003 地獄の番犬
キイロスズメバチに刺されてから1週間がたった。すでに患部のハレはひいている。
あの後、俺は痛みを必死にこらえながら、軽自動車を運転して病院に向かい、治療後もそのまま車で脂汗をかきながら自宅へ帰ったのだった。
「やっぱり、凉は翔一さんに似てるわねぇ。あの人も、意味のよく分からない怪我が多かったわ。ふふふ」
祖母が笑いながら俺に言った。
俺は祖母と2人で暮らしている。病気がちな彼女を孤独にしないため、というのが一応の理由だ。
東京都調布市にある住まいは、すでに亡くなった祖父の翔一が建てたモノで、祖父の息子である俺の親父が育った家でもある。
「婆ちゃん、今日病院行くの何時だっけ?
もう足は大丈夫だから車で送るよ」
「ありがとうね。11時までに着けば間に合うから、ゆっくりしてなさい」
祖母は食事の後片付けをはじめた。
祖母の朝食に合わせて起きるため、俺の朝は割と早めだ。まだ7時にもなっていない。
祖母を週2回病院に送り向かいするのと、飼い犬の散歩、祖母の買い物などを手伝ったりするくらいしか用のない俺は、とにかく暇だ。風呂掃除や庭の手入れなどは俺がやっているが、祖母は基本的に家事を自分でやりたがる。
祖母の体調が目に見えて悪い時いがいは、俺は黙って祖母を見ているだけだった。
ここらへんで俺自身のことを少しは説明しておくべきかもしれない。
自慢できることなど何もないので、可能なら触れたくないが、それでは話が進まないかもしれない。などと意味がわからない不安に襲われるのは何故でしょうか?
この家で育った父は、現在海外で母と共に暮らしている。
俺が大学2年になるまで都心のマンションで一緒に暮らしていたのだが、父が海外支社の要職に就くとのことで母を連れて日本を離れたのだ。その時にマンションを売り払い、俺は父の実家であるココに移り住むことになった。今からほぼ5年前のことである。
両親の期待むなしく二流大学卒となった俺は、それでも新卒でそれなりの大手企業に入社できた。
今になって思うと、親父のおかげだったのかもしれない。そのへんの説明を受けたことはないので、大手企業入社は自分の実力を過信させる要因の1つにもなっていた。
若者特有の万能感と根拠のない自信に満ちていた俺は、「日本のスティーブ・ジョブズになりたい」などと周囲にのたまう痛いガキだった。
そして、当然のように厳しい社会の現実を知り、自分の実力の足りなさに打ちのめされた俺は、1年程度で会社を辞めることになる。
当時付き合っていた恋人にも愛想をつかれフラれている。
そんな俺に、今でも祖母は優しい。
親父にはバカにされたし説教もされたが、祖母の世話を俺に強制できる理由にもなったので、どこか安心もあったようだ。今では「仕事は焦らなくて良い。転職を繰り返すような就活はするな」などと言ってくる。
親父は祖母に医療費と生活費を送ってくれている。俺にもわずかばかりの小遣いをくれる。祖母には年金もあるので生活費に困ることはなかった。
自信を喪失した俺は、自分と違い上手くやっていると勝手に思っている友人たちと会うのも気が引けて疎遠になっていった。
実際は、あいつらも四苦八苦しながら、それでも挫けずになんとか暮らしてたりするのかもな。
餌を食べ終わった犬が祖母の周囲を周回してから、俺の足下まで走ってくる。祖母の飼っているパグだ。
俺は、餌で汚れたパグの顔をティッシュで綺麗に拭いてやる。顔のシワに指を入れて拭き取ろうとするとパグは逃げだす。
俺は、それを捕まえて抱きかかえた。
「ちょっと、ケルの散歩にでも行ってくるぜ」
「そうね。お願いするわ」
ケルとはパグの名前である。
俺が付けた本当の呼び名は『地獄の番犬ケルベロス』だが、祖母がケルと呼ぶので俺もそうしているのだった。
な、やっぱりつまらないでしょ?
自分語りなんてやるんじゃなかった。
と、誰かに語りかけるようにつぶやいてみた。
そうそう。せっかくもらったのだ。
俺のステータスを説明せねばならんな。
名前 津神 凉
年齢 24
ギルドランク F
状態 鬱(弱)
パーティー 未所属
所持ゴールド 32000
所持ポイント 510
武器
無
防具
無
HP 108/110
MP 35/35
物理攻撃力 50
魔法効果 0
物理耐久力 60/60
状態異常耐久力 35/35
精神耐久力 5/20
即応能力 40
移動力 70
運 5
スキル
所持スキル無
魔法
所持魔法無
これはあれか?
スカウター的な遊びなんかね?
「お父さん、戦闘力こんなにあるんだぞー」
ってスマホの画面を子供に見せて自慢するみたいな。
まぁ、嫌いじゃあない。
クエスト攻略で変化するなら、ちょっとした楽しみではあるよね。
それにしても、鬱(弱)かぁ。
へんにリアルなのが気持ち悪い。
俺も医者に診てもらったほうがええんやろか?
ケルが活躍する日は来るのでしょうか?
明日も更新します。