029 地下鉄廃線のダンジョン
〜 満月3日目の夜、俺は夢を見た。
暗闇から手を引かれリオに連れ出されたのは、何も無い、ただ白いだけの空間だった。
『うふ。ついに観念して眠ってくれたのね』
「そ、その前に今夜こそ、きちんと話を。。。」
「リオがここにいるってことは愛梨はどうしてるんだ? 愛梨はこの事を知ってるのかな?」
『愛梨は知らないわよ。彼女は今までにないくらいノンキに暮らしてるわ。安心して。さぁいくわよ』
「ちょっ、待って。で、でさ、なんで、こういうことになったか知りたいんだけど。『ざまあみろ』って言ってたのと関係あるのか?」
『もう、しかたないなぁ。愛梨はね。涼くんのことをずーと好きだったのよ。その男が自分をすぐに思い出してくれなかった。わかる?その気持ち?』
「もうしわけないです」
『そのくせに、涼くんは誘惑したら簡単に部屋までついてきたわけさ』
「はい。もうしわけないです」
『で、ここは好きだった素人童貞の心に傷跡を残してやろうって。涼くんにどんなカタチでも、「忘れられない」って思わせられたから「ざまあみろ」なの。そんだけ、いろいろと頑張ったわけ。気持ち良かったでしょ?』
「はい。すごく。でも、店で会った時も童貞じゃないです」
『あたしは知ってるわよ。そのくらい。あなたに子供の頃の男の子の部分がまだあるって愛梨は信じたいから、童貞だったって思い込んだの』
「はぁ。なるほど。リオは愛梨と違うことを考えてたわけか。以前から」
『愛梨が、あーいうお店で働くのが平気だったと思う?』
「いえ。たいへんだったのではと」
『そーよ。最初の頃なんてね。強引に○れられちゃったりなんて、普通にあったんだから。そのあと、もう泣いて泣いて、たいへんよ』
「はい。。。」
『そこで、愛梨はあたしを演じることで、自分の心を守ろうとしたわけ。あたしを演じて、強引な男でも黙らせるテクニックを身につけたわ』
「はい。。。(涙」
『でも、あたしの存在は愛梨の中で、どんどん大きくなってくるの。どっちが本物かわからないほどにね』
「多重人格的な感じっすか?」
『そうね。あたしが涼くんのスキルになったってことは、愛梨の中にはリオはもういないってことなの』
「それは、つまり?」
『涼くんが愛梨を救ったってことね。あのまま放置してたら、近いうちに、あの子は壊れちゃってたわ』
「そうか。。。良かった」
『だからね。涼くんは、あたしを受け入れなきゃいけないの。わかった? よしっ、始めるぞ、オラァ!』
「きゃー、ま、待って、待ってくれ! 大事なことがまだ」
『ちっ。しかたねーなぁ』
『あの夜、二晩に渡って、愛梨の凄まじい過剰なほどの愛の情念が、涼の心身の隅々余さず奥深く徹底的に限界まで念入りに練りこまれた結果、リオの存在は涼の心身に取り込まれ生霊スキルとなって蘇ったのだ! これでいい?』
「あ、ちょっと。ま、」
『安心して、愛梨はそれこそ憑き物が落ちたように気楽に暮らしてるわ。それと、あたしの顔はメイクじゃなくて素よ。肌の色も愛梨みたいに白くなったりしない。身体の作りも具合も違うの。あたしのおっぱいのが少し大きいでしょ。身体が変化するほど強い暗示を自分にかけて愛梨はリオを作ったの。お店で涼くんと会った時はメイク以外は愛梨に戻ってたけどね。あたしは他の女なんだから、なにをしても涼くんの中の愛梨を汚すことにはならないのよ。だけど、あたしは愛梨ほど、やさしくないから、覚悟してね♪』
『あ、それとね。あたしは召喚されてる時、うとうとまどろんでる状態の人になら、夢の中に入れるわ。天空耳くん、お疲れだったから、いっぱいサービスしちゃった。熟睡してたり気絶してる人はダメみたいね。涼くんの戦いに使えると思うのよ。あたしはプロだから召喚されてのサービスは対価はいただくけどね。覚えといて』
「天空耳君、許して」
〜 そして朝。。。
『お前さ、次の満月はオムツ付けて寝た方がいいぞ』
