かない。唯一存在するリビングのベランダから逃げるには、100mを超える高度から飛び降りることになるだろう。
そう、現場は密室と言って良い。
これが、超高層タワーマンション密室失踪事件の始まりであった。
暗雲漂う闇のような謎。
だが、俺はいくつかの不可解な点に気づいていた。拭えない違和感が俺を捉えて離さない。
三雲瞳は、何かを隠している。
おそらく、彼女は強力な魅了の能力の使い手であろう。
警視庁の童貞官たちに対して強力な作用を及ぼす魅了の能力。だが、非童貞である俺には通用しないのだ!
何より、この場にいる唯一の制服警察官の俺は、瞳にとっては魅了するほどの価値を感じていないのかもしれない。
下っ端には興味がないってか? 見誤ったな三雲瞳!
くそ! 童貞野郎にだけ色目を使いやがって。こいつら、地位と金は持ってても、しょせん童貞だぞ!
「警視。おそらく、何かの間違いだったのでしょう。こんな可憐な女性を困らせても、なんの解決にもなりませんから」
童貞1が、童貞警視に声をかける。そして、瞳と見つめあった。
「そうですね。瞳さん、何か困ったら、私に連絡をください。これ、私の名刺です」
「ずるいぞ! 抜け駆けするな! こんな奴より、俺の方が役に立ちますよ」
「ふっ。私は、準キャリアです。来月の昇級では警部になれる男。こんな木っ端どもの名刺など、あなたには相応しくない」
童貞2〜4が競うように三雲瞳に名刺を差し出していた。
「ちょっと待った〜!」
御室さんチェック! ついに童貞警視が動き出しました! じゃねーよ!
俺は、この場で謎の確信に迫ることに危険を感じていた。
瞳孔が開いた血走った童貞どもの目を見れば分かる。奴らを怒らせると、何をするか分からない。
三雲瞳を、彼らの前で追い詰めるような真似をすれば、魔物の餌にされてしまうだろう。今なら、ワカちゃんの餌だな。
ここで「大どんでんがえーし!」とやりたいところではあるのだが。。。
俺は、冷静に状況を分析する。魔物の餌にされないためには、一旦この場を離れた方が良いかもしれない。
だが、この場を離れれば、三雲紗季子の部下である盗賊たちに襲われる危険も考えられた。
1人で立ち向かうのは、避けるべきだろう。
俺は、童貞を卒業したばかりの、あの男を思い出した。
そう「困った時は津神涼」なのだ。お約束である。最先端のトレンドだと言っていい。
ヤツなら、相棒なら、三雲瞳に向かって言ってくれるだろう。
「じいちゃんの名にかけて!」と。
さぁ。盗賊ギルドとの頭脳戦だ。童貞警察官には不可能な、大人の推理を俺が見せてあげよう。
紳士の魅力がわからない、貴女が悪いんですよ。三雲さん。
上げたら落とす!




