004 緊急クエスト
祖母を病院から自宅に送り届けた後、俺は公園に来ていた。
自宅から車で十数分かかる距離にあるが、ランニングコースが整備された広めの公園だ。俺のお気に入りの場所だった。
平日の午後とはいえ、人気が少ないのもいい。犬の散歩中の主婦と時々すれ違うくらいである。
俺はランニングコースを全力の7割くらいのペースで走っている。
幼い頃、祖父に「どうやったら強くなれるのか?」と聞いたことがあった。
祖父は俺の頭をなでながら、わざとらしい厳しい口調で「30分走り続けられる体力をつけろ。話はそれからだ」と答えてくれた。
仕事を辞めプータローになってしばらくしてから、俺は祖父の言葉を思い出した。
30分走れれば厳しい社会を乗り越えられるメンタルが身につくのかは、正直分からない。でも、話はそれからなんじゃないかと、祖父の顔を思い浮かべ、そう思ってしまったのだから仕方がない。
他人はそれを現実逃避と言うかも知れない。たぶん。
スマホのタイマーが30分たったことを教えてくれた。
俺は息を整えながら、ベンチに寝転がった。呼吸に違和感。犬のウンコの臭いが、なんとなく漂っている。ベンチの裏を確認すると放置されたウンコが落ちていた。
「クソ主婦どもめ」
ケルのウンコはどうってことないのに、他の犬の糞は、なんでこんなに忌々しいのか?
どうでもよいことを考えながら、俺は他に使えるベンチを探すために立ち上がった。
しばらく休憩して水を飲んでから、念入りにストレッチを行った。
そしてランニングコースの直線距離が長い場所に立ち、気合いを入れて走り出す。
次は全力である。3分間のタイマーが鳴るまでの全力疾走。
長距離ランニングでのペース配分を見極めるために始めたトレーニングだった。
ボクシング漫画の真似事のようで、意味もなく3分と設定してある。
3分走って休憩、それを8セット行なった。
祖母を週二回病院へと連れて行く。
他は祖母の都合に合わせて、暇を見つけては俺は走るだけのトレーニングを続けてきた。
だいたい週に3回ってところだろうか。2回しか来れない週も多い。
土日は、この公園も人が多いしね。人前で必死に走るとか避けたいでしょ?
最近は冒険者ギルドのクエストもあるし、ちょっとは忙しかったりしたんだよ。
ハチに刺された痛みと精神的ダメージから、ようやく立ち直った俺は、1週間ぶりにトレーニングを再開したのだった。
周囲は暗くなり始めていた。3分ごとの休憩を長くとりすぎたかも知れない。
まだ5月の公園は汗をかいた身には肌寒い。夜はなおさらだろう。ランニングコースを覆うように木々は葉を茂らせている。ちょっと怖い。
晩飯の時間に合わせて帰るには良いタイミングだった。
俺はタオルやペットボトルなどの荷物を手に、駐車場に向かった。
公園の駐車場に向かうには、一度公園を出て住宅地の側を通らなくてはならない。
いくつかの家からは料理の匂いが漏れ漂っている。
駐車場入口の向かい側の一軒家は廃墟になっている。東京には廃墟が驚くほどに多い。ここもそのひとつだった。その辺りの一角だけは、他と違い暗く陰気な空気が漂っていた。
廃墟の前に差し掛かろうとしたとき、スマホが通知の音を告げる。
ギルドのホーム画面を確認する。
~ 緊急クエスト発生!緊急レベル高
アナタの近くに逃亡中のモンスターが発生しています。
討伐能力のある冒険者が到着するまで、監視と逃亡の阻止を依頼します。
偶然にも近隣にいたアナタに指名依頼となります。
本来、アナタのランクでは関わることのない案件となります。
戦闘行為は絶対に避けてください。
アナタから攻撃するようなことは避けてください。見つからないように監視していただければ十分です。
あくまでも監視と逃亡阻止が、アナタへの依頼です。
高ランク冒険者が現場に到着次第、依頼の完了となります。
今回は無理な発注となるため、特別ボーナスを用意しました。
くれぐれも安全を優先してください。
お気をつけて。
必死な感じが伝わるギルドのメッセージを読むのは珍しい。いや、初めてかもしれない。
俺はギルドマップでモンスターとやらの居場所を確認する。
マーカーは目の前の廃墟の位置に立っていた。
明日も投稿したいです。