朝目覚めた俺は、下着を替えてから、換気のために窓を全開にして、布団のシミをどうしようか思案にくれるのであった。
『早くシャワー浴びて来い。青白いツラしやがってw』
生涼め、偉そーに。いつかお前にリオの相手をさせてやる。
そんなことを考えると、生涼は恐怖に身を縮めていた。
生涼に言わせると、リオはサブミッションの達人らしい。なんども極められて落とされていた。
こいつも本気ではなかったであろうが、異世界の勇者を絞め落とすほどの技だ。夢の中の俺など稚児にも等しいだろう。次の満月が怖ろしい。
さらに『涼くんと同じ顔なのに、あんたはかわいくない』と言葉責めを受け、生涼は凹まされていた。
不思議だが、召喚前のリオの亜空間での居場所は、愛梨のいる座標に合わせた場所らしい。
リオは、あんなこと言ってたけど、愛梨を見守ってくれてるのかもね。たぶん。
亜空間で簡単に顔を合わせることがないと分かり、生涼は態度が大きくなっていた。ほんとにかわいくないヤツである。
しかし、それほどのサブミッション技術を身につけねばやっていけないとは、夜のお店の過酷な環境を思い巡らせてしまう。
愛梨もリオと同等の技を持つ可能性は高い。けして、怒らせてはならないと誓うのだった。
愛梨といえば、無事にメールのやり取りもでき、チャットのできる大手SNSソフトでお互い繋がっているのだが、基本既読スルーされている。
返信レスが3日後、一週間後などの扱いを受けている。愛梨さん、あなたが分かりません。泣いていいですか?
リオさんが、いろいろ引き受けすぎて、愛梨さんが淡白な女性になってたりしませんか?
と、尋ねたくなるが、リオという人格の実在を知らない愛梨に、それは聞いちゃいけないよね。。。
リオが満月の時期だけ、自由にギルドアプリから脱出できたり、サキュバス化してしまうのは、愛梨の心の動きやバイオリズムの変化の強い部分を今でもリオが引き受けていて、それが満月に爆発するかららしい。
リオは、自分を産んだ愛梨の安らぎを何よりも求めているのだ。
リオとの関係は俺にとっては愛梨との絆そのものかもしれない。なんとなく、無下にはできないのだ。
愛梨の住所や暮らしを聞くのは本人から直接聞けとリオに怒られてもいた。
とはいえ、リオは満月時を除けば、生霊召喚で呼び出さない限り出てこないので安心してほしい。
呼び出す際は『涼くんだから、特別に半額の12,500ゴールドでいいよ』とのことだった。
召喚主から金取るのかよ!しかも、お店基準の半額かよ!
まぁ、よい。お店より安いし。遠慮するなって言ってたし、時々利用させてもらおうかしら。
『オムツ用意してからな』
「はーい」
さて、あれやこれやで非常に忙しかったが、ようやく落ち着いた。
毎度毎度、後回しにしているが、ちゃんとギルドアプリでいろいろ確認しておこう。
名前 津神 凉
年齢 24
ギルドランク D(+1UP)
状態 衰弱 生霊召喚中
パーティー 未所属
所持ゴールド 645,500
所持ポイント 480
武器
腕/トンファー×2(非装備)攻打60:耐斬突打70
腕/ククリナイフ(非装備)攻斬100:耐斬80
防具
上半身/ライダーズジャケット(非装備)耐圧耐打40:耐電耐熱25:耐斬耐突15
HP 160/160(+10)
MP 70/70(+10)
物理攻撃力 90(+10)
魔法効果 35(+10)
物理耐久力 115/115(+10)
魔法耐久力 25(+5)
状態異常耐久力 80/80(+5)
精神耐久力 40/40
即応能力 90(+10)
移動力 95(+5)
運 15
スキル
生霊召喚Lv.4(+1UP)
一般スキルはDランクより取得可能となります。
魔法
低級召喚魔法Lv.2(+1UP)
低級回復魔法Lv.1
アイテム
オーガ魔石×1(召喚時必要MP100)
マルファス魔石×1(召喚時必要MP15)
召喚魔物用魔力袋(MP60充填済み)
羽田空港での立ち回り、その後続いた各地の捜索、爆発物の処理、亜空間と魔物の研究への協力などを含めた報酬は、80万ゴールドと1000ポイントとなった。
ポイント所持総額が一時的に1400を超えたため、Dにランクアップしている。
低級召喚魔法の取得や、新たに武器としてククリナイフを購入に使ってしまったが、まだまだ余裕はある。
無職だった俺がこんなに金を持ち歩けるなんて素敵よね。
ククリナイフは、天空耳やBランク達が、剣を使いゴブリンの首を撥ねとばすのを見た俺が、打撃武器にはない殺傷能力の高さに憧れて購入したものだ。
だが、剣道や剣術の経験がない俺が、彼らのようにクリティカルを簡単に繰り出せるわけがないので、津神家直伝パンチの要領で使えるモノとして、ククリナイフを美杉に勧められたのだった。
『俺は、異世界で剣を使ってたからさ。なんでも聞けばいいと思うよ』
とのことなので、練習必須である。俺はトンファーとの併用を考えている。
他にも、武器として銃が使えないか美杉に相談したら、特別な申請が必要とのことで手続きは済ませてある。
ミリオタの元サバイバルゲーマーとしては、御室の銃撃に憧れを持たざるえない。
通常、ギルド武器の銃の所持は、21歳以上でBランク以上、警察官を兼ねる、自衛隊員を兼ねる、日本政府発行の銃の所持許可を持つ、などの規則がある。
俺は生霊召喚スキルを持ち、今後テロリストとの戦闘が予測されるため、美杉と北条が特別に許可を与えるべく動いてくれていた。
『鉄砲とかワクワクするやん。異世界にはなかったからなぁ』
と、生涼も乗り気であった。一応、コストなどを参考に欲しい銃の候補は決めてある。
御室のように攻撃魔法は今のところ使えないので、ただの銃でしかないのだけども。
低級召喚魔法はレベル的に、オーガの召喚はできなかった。
カラス型魔物のオルファスは召喚できている。なかなか可愛いヤツである。
だが、低級召喚でレベルの低い俺はMP15を消費して召喚しても、持続時間は3分ほどである。そのため、召喚魔物用魔力袋を購入して、そこから召喚時間延長分の魔力を当てることになっている。
召喚魔物用魔力袋の中の魔力は俺のMPから少しずつ充填される仕組みだ。
召喚魔法と生霊召喚スキルの組み合わせで、生涼を現実に呼び出すことが可能なのではないか?と考え試したこともある。
やはりというか、オーガの通常召喚もままならないレベルの俺には、異世界のチート勇者は手に負えなかった。
『スキルや魔法のレベルの問題だけじゃないと思うけどね』
低級回復魔法は、MP10を使って自身のみHPを20程度回復可能だ。連続での使用は3回。
他にも、MP20を使って他者1名のみHP20の回復ができる。こちらも連続使用は3回まで。
消費量が多い割に回復量は少ない。それでも、軽い怪我なら十分なので、今のところ不満はない。
一発で俺のHPを満タンにした桃花の実力に驚くしかないね。
オーガの魔石は換金しようか迷ったが、思いのほか安かったので保留している。
魔石を使って望みのステータスを向上させたりできるのだが、その効果も小さかった。
回復アイテムとしては非常に有効に使えるので、そのために確保しておこうと思っている。
このオーガ魔石は、決まったレア武器と交換できるという他にない特徴があった。
調べてみると、超レア武器「ひつじさんハンマー」というらしい。
ひつじさんハンマーは、おもちゃサイズで武器としての直接攻撃力は無きに等しいが、殴った相手を高確率で居眠り状態にすることが可能だ。
居眠りなので、ちょっとした刺激ですぐに起きちゃうらしい。
『高確率で敵のスキを作れるなら、アリっちゃ有りじゃね』
とのことである。どうしようかなぁ。
『他に、気になることがあったら、質問をあげて欲しい。作者も喜ぶと思いますよ』
だそうである。
午後になり、俺は警視庁の地下にある警察官冒険者用に用意された取り調べ室に呼ばれて来ていた。
俺が取り調べ受けるわけじゃないからね!
生涼が確保したままだった一部の爆発物の引き渡しなど、他にもいろいろ用があっての訪問なのである。
「壊滅させた魔物養殖業者に、魔者の繁殖用に使うオリジナルを降ろしていた男をやっと捕まえましてね」
俺を呼び出した北条であった。
「それが、どこでどうやって、オリジナルを用意したか、口を割らないんですよ。困ったものです。どうも長く暗殺者ギルド残党の活動を地道に続けていた様なんですが」
マジックミラーの向こうの取調室で座るのは、60代の男だった。
厳しい取り調べを受けたのか、衰弱しきっている。
例の残党である。昨今の日本では、組織力を失い。地下組織の小間使い的存在に成り下がった連中だ。
その印象は、なんとなく諦められない活動家のようにも思える。
「大きな口では言えないような拷問なども、ちょっぴり試したんですが。お手上げです。そこで『困った時は津神さん』だという意見がありまして」
うーん。どういう印象でどういう扱いを受けているのか微妙な話である。
空港のアレヤコレヤなことなら、できれば触れて欲しくないなぁ。
みなさん、ほんと申し訳ないっす。
『リオの出番だな。まるで謀られたようにひつじさんハンマーも手に入る』
えーーー。。。
『なに?嫌なの?リオも戦いに利用しろって言ってたんじゃないの?もしかして独占欲?』
そりゃ、ちょっとはさぁ。愛梨とは別人だと思えって言われてるよ。でも、完全に割り切れるもんでも。
「津神さん、どうにかなりませんか?」
「うーん」
「あ、そうだ。銃の申請通すのなんとかしますから、お願いします」
「え?ほんと? うーん、仕方ないなぁ」
俺はスマホを操作して、魔石を「ひつじさんハンマー」に交換した。
『やるのかよ!』
まぁ、具合もカタチもキャラも性格も違うし、リオに向けているのはただの肉欲の独占力だからね。愛梨は、もっと神聖な心の部分ですから!
『心の壁をあっさり乗り越えすぎじゃね!!? ホント自分に素直な男だよな。そーいうところがカワイイにつながるのか?』
わかりません。
俺は北条含む数人の刑事たちと取り調べ室に移り、アプリに12500ゴールドを課金してリオを召喚した。
『あらーん。今朝まで一緒だったのに、もう欲しくなったのかしら?涼くんって欲張りさんねぇ』
リオはスケスケのベビードールを着て、すけべ椅子を小脇に抱えている。
「リオさん、その椅子、どうやって亜空間で用意したの?」
『ひ、み、つ』
「な、なんだ? お前たちは!」
『なに、この汚いおっさん』
「いや、ちょっと、この人の口を割らせて欲しいなと思って」
「津神さん、なにが起こっているのです?」
「きさま、津神だと! 七代祟ってやる!殺してやる!」
『ダメよ。半額なのは涼くんだけよ。帰っていい?』
「えと、もういいや」
ピコッ!
俺はひつじさんハンマーで残党のおじさんの頭を殴りつけた。
残党はすぐに居眠りを始める。
『こいつに、魔物の種馬を何処から調達したか、聞き出して欲しいんだってさ』
『あんたは黙ってて!』
『。。。』
「北条さん、秘密にしていたのですが、実はもう一人、凄腕の尋問のプロが生霊になりまして」
「ほう!さすが津神さんです!」
「召喚するのに、追加で12500ゴールド必要でして」
「なんとかしましょう!」
北条は、俺のアプリに12500ゴールドをチャージした。ジャリーンという効果音がなる。
『仕方ないわねぇ。きもいおじさんプレイは流行ってるし、任せなさい』
リオは、すけべ椅子を持ったまま、指をワキワキさせて残党の中に入っていった。
3分後。
『地下鉄の廃線にダンジョンがあるんだって』
「ダンジョンがあるらしいです。そこから捕まえているみたいです」
「ダンジョンですって!住所はわかりますか?」
「きさまら、なにをした!やめろ俺を見るな!そんな目で見ないで!お願い仲間には言わないで。。。」
取調室がイカの燻製の臭いに包まれ、残党のおじさんはお漏らししたようにシミを作っていた。
「詳しい住所とか分かる?」
『わかったー。もう一度行ってくる!課金よろしく!』
「えと、次は25000ゴールドです」
ジャリーン、ピコッ、ワキワキが、その後、何度繰り返されたか、俺は覚えていない。
『。。。』
ついに来ましたよ!待望のダンジョンです!
ホント、マジでごめんなさい。
次の更新は、6月22日です!